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白紙の恋 最終章

 恵が愛さんと会った日から一週間が経った久々の休日。


 僕は珍しく昼過ぎに起きた。


 乾いた喉を潤すため冷蔵庫の前まで歩いていく。


 コップに注いだお茶を飲んでいたら、後ろから母が声を掛けてきた。


「珍しいわね、開がこんなに遅くまで寝ているなんて」


「ああ。昨日は仕事がきつかったから」


「そう。お疲れ様」


 母は申し訳なさそうな顔をしながら言う。


「何か食べるものある?」


「冷蔵庫の中に恵の弁当に入れたおかずが入っているから、温めて食べなさい」


 そう言うと母は洗い物を始めた。


「開、私たちのことは気にしなくていいわよ」


「何が?」


 おかずをレンジに入れタイマーをセットしながら聞き返す。


「開はいつも我慢するから」


「別に俺は……」


 何となく母が何を言いたいのか感じる。


「恵が心配していたわよ。開が自分たちのせいで正直になれないって」


「俺は我慢もしていないし、気持ちには正直なつもりだよ」


 少し沈黙が流れたあとレンジのタイマーが鳴り皿を取り出す。


 僕はテーブルに腰を掛け、飯を食べ始める。


「私が言うことじゃないけど、素直になりなさい。本当に私たちのことは気にしなくていいから」


「……」


 僕はどう返事をしていいかわからず黙々と飯を食べた。


「言いたいことはそれだけだから」


 洗い物が終わった母はそう言って買い物に出かけた。


 残された僕は手を止め、改めて気持ちを自分自身に問いかける。


 だが、いつまで経っても決心はつかなかった。

 



 答えも出ないまま、僕は事故現場に来ていた。


 今日は、僕が愛さんから大切な人を奪った日。


 母さんたちから言われていろいろ考えたものの、何も答えを出せないままでいた。


 花束を電柱にたて掛け、僕は手を合わせる。


 しばらくして後ろに気配を感じ振り返ると、愛さんが花束を抱えて立っていた。


「来ていたのね」


「ええ」


 天気はすごくいいのに、二人の間に流れる空気はとても冷たい感じがした。


「ごめんなさい」


 そう言うと、僕の前を横切り花束を置く。


 愛さんは、しゃがむと目を閉じて手を合わせる。


 僕は黙ってその姿を見つめた。

 

 しばらくして愛さんは立ち上がり、僕に向き合うようにふり返る。


 愛さんは、こちらを強い意志を秘めた眼差しで見つめながら口を開く。


「……。開君。これから時間ある?」


「ええ。今日は仕事も休みですから」


「そう。だったら少し付き合って欲しいの」


「わかりました」


 僕は断ることが出来ず、成り行きで愛さんに付き合うことにした。


 いや、何を言われてもいいから一緒にいたかったのかもしれない。

 

 愛さんは黙ったまま車通りが多い所へと歩いていく。


 僕も何も聞かないまま後をついていった。

 

 通りに出ると、愛さんは片手を上げてタクシーを止め中に乗り込む。

 

 僕は自然と続いて中に乗り込んでいた。


「運転手さん、(れん)()岬までお願いします」


「はいよ。お兄さん羨ましいな。こんな綺麗な恋人と行けるなんて」


 運転手のおじさんは満面の笑顔で言ってくる。


「いや、僕たちは」


「おいおい照れるなよ。いや~いいね!若いって。二人ともすぐに連れていってやるからな!」


 そう言うと、おじさんが勢いよくハンドルを回し車は走り出す。


 三十分ぐらいで車は岬に着いた。


 岬に着いても愛さんは黙ったままで、ゆっくりと歩いていく。


 目的地の場所まで来ると、愛さんは僕の方にふり返る。


「ここはね、私が剛にプロポーズされた場所なの」


 確かに断崖から見える海は綺麗だし、今日のように快晴なら海風が心地良く恋人にはロマンチックな場所だ。


「そうだったんですね」


 僕は何となく相槌を打つ。


「だから、開君に私の気持ちを打ち明けるならこの場所だと思ったの」


 愛さんがその先を言おうとした瞬間、僕は我慢しきれず想いを言葉にした。


「好きです」


 すっと音が消えた気がした。


「愛さんが好きです!」


 僕は愛さんへの言葉を繰り返す。


 思いがけない先手に、口を開いたままで愛さんは僕を見つめる。


「こんなこと言える人間じゃないのはわかっています。婚約者を死なせといて、最低な奴だと自分でも思います。だけど、駄目でした。どんなに忘れようとしても消えてくれなくて。だから、その、ああ!くそ!」


 感情が昂ぶってしまい僕は叫んでしまった。


「もう自分に嘘はつきません。どんなに周りに最低な人間だと思われてもいい。僕は愛さんとずっと一緒にいたいです」


 静かに僕の言葉を聞いていた愛さんは、そっと言葉を並べていく。


「最低なのは私よ。一生を誓い合った人を忘れて、好きになってはいけない人を好きになってしまったから」


 愛さんからの言葉を素直に喜べず、僕は目線を逸らしてしまう。


「それでも、最低なのがわかっていても、私は開君が好きなの」


 そう言うと、僕に向かって一歩一歩近づいて来た。


 目の前で愛さんは立ち止まり、僕を黙って見つめる。


「愛さん、僕は……」


 それ以上を言えず、僕も愛さんを黙って見つめる。


 数秒したぐらいで思い切って僕は想いを言葉にした。


「もう一度ちゃんと言います。愛さん、僕はあなたが好きです」


 自分の想いを言い終わり、僕はそっと愛さんを抱きしめる。


 愛さんもゆっくりと抱きしめ返してくれた。 


 少しして愛さんの肩を優しく両手で包む。


 これ以上、言葉は必要なかった。


 静かに僕たちは唇を交わす。


 ただ想うがままに。



 

〈完〉



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