10 狂気
「飯田、大丈夫かしらね」
瞳子が走りながら真央に問いかけた。
「飯田なら、大丈夫だよ。きっと」
瞳子はそうね、と呟き、斗真に尋ねた。
「ねえ、これって、隠れていた方がいいの」
飯田は立ち止まり、すぐそばにあった教室に入った。
「藤山、体力あるか」
真央に訊かなかったのは、今までの経験から自分なりの結論を出したらしい。
「まあ、それなりに。でも、真央には到底追いつけないかも」
斗真はそうか、と言った後考える仕草をした。
「最初の1時間は15分ごとに場所を変えながら隠れておこう。残りの1時間は出来るだけ走ることにする」
「え、何で?」
真央が尋ねると、斗真は1つ息を吐き、答えた。
「最初の方は、鬼たちも何とかなるだろうと思って、隅々までは捜さないだろう。でも、残り時間が少なくなってくると、焦っていろんな場所を見落としなく探すようになる。見つかったらそこで終わりだ。だったら、走っていた方が助かる可能性は断然高い」
「なるほど」
こういう時、斗真は頭の回転が速いと思う。
「こればかりは、いくらクラスメイトでも信用は出来ない」
「何か、複雑ね」
瞳子は小さく息を吐いた。
「飯田、心配だな」
斗真は小さく呟いた。
―――何で、俺がクラスメイトを殺さなきゃいけないんだ―――
ずっとこの考えしか頭に浮かばない。
クラスメイトを殺したくない。でも、俺だって死にたくない。せっかく母さんと打ち明けることが出来たのに・・・
その時、音楽室に1人の顔が布で覆われている誰かが入ってきた。手には、紙袋を2つ持っている。
そいつは、無言で1つの紙袋をピアノの上に置き、もう1つの紙袋で山づみの携帯電話を回収し、音楽室を無言で出て行った。
「その紙袋を開てみろ」
またしても、突然テレビが付き、犯人が指示した。
慶子が紙袋に近づき、中を見た。
「何、これ」
すぐさま、赤田が慶子に駆け寄った。
「銃・・・」
「君たち鬼は、全員一丁ずつ所持する事。それで、捕まえたクラスメイトを殺すんだ」
「ふざけんじゃねーよ!」
飯田は黙っていられず、怒鳴り散らした。
「今まで一緒にいたクラスメイトを簡単に殺せるわけねーだろが!お前、頭狂ってんじゃねーのか?」
飯田は、自分のこめかみを人さし指で指した。
「おお。勇敢な男だね。そんな熱い男がどういう決断を下すのか楽しみにしているよ」
犯人は楽しそうに笑った。
「いるよね。たまにこういう奴」
慶子は壁にもたれ掛け、腕を組んだ。
「みんながいる場所ではいい子ぶって、結局自分を守る選択を選ぶ」
「黙れ」
「そういう奴が一番腹立つのよ。他人を落として、自分が有利な位置に立つ。人間ってのはそういうものよ」
「お前も狂ってるな」
飯田は慶子を睨み、紙袋を掴んだ。
「あら、そう言いながらも銃を私物化するつもり?」
「馬鹿馬鹿しい」
飯田はそう吐き捨て、窓を開けた。
「何で、開くんだ?」
大山が驚いたように言った。
「1階から3階まではすべての窓の内側に、小さな爆弾装置がついていた。でも、4階にはついていない。恐らく、犯人側のミスか、4階から飛び降りる奴はいないだろうと思っていたのか」
そう言いながら、飯田は紙袋を外に投げようとした。だが、赤田が飯田に飛びかかり、紙袋を奪った。
飯田は躊躇った。赤田はこんなことをする奴じゃない。物静かで、いつも慶子の言いなりになっている。そんな奴が、血相を変えて、自分に飛びかかってきた。
だが、呆然としても何も変わらない。飯田は立ち上がり、紙袋を奪い返そうとした。だが、赤田の手に触れた途端、赤田は悲鳴のような声を上げた。
「触んな!」
そう言って、紙袋の中から銃を取り出し、飯田のこめかみに押し当てた。
「赤田、やり過ぎよ!」
慶子が叫ぶが、赤田は紙袋を放り投げ、何かに取り浮かれた様に不気味に笑った。
「面白いじゃないか。この手で人を殺せる。憎んでいる人間を殺せる」
「憎んでいる人間が、このクラスにいるのか」
飯田は息を荒らげ、問うた。
「そりゃあ、山ほどいるよ。まずお前。クラスの人気者で、いつも皆に囲まれて。見ていて腹が立つんだよ。それと斗真。あいつも人気者で女子からも好かれて。顔を見ただけで虫唾が走る」
「お前は人気者になりたいのか。だったら、まずその気弱な性格変えろよ」
飯田は赤田を睨みながら言った。だが、声は恐怖で震えていた。
「今、この引き金を引いてもいいんだよ」
赤田は、銃を飯田のこめかみに強く押し当てた。
「打てるもんなら打ってみろよ」
飯田は、あえて強気で言ってみた。これは、もう賭けるしかなかった。
「打てるさ。じゃあ、俺がお前の人生終わらせてあげるよ」
―――駄目だ。殺される―――
飯田は覚悟を決めて、目を瞑った。
その直後、乾いた銃声が聞こえた。だが、自分は生きている。
ゆっくり目を開くと、ゆっくりとこちらに倒れてくる赤田が目に移った。飯田は反応が間に合わず、赤田の重みで自分も床に倒れた。
「赤田?」
飯田は怖くなり、力を振り絞って赤田を横に寝かした。立ち上がると、信じられない光景が目に移った。赤田の後頭部から血が出ていた。それが床に流れだし、自分の足元まで来ていた。
飯田は辺りを見渡した。するとそこには、呆然と立ち尽くしている2人と、銃を構えて震えている斉木の姿があった。
飯田はゆっくり斉木に歩み寄った。そして、銃を持っている手を握った。
「私・・・許せなくなって・・・」
斉木は頭が混乱しているのか、目の焦点が定まっていなかった。
「ごめん」
飯田は斉木に深く頭を下げた。自分のせいで、斉木の手を汚してしまった。
「私、真央ちゃんに酷い事しちゃったでしょ?あれ、赤田に命令されたの。それで、失敗しちゃって、結局私が悪いみたいな空気になって。私、あの後、赤田に殴られたの。だから―――」
「もういいよ。ごめんな」
斉木は涙を流しながら崩れ落ちた。飯田はゆっくり斉木から銃を受け取り、放り投げた。
「あ~あ。また1人減っちゃったな。もう、数が足りなくなるから、そこの、斉木って女、鬼にならなくていいよ。ここでずっと待ってて。じゃあ、時間が来たから、他の3人は捕まえに行って」
今度は、テレビ画面ではなく、放送での指令が飛んだ。
斉木、飯田以外の鬼2人は紙袋から銃を取り出し、出て行った。
飯田は斉木の肩に手を置いた。
「絶対ここにいろよ。何処にも行くな」
斉木の精神の状態が心配だった。もし、混乱して荒木の様に自殺したら自分もどうにかなってしまいそうだった。
飯田は斉木が微かに反応を見せたのを確認して、銃を持たずに音楽室を飛び出した。
「ねえ、あと何分くらいあるの?」
真央はいても経っても居られず、斗真に尋ねた。
「まだ始まって10分も経ってないよ」
「え、そうなの?」
「あんたの体内時計はどうなってるのよ・・・」
瞳子はやれやれというように、首をゆらゆらと振った。
その時、どこかで何かが破裂するような音が聞こえた。
「ねえ、今音がしなかった?」
真央は2人に訊いた。
「うん」
2人は頷く。途端に、斗真の顔が険しくなった。
「飯田に何かあったのか」
そう呟き、立ち上がった。
「ちょっと見に行ってくる」
「
危ないって」
真央はすかさず止めに入るが、斗真は微笑み、こう言った。
「大丈夫。俺は能力を持ってるから。必ず戻って来るよ」
斗真は真央の頭に、ぽんと手を置き、教室を出て行った。
「心配ね。2人とも」
2りとは、飯田と斗真の事を言っているのだろう。
「うん」
真央はしばらく、斗真が出て行ったドアを見つめていた。