2 能力
2035年、10月15日。
蓮井真央は東京都立笈川高校の通学バスの中に座っていた。通学バスは、通学途中に被害にあってはいけないということで、校長の自腹で運営している。だが、週に2日しか運営していないので、あと3日は各自で周りに注意しながら通学しなくてはならない。
「ちょ、お前離れろ!」
声を発したのは、斗真涼だ。高校入学当時、話しかけられ、それから何故か仲良くなった。顔立ちは綺麗で、周りの女子に評判がいい。真央は、あまりそういうことは気にしないタイプだ。
「いいじゃん!景色みたいんだもん」
「だったら最初から窓際座れよ」
「あんたが最初に座ったんでしょ」
真央はむくれて斗真から離れた。普段は真央に冷たいが、こんな斗真でも凄い一面がある。普通の人間なら出来ないことが。
「ねえ、今日の席替え、私誰の隣になるか教えてよ」
「そんなことのために、俺の能力は使いたくない。無駄だ、無駄」
斗真は自分の片手を、真央の顔の前で振った。
「ちぇ」
斗真は、未来を予知できるという能力を持っている。この能力で、真央は何度も斗真に助けられた。
高校付近にあるコンビニが見え、真央は床に置いていたスクールバックを手に持った。同時に、斗真も同じ動作をする。
校門の前で生徒は全員降り、皆足早に校舎に入って行く。こんな所でも1度銃弾が飛び交った事もある。真央と斗真も走って玄関に向かう。
「あ~腹減った」
靴箱から上靴を取り出しながら、斗真が呟いた。
「また朝ご飯食べてないの?」
斗真はため息交じりに頷いた。
「佐原さん、作ってくれなかったの?」
「今日は朝早くから出て行った。朝食作る暇なさそうだった」
“佐原さん”とは、斗真の親代わりになっている女性だ。斗真が小学校に入学した日、斗真の目の前で両親が殺されたと教えてくれた。そのショックで、幼かった頃の彼の脳に影響を与え、脳内バランスに狂いが生じてしまい、この能力をもったという。
真央の両親は、幸いにも元気に過ごしている。
「これから、朝何か作ってこようか?」
気遣いで言ったつもりだが、あっさりと追いやられた。
「いい。お前の作った物食べたら腹こわす」
断られた上に、余計な言葉が重なって腹が立った。その怒りにまかせて斗真の背中を叩いた。
「いっ!」
斗真は反射で真央の叩いた腕を掴み、捻じ曲げる。
「痛い!折れるって!!」
真央は空いている方の手をブンブン振り回す。
「反省したか?」
真央は何度も頷く。
「よし」
斗真の手が離れた瞬間、真央は捻じ曲げられた腕を確認した。
「うっわ!真っ赤!女の子なんだから手加減しなさいよ!」
「そっか。お前一応女の子だったな。すまなかった」
言い放ち、すたすたクラスへ向かって行く。
「一応って何よ!ちゃんとした女の子ですぅ」
頬を膨らませながら斗真の後をついて行く。
「おはよう」
斗真が先に入り、皆に挨拶する。続いて真央も挨拶。
「おっ!またラブラブなカップルが入ってきた!」
斗真の親友、飯田義樹が冷かす。
「真央~お似合いよぉ」
真央の親友、藤山瞳子も後に続く。
「もう、違うからっ!」
思わず2人の声が重なり、また飯田と瞳子がおもしろそうに笑う。
「気が合うわね」
「もう、キスしたのか?」
「なっ!」
飯田の容赦ない反撃に、斗真は怯む。真央も若干引いた。
「キスなんかするわけねーだろ!こんな奴と」
斗真は怒鳴り散らした。そのおかげで、クラスみんなの注目を浴びる。
「あらぁ、照れ隠し?」
瞳子も揺るがず、2人を追い込む。
「違う!ありえん!」
どかどか歩き、斗真は席に着いた。
同時にチャイムが鳴り、真央、飯田、瞳子も席に着く。
「おはよう、皆」
担任の斉藤東吾先生が入ってくる。先生も毎朝、被害者にならないように、気を付けて出勤している。そのため、どの先生もホームルームの時間で疲労が溜まっているのがすぐにわかる。
「おはようございます」
クラスの皆は安堵の表情だ。毎朝これが行われる。あの悪の塊の天皇のせいで。
「出席とるぞ。赤坂騰貴」
いつも通り、確認がとられる。真央が返事した直後、先生の表情が曇った。どうしたものかと首を傾げると、神妙な顔つきで口を開いた。
「浜岡は、両親の葬式に出ている。昨夜、殺されていたらしい」
それを聞き、真央は俯いた。この言葉は、今までに何回も聞いてきている。その度に胸が痛む。
さり気なく奥の方に座っている斗真の方を見ると、斗真は顔を手で覆っていた。
「しばらく、浜岡は休むそうだ・・・次、葺石」
その後のホームルームの時間は、誰一人、笑顔を見せることは無かった。
1時間目の数学が終わり、真央は瞳子に話しかけた。
「美代、大丈夫かな・・・」
美代とは、浜岡のことである。
「うん・・・こればっかりは、あたしも何にも言えないわ」
瞳子もショックを受けているらしい。
「瞳子のご両親、元気なの?」
「うん。ちゃんと仕事も行ってる」
あの天皇が生まれる前なら、普通高校生がこんな会話などしないだろう。だが、今はそれんな生活に慣れてしまっている。
「天皇って、どんな顔なのかしらねぇ」
天皇は、国民に批判を受けないために、顔、氏名を公表していない。そのため、天皇がどこに住んでいるのかもわからない。一般市民に紛れ込んでいる可能性もある。
「どうせ悪役のような顔してるでしょ。いかにも殺人鬼みたいな」
サラッと答えた直後、真央の肩に誰かの手が乗った。
「蓮井って、結構言うね」
その手は飯田だった。その後ろに斗真もいる。
「だってそうでしょ。こんな世の中になるなんて誰が想像したか・・・」
そこではっとなり、真央は斗真を見た。
「斗真はこんな世の中になるって予知できてたの?」
斗真の能力については、真央の他に飯田、瞳子しか知らない。
「こんなことになったのは、俺の両親が殺される前だ。ってか、俺お前にこんな世の中になってから両親殺されたって言ったよな」
凄い剣幕で迫られ、真央は両手を顔の前で合わせた。
「こればかりは本当にごめん!私バカだからそこまで考えられなかった」
「それもそうだな。バカは思ったことをすぐ口に出すからな」
否定しろよ、と言おうと思ったが、今はそれを言う権利はない。
「本当、仲良いよなぁ」
「そうね。見てて自然と笑顔になるって言うか」
知らない間に、瞳子は飯田の隣に移動している。
「これのどこが仲良いのよ。言い合いばっかだよ」
真央がため息を吐くと、斗真が首を傾げた。
「どうした?」
飯田が尋ねると、斗真は真剣な顔つきになった。
「何か、嫌な予感がする」
斗真は窓に視線を向けた。先生が授業をするときに立つ真横の窓だ。
「まさか・・・」
真央が呟くと、斗真は頷いた。
「次授業に来る先生がターゲットだ。銃で撃たれるかもしれない」
真央を含めた3人が眉間に皺を寄せた。教室の窓はどのクラスも一応防弾になっているが、何度も銃弾が当たると、破壊する可能性がある。
「大丈夫だ。俺が何とかする」
その言葉で、3人が安堵の表情を見せる。斗真の言葉は信頼を持てる。
「無理しないでね」
自然とこの言葉が出きた。慌てて口をふさぐ。そして、飯田と瞳子の様子を窺う。
「あらぁ」
「ひゅ~」
やっぱり。
「心配すんな」
斗真はそれだけ言い残し、席に戻った。飯田も斗真の後に着く。
「頼りがいがあるわね。斗真って」
瞳子は真央の耳元で囁いた。
「まあ、そうなんだけど」
そこで、2時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
2時間目の教科は国語だ。古文をやっているが、真央には全然分からない。真央は文系でも理数系でもない。強いて言うと、体育会系だ。体力には自信がある。勉強は全然できないが。この高校もなぜ真央の成績で入れたのか、よく分からない。
国語担当の松田仁は、特に警戒する様子もなく授業を進めている。斗真は、一応授業は聞いているが、外の様子に警戒している。
授業もラスト5分となったとき、斗真が大声で叫んだ。
「松田先生!伏せて!!」
松田は何が何だか分からない様子でポカンとしている。斗真は立ち上がり、走った勢いで松田をねじ伏せた。その途端に銃声が聞こえ、窓に少しヒビが入った。それからは、もう何も聞こえなくなった。
斗真は外の様子を念密に確認し、松田に声を掛けた。
「先生、大丈夫ですか」
松田は足がすくんで立てない。それを斗真がサポートする。
「ああ。ありがとう」
松田は斗真に深く頭を下げた。
「今後、しばらくは周りに警戒が必要です。気を付けてください」
そう伝え、斗真は何事もなかったような表情で席に着いた。そして、授業終了のチャイムが鳴った。
「お疲れ様」
真央はすぐに斗真に声を掛けた。
「おう」
斗真は真央に笑顔を見せた。
「斗真、かっこよかったわよ。これでここにいる女子の半分が斗真に傾いたわ」
知らない間に瞳子がいたことに驚く。
「お前、スゲーな」
飯田が目を輝かせている。
「本当、世の中どうなってんだか」
斗真は髪を掻きむしる。
普段は真央に冷たいが、いざという時に皆に役に立ってくれるところに尊敬する。
「こいつがいたら、俺らは無敵だな」
飯田が斗真の肩に手を回す。
「分かんねーぞ。本当に危険な状態になったら、俺1人で逃げるかもな」
「それは困るよ!」
反射的に声が出た。
「嘘だよ。ばーか」
斗真は面白そうに笑う。
「ホント純粋。あたしだったら、あんたから詐欺でサラッと金が手に入りそう」
瞳子も同じく笑う。恥ずかしさから、頬が赤くなる。
「俺でもわかったぞ。冗談だって」
飯田もちゃかす。真央は真っ赤になった顔で俯いた。
「まあ、それがあんたの良い所よ」
瞳子は真央の頭を軽く叩いた。真央は唇を尖らせて瞳子を見る。
「もうチャイムなるから座る!」
真央はむっとして足早に席に座った。
「どうだ、キュンと来たか?」
飯田が斗真に尋ねる。
「ただのバカだろ」
「もぉ、素直じゃないな。俺は結構可愛いなって思ったぜ」
飯田は机に突っ伏している真央を見た。
「あれぇ、飯田も真央の事気に入っちゃった?」
瞳子が飯田の腕を突く。
「まあな」
飯田が斗真を見ながら言う。
「もうっ!2人揃って俺を責めるな!」
斗真は言い放ち、真央と同じように机に突っ伏した。
斗真の能力が初っ端から披露されました。
私も、こういう能力欲しいです・・・