第5話 死の運命と救い
僕が話している間、神様は黙って話を聞いてくれていた。そして話終わると神様はぽつりと言った。
「辛い人生じゃったの…」
そうつぶやいた時の神様の表情は、自分の事のように苦く辛そうな顔をしていた。
その表情を見て神様は勘違いしているのだろうと感じたので、僕は話だした。
「確かに、周りから見たら僕の人生は辛いように感じると思います…けど、僕自身は幸せな人生をおくることが出来たと感じています。愛は貰えませんでしたが新しい両親が出来ましたし、金銭面では苦労しませんでしたから…。後、大学生になってからは親友も出来ました。これだけ恵まれていたのだから不幸だなんて言えませんよ。心残りがあるとすれば、結局僕は誰からも愛して貰えなかったこと…家に居る家族達の面倒を最後まで見れなかった事ですかね」
そう言って僕は最後の内容は苦笑いしながらだったけど、話を終えると神様に微笑みかけた。
けど神様はそんな僕の顔を驚愕したような表情で見返してきた。
「違う…違うんじゃよ。お主の人生はこれからじゃったのじゃ…お主はこれから今まで辛かった分も幸せになるはずじゃったんじゃ」
初めは小さな声だったけど、だんだん語尾を強めるようにして神様は一息で言い切った。
そのあまりの迫力に僕の方が呆気に取られてしまい、疑問に感じた事を神様に問いかけた。
「「はずだった…」とはどういう事でしょうか?」
それを聞いて神様はしまったというような表情になったけど、次の瞬間には何か吹っ切れた表情になっていた。
「これは本来言うつもりはなかった事なのじゃが、お主は死ぬ予定ではない人間じゃったんじゃ…」
それを聞いて若干の戸惑いを感じたけど、話を最後まで聞こうと思い先を先を促した。
「本来の運命ではお主は花崎 初華とその後の人生を一緒になるはずじゃったんじゃよ…。こちらの手違いがあっての、あの時、本来であればお主の親友の神野 佑人が死ぬ予定じゃったんじゃよ…」
その話を聞いて僕が初めに感じた感情は、怒りではなく〈ゆう〉が死ななくて良かったという安心だった。
「〈ゆう〉が死ななくて良かったです」
そのつぶやきを聞いて神様は今まで以上に、とても辛そうな表情になった。
「お主は、やはりそうなのじゃな…わしはお主に罵倒されたほうが楽になるかと思うたが、それはわしの逃げじゃな……」
「僕は神様を罵倒することなんてことは出来ません。それに僕は死んだ事は不幸だったかもしれませんが、そのお蔭で僕は親友を救うことが出来たのですから…。僕の人生にはちゃんと意味があったと胸を張て逝けます。ただ、結局僕は、最後まで愛を知らないままだった事、自分が決意した事も出来なかった事、家の子達がその後どうなったのかが心残りですかね」
そう言って僕は苦笑いをした。
神様は僕の話を聞いてまだ何処か辛そうな、僕に言いたいことがあるような複雑な表情になっていた。
「これはわしの自己満足なのじゃがの…本来はいかんことなのじゃがお主には今、言わないとわしはずっと後悔すると思うから聞いてほしい」
そう言って神様は使命感につき動かされるように話し始めた。
「お主は愛を知らずに最後を迎えたと言ったがそれはお主の間違いじゃ…お主は愛を知らなかったからこそ皆に精一杯尽くし、そしてそこには愛が溢れていた。そうじゃなければあんなにも素晴らしい最後を迎えられるはずはないんじゃ」
そう神様が言うと僕の頭の中にはある映像が浮かんできた。
僕の手を握り大泣きしている〈はなちゃん〉、僕の顔を見て小さく「すまん」と言い泣いている〈ゆう〉。
景色が変わり、僕が大好きだった場所で僕の遺影を見て涙を流す僕の店の従業員達、店で新しい家族と出会ったお客様達、少し離れた場所ではいつも元気に走り回っているはずの僕の家族達。
僕が新しい家族の元へと導く事が出来た甘えん坊だったミニチュアダックスフントの〈ロン〉、やんちゃ坊主だった柴犬の〈タロウ〉、臆病で誰よりも怖がりだったけど人が大好きだったラブラドルレトリバーの〈ボス〉。
僕たちが急患で救った子達、会いに行ったらとても嬉しそうにしていた子達が元気に走り回ることなく、皆静かにどこか寂しそうにお座りして小さく甘えた声を出す子達、少しでも遠くに声を届けようと遠吠えをする子達が居た。
その光景を見た後、また景色が切り替わり、〈はなちゃん〉、〈ゆう〉を始めとした従業員の皆、お店の常連さん達がみんな電話をかけている光景だった。
「お主は愛を知らないと言ったが、お主は知らないから気づかなかっただけでお主は皆に愛されていた。わしが長いこと見てきた中でも誰よりも…。お主の家族達も大丈夫じゃよ。皆優しい、新しい家族に出会うことが出来たのじゃからな」
そこで神様は一端話を切り、感慨深そうな顔をした後、続いて話を続けた。
「そして、ペット達が可哀想な結末を迎えないように…少しでも多くの子達を新しい家族へと導くためにお主が種を蒔いた行為は、その意思を花崎 初華が受け継ぎ芽吹かせ、花崎 初華の意思を…ひいてはお主の意思を継ぐ者達が遠い未来に大輪の花を咲かせたのじゃ。お主は何も間違った事はしていなかった」
その映像を見て、話を聞いて最初は呆けていた僕は知らない間に頬をとても暖かな雫が滴っている事に気が付いた。それは僕が物心ついて初めて流した涙だった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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