8 捜索
“支配下”という言葉を聞いて背筋が凍った。横目で斗真を窺う。斗真も混乱しているのか、目を泳がせている。
「悪戯じゃないの?さっさと消しなさいよ」
「悪戯じゃないぞ」
慶子の手が止まった。
「我々はお前たちのいる2年B組を監視している。そして、お前たちが帰れない原因をつくったのがこいつだ」
そこに、もう1人の顔が隠れている人が、手首、口を縛られている斉藤先生を引きずり、画面の前に立たせた。
慶子は身を乗り出した。
「この高校には2年B組しか生徒は残っていない。先生が戻ってくるのを待っている間に、みんな足早に帰って行った。教師もこいつ以外は追い出した」
みんな、驚きのあまり微動だにしなかった。
「
ちなみに、高校の全ての出入り口には爆弾を仕掛けている。もし、誰かがここから出ようと、外へ出る通路を開けた途端、この高校はドカーンだ」
「お前は、今どこにいる」
斗真の挑発的な言葉に、真央は一瞬慄いた。
「おお、気の強い男だね。名前は」
斗真は少し間を空け、名前を告げた。
「斗真涼か。面白そうな人物だな」
「質問に答えろ」
真央はチラリと斗真を窺った。斗真の目は、これまでに見たことのない鋭い目をしていた。
「我々は職員室にいる」
その時、教室のドアの傍で、何かが倒れる気配がした。見ると、斉木侑奈だった。
真央はすぐに駆け寄り、声を掛けた。すると、うっすら目を開け、囁くような声でこう言った。
「真央ちゃん、できるだけ私が見えないようにして。警察に連絡するから」
それを聞き、戸惑った。そんなこと出来るのだろうか。監視カメラが何処にあるのかも分からない。もし、見つかったら―――
「早く」
躊躇したが、言う通りに行動した。
「何をやっている」
この声を聞いて、心臓が飛び出しそうになった。
「いや、あの呼吸を確認しようと思って」
「ちゃんと呼吸しているように見えるぞ」
ヤバイ。これはヤバいぞ。完全に見抜かれてるじゃないの。
「嘘をついたのかな」
真央はぶんぶん首を振った。
「明らかに嘘じゃないか。こっちにはすべてお見通しですよ」
どうすればいいんだろう。侑奈のせいにするのも悪い気がするし。かといって言い訳も思いつかない。
すると、侑奈が真央の腕を振り払い、立ち上がった。
「この子、ここから逃げようとして私に命令してきたんです。倒れたふりしろって」
「え・・・」
待って、理解できない。私がいつそんなこと言った?いや、言ってない。私、ハメられたの?
「そうか。そりゃ悪い女だな。どう処刑しようか」
処刑という言葉を聞いて、目の前が真っ暗になった。言い訳したいのに、どう言えばいいのか分からない。
「蓮井はそんな捻くれた女じゃない」
斗真だ。
「おお、斗真君。何か意見があるのか」
斗真は静かに、トゲのある声で言った。
「蓮井はそんなこと言う女じゃない。蓮井は、馬鹿で、優しくて、純粋な女だ。そんな考えはこいつには思い浮かばない。斉木、何か言ったらどうなんだ」
斗真は鋭い目で侑奈を睨んだ。侑奈が慄く。
「わ、私は別に悪気があって―――」
「言い訳すんな。謝れ」
侑奈は反射で斗真に頭を下げた。
「俺にじゃないだろ」
その時、真央の肩に手が乗った。そして、ゆっくり真央を立たせた。見ると、斗真だった。
「蓮井に謝れ」
真央は肩に乗っている手を外した。だが、斗真は真央の手を強く握った。
「いいよ。私は大丈夫だから」
「お前が許しても、俺が許せない」
斗真は侑奈を睨んだまま言った。
「ごめんなさい。勝手なこと言って」
真央は首を振った。別に怒っているわけではない。人間、誰でも窮地に立つと人のせいにして、自分を守るものだ。
「もう、いちいち面倒くさいな。仲間割れはよしてくれよ。これからゲームが始まるのだから」
その言葉で、全員が顔をテレビに向けた。
「これから、君たちの生き残りをかけたゲームを始める。準備が整うまで、静かに待機するように」
そこで、テレビ画面が真っ暗になった。途端に、周囲がざわついた。
「真央、大丈夫?」
瞳子がすぐに声を掛けてくれた。
「うん。それより、本当にこんなことするのかな」
「あんた、本当バカね」
真央は口を尖らせた。
「バカじゃないって」
「バカよ。こんな騒ぎ起こしたんだから、実行するに決まってるでしょ。それぐらい分かりなさいよ」
「みんな!ちょっと聞いて!」
クラスみんなの視線が、慶子に集まった。
「絶対に先生を助けるのよ。そのためには、犯人のいう事に従う事。それが一番安全だと思うわ」
「今ならまだ間に合うかもしれない」
そこで、1人の男子生徒が教室を飛び出して行った。
「おい、待て!」
すぐに斗真が追いかけて行った。
「私の話、聞いてなかったのかしら」
慶子は呆れて、机の上に座り足を組んだ。
間もなく、斗真が逃げ出した男子を連れて戻ってきた。男子は涙を流していた。
「気の弱い男ね」
慶子が吐き捨てるように言った。
「だって、怖いし」
「怖いのは皆同じだよ」
斗真は優しく言い、その男子を椅子に座らせた。
その時、再びテレビ画面に人影が映った。
「準備か整った。全員音楽室に行け。抜けようと考えてるやつ、そんなこと考えても無駄だからな。校内には至る所に監視カメラが設置されている。逃げようとしたら、その場で即死だ」
それだけ告げられ、切れてしまった。
「移動するわよ」
慶子は1番に教室を出て行った。それから、続々と教室の中にいた生徒が出て行く。
瞳子、飯田も出て行き、残ったのは真央、斗真、先ほど逃げ出した男子だけになった。
「荒木、行くぞ」
「いやだ。逃げてやる」
斗真はため息を吐き、俯いた。
「お前1人が逃げると、クラスみんなの命が無くなる」
荒木は斗真を見た。斗真が顔を上げた。鋭い目だった。
「お前が逃げ切ることは出来ない。ここから出た途端、爆発だ。犯人の指示に従っていた方が、生き抜く確率が高い」
荒木は斗真の迫力に目を逸らした。
「どっちだ。俺たちと一緒に行くか。それとも、逃げるのか」
数秒の間があり、荒木が突然立ち上がった。
「分かったよ。俺は逃げない」
そう言って、教室を出て行った。
残ったのは2人だけになった。
「何か、不安だね」
「そうだな」
ふいに、斗真の手が真央の肩に置かれた。
「大丈夫だ。何かあったら、お前は俺が守る」
「・・・うん」
斗真は真央の肩を2、3度叩き、一緒に教室を出た。
音楽室に入ると、異様な雰囲気が漂っていた。
「あれ、荒木と一緒じゃないの?」
瞳子が声を掛けてきた。
「え、来てないの?」
「うん」
すぐさま斗真が音楽室を飛び出して行った。慌てて真央もついて行く。しばらくして、飯田が走ってきた。
「蓮井!」
真央は足を止め、振り向いた。
「俺も探す。あいつ、嫌がってたから逃げようとしてるのかもしれない」
「でも、さっきは逃げないって言ってたよ」
「嘘なんかいくらでも吐ける」
そう言って、飯田は走り出した。でも、真央の足は動かなかった。
嘘をついたの?自分だけ助かろうと思ってるの?
真央は思考を巡らせた。
ここからは抜け出せない。爆発する。それなら―――
嫌な予感が過った。自殺だ。
「荒木っ!」
真央は叫んだあと、全速力で走った。
飯田は4階から2階まで下り、全ての教室を回って行った。
「どこ行ったんだよ」
飯田は舌打ちしながら教室を見渡し、確認する。
2階にもいないことを確認し、北校舎で探していない場所は1階だけになった。
階段を下り、1階の保健室に入る。
「荒木、いるんだったら返事しろ」
飯田はベットの下や、業務机の下を確認する。
「・・・いねぇや」
保健室を出ると、ばったり斗真に会った。
「お前も探してるのか」
斗真は感情がこもっていない声で問うた。
「ああ」
同じように飯田も返す。
「ってか、蓮井は?」
斗真は辺りを見渡す。
「荒木の事探してる」
「1人でか?」
「そうだ」
斗真は舌打ちした。
「何だよ」
キレ気味で返すと、いきなり斗真が飯田の襟を掴んだ。
「1人で行動させると危ないだろ!そんぐらい分かれよ!」
腹が立って、言い返す。
「お前だって蓮井置いて勝手に飛び出したろ!」
「蓮井が一緒に探してくれるなんて思ってなかったんだ!」
「あいつなら探すに決まってんだろ!あいつの性格考えろよ」
斗真は言葉に詰まり、掴んでいた手を離した。
その時、上の階から悲鳴が聞こえた。
「蓮井だ」
斗真は反射で階段へと走って行った。
「マジかよ」
飯田もその後を追った。