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夏は暑いのでたくさん汗をかく。だからYシャツはびしょ濡れになる。

この小説をエドワルド・エトリに捧げる。

そんな人いないけど。

 これは神の怒りだ。僕はそう思った。太陽と地面との間にその光を遮る雲は無く、制服のYシャツは瞬く間に汗で染められていった。何もこんな日に。僕は少しばかりの苛立ちを感じていた。それは「太陽に」でもあり、同時に「部長に」でもあった。

 「明日部室13時」

 部長からのメールがあったのは、昨日の夜22時ころだった。お風呂から上がり、買ってきたGIANT KILLINGの32巻でも読もうかと思ってたところで、iPhoneがブーンと一度振動した。本来、女子からメールがあれば嬉しいと感じるのが健全な高校生男子というものだが、一般的に女子に分類される部長からのメールに、僕は嬉しさなどという感情が湧き上がることはなかった。絵文字もなければ句読点もなく、なんなら助詞も接続詞もない、これ以上削ぎ落とすことのできないような7文字のメール。それが部長からの集合の合図だった。iPodを開発したアップル社のスティーブ・ジョブズは、iPodの開発途中に「もうこれ以上は軽くなりません」と言う技術者に対し、サンプルのiPodを水に沈め、出てきた空気の泡を見て「まだスペースはあるようだが?」と返したという。部長はきっとジョブズと気が合うだろう。

 汗だくになりつつもなんとか学校に到着した。夏休みが始まって10日ほど経ったこの日、学校の敷地内にいるのは、野球部やサッカー部等の運動部くらいのものだった。本来ならば僕もこんな日に学校になんか来たくなかった。その名の通り、宇都宮でも北部に位置するこの学校は、僕の家から自転車で30分以上かかる距離にある。歩いて7分の部長とはワケが違う、と僕は常々思っているのだが、そのことを以前指摘したらエアガンで撃たれた。あれはとても痛かった。

 「失礼しまーす」と言いながら、部室のドアを開けた。部室とは言いつつも、正確には理科準備室がその部屋の本当の名前だ。僕ら『文学部』は、正確には『文学同好会』として、この理科準備室を借りて活動している。僕が入部した当初はまだ理科準備室としての機能を果たしてはいたのだが、部長のどこにそんな権力があるのか知らないが、ホワイトボードと大型の本棚を部費で購入してからは、もはやほとんど理科の準備をする部屋ではなくなっている。先週あたりに部長が「そろそろ畳にしたいなー」と言っていたときの顔を思いだす。目が笑っていなかったのがとても恐ろしかった。

 「遅い」

 部長のその声と同時に、胸のあたりに激痛が走った。この痛みを僕は知っている。エアガンだ。

 「痛い! 何するんですか!」

 胸をさすりながらエアガンの銃口をこちらに向けている部長に怒鳴った。

 「13時に集合って言ったら、12時50分に来てるのが後輩の常識」

 「まだ12時45分じゃないですか」

 僕はそう言って自分のiPhoneに時計を表示させて部長に見せる

 「うるさい。それは君の中の12時45分でしょう。私の中の時計はもう12時55分を指しているの」

 この人は一体何を言っているのだろう。僕はそう思ったが、口に出さないことにした。この入学してからの4ヶ月間、幾度と無く部長と言い合いになったが、その都度僕は部長の論理に負け、結果苦汁をなめてきた。もはや部長とは言い合わないことが一番、それが僕の達した結論だった。

 「で、小説は書けたの?」

 部長はエアガンを眺めながら僕に言った。

 「それがまだ、」

 そう言ったところで、部長がこちらに銃口を向けた。僕はとっさに机の下に潜り込んで叫んだ。

 「でも、だいぶいいところまで進みました!」

 数秒の沈黙。もしかして許してもらえたのかもしれない。そう思って左を向いた瞬間、銃口をこちらに向けた部長と目があった。僕を迎撃しようと左に回り込んだのだ。

 「いいところってどこまで?」

 部長が殺し屋のような目でこちらに問う。

 「あとはラストだけです。その相談を部長にもしようと思いまして、まだ書けてないんです。これが原稿です」

 僕は急いでリュックの中からホチキスで止めたコピー用紙を取り出し、部長の方に差し出した。部長は無言でそれを受け取ると、右手で銃口をこちらに向けたまま、左手だけで器用にコピー用紙をめくり始めた。

 10枚程度のコピー用紙を全てめくり終わると、深くため息をついてそれらを机の上に放り投げた。

 「あなた、会話文が下手。3人以上が場面に登場するときに、誰が喋っているのかが分かりにく過ぎる。そして台詞に説明が多すぎ。『もう一度太陽の光を浴びたら、こいつは死んでしまうのに!』なんて言う人いるわけないでしょ。そもそもなんで太陽の光を二回浴びたら死ぬの? スズメバチじゃあるまいし」

 スズメバチからアイディアを思いついたんだからしょうがないだろ、と僕は思った。

 「ひとまずこれはラスト以前の問題。赤ペンを入れていったら、元々赤い紙に印刷したのかってくらい真っ赤になるから、書き直しなさい。期限は今日の帰るまで。イエス、オア、エアガン?」

 そんな二択あるか。しかしエアガンの恐怖から僕は「分かりました」と言って席に着いた。部長はもう一度深くため息を吐くと、自分の席に戻ってエアコンのリモコンを操作した。設定温度を下げたのだろう。ピッっという音がなり、エアコンは音を上げて冷たい空気を吐き出した。僕は思った。エアコン、買ったんだ……。

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