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見えない翼  作者: 桑名 銀天
第四部 龍族・魔女編

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ChapitreⅩⅩⅠ-B:捕獲


人間の運命よ。お前はなんと風に似ていることか。

ゲーテ


「―― putreim picno verbia」

 彼は、睡眠と覚醒の狭間を漂う意識の中で、呪文のような不思議な言葉を耳にした。目の前は真っ暗だが、不思議な浮遊感がある。そして彼はだんだんと意識を取り戻し、この感覚に覚えがあることに気がついた。

「完了。次は、Nir ――」

 額に手が置かれた。冷たい、小さな手だった。と、その少女の声が紡がれた刹那、彼の脳裏に閃光が走り目眩がする。それをきっかけに、幸助は一瞬にして微睡みから目覚めた。そして反射的に左手を持ち上げて、自分ではない誰かの手首を掴む。

「え?」

 するとそんな驚きの声が上がった。少女はその手を振り払い、数歩下がる。何か絨毯のようなものの上に仰向けに寝そべっていた幸助は、目を開けながら体を起こした。そこは、山に囲まれた花畑だった。空には星々が見えるが、決して明るくはない。

「どういうことなの? ちゃんと発動したはず」

 それでもずっと目を閉じていた彼には、声の主の姿を目で確認することが出来た。いつか見た、とても大きなとんがり帽子と大きなマント。色は黒だろうか、暗すぎて判別が出来ない。

「三回目だから? そうか、こんな性質があったってこと……ん、それより」

「ここはどこなんだ?」

 幸助はごく自然にそんな問いを投げかけた。しかし返ってきた言葉は、彼の発言をまるで理解していないかのようだった。

「必要な段階を全て終えているのが幸いだった。いいから大人しく寝ていなさい、そうすればお望み通り『向こう側』に送ってあげるから」

 それから少女はまた、訳の分からない呪文のような言葉をぶつぶつと呟き始めた。

 一方青年は、この状況をどう受け入れたものか悩んでいた。彼は浮かび上がってきた記憶をたどると、欽二の運転する車に乗った朝からつい最近までの出来事を思い出せた。鳥の村ゾディアークで過ごした記憶と、少女の声に聞き覚えがあることは、紛れもない事実として頭の片隅に存在している。だから手の届かない距離にいる少女が例の黒服の魔女で、ここが二つの世界をつなぐトンネルのような場所だろうと、彼は推測した。いや、殆ど確信である。一連の出来事のせいで『不思議な現象』に対する彼の懐疑心はもはや麻痺しており、最初から疑う理由さえなかったのである。

 幸助が迷っているのはごく単純な事だった。この首謀者に従うか抗うかである。彼がここにいるのは彼の意志によってであり、魔女との利害が一致したからだ。だから大人しくしてさえいれば目的地まで運んで貰える。しかしながら、自分だけでなくその友人まで巻き込んだ諸悪の根源が目の前にいるというのに、ただじっとしていられるだろうか。取り押さえて、いろいろ聞き出し、謝罪させ、罪を償わせ……そうしたいと思っていた。しかし敵の『不思議な力』が未知数であることを考えればリスクも大きいのだ。

 容赦してやるべきと言う良心、罪を裁くべきと言う正義感、危険に飛び込むのは避けるべきと言う保守主義、曲がりなりにも犯人が女性であることから生じるフェミニスト精神……それら全てが彼の中で複雑に絡み合い拮抗していた。今は実行に移さずに堪えているが、すり切れるのも時間の問題かも知れない。

 先程から魔女が呟いている何かが、理解出来ない分呪詛のように聞こえてくる。目を閉じ、深呼吸をして何とか心身を落ち着けようとする。

「まだ『向こう』には行かせて貰えないのか」

「良いわよ。それよりもう一度確認するけれど、本当にそれで良いの? ちゃんと説明はしたからね」

「今更だな。何もしない訳にはいかない。覚悟の上だ」

「そう」少女はふふ、と満足げに笑った。

「何だよ?」

「人生って……本当に何が起こるか分からないんだなって、そう思っただけ。こんなこと、今までなかったんだもの」

「確かに。未来が分かっているなんて、ただつまらなくて悲しいだけだ」

 明日起こる悲劇を知っていながらも何も出来ずに悲しみに暮れていた、あの少女のことを思う。彼女が心の底から笑っているのは、実は全く見たことがなかったのだ。恐らくは誰よりも彼女の近くにいた自分が、である。いやそれはあくまで距離的な意味で、心理的に近い彼女の姉ならばまた違ったのかも知れない。

 そんな事を考えている間に魔女はまた呪文を唱えて幸助の体を浮かせ、空間に穴を開けた。人一人が楽に通れる大きさのその円は、窓のように光を通し花畑を照らしだす。すると大きすぎるマントと帽子を身にまとった少女の横顔が幸助の目に飛び込んでくる。十代前半と見える幼い少女。何かに挑みかかるかのように鋭く釣り上がった目、しかしそこには何かの焦りが感じられた。穴の縁を撫でながら、その目は穴の中に集中している。穴から見える景色が少しずつ動いていた。

「……何? じろじろ見ないでよ」

 少女は据わった目で幸助を見た。

「いや、別に」

「今送り込む座標を設定してるから少し待ちなさい」

「もしかして最初に俺が空高い場所に飛ばされたのはその座標を間違ったからなのか?」

「そうよ、あの時は急に別の予定が入ったから手元が狂ったのよ」

「その予想外の仕事のせいで俺は殺されかけたのか」

「その件は本当に悪かったと思ってるわ。送り込んでから魔法で干渉するなんて普通はやらないことなんだけど、あの時は本当に特別よ。私も一つ学んだわ。忙しくても仕事は一つずつ潰さないと疎かになるものよ」

「今後の教訓になったのなら良かったよ」

「そうね。危うく殺してしまうところだったし」

「お前本当に分かってるのか?」

「さあ、準備が出来たわ。目を瞑って横になって。次に目を覚ました時には向こうの世界よ」

「待ってたよこの時を」

「ならさっさとそこに寝なさい。花を潰すのは別に気にしなくて良いから」

「そうじゃない!」

 幸助は少女の腕を掴んだ。

「何をするの!」

「せっかくあんたと物理的に会えたんだ。このチャンスをみすみす逃す訳にはいかないだろう!」

「何をするの、離しなさい!」

 魔女は必死に幸助の手を振りほどこうとするが、外見年齢相応に非力な彼女では何も出来なかった。指の一つを開かせることさえ、彼女の細い指では敵わない。

「どうしてこんな事をするのか、じっくり話を聞かせて貰うぞ。向こうの世界にはお前のことを探ってる人もいるからな、その人にも話してやらないと」

「やめなさい、そんな事したって無駄よ!」

「じゃあ全てを話せ! そして俺と美奈と元の世界に戻せ!」

「それは出来ないわ!」

「どうしてだ!」

「どうしてもよ!」

 これ以上の口論は無駄と判断した幸助は、魔女を掴んだまま無理矢理に空間の穴に飛び込んだ。凛とした空気がずしりとした重さを持ったかのように変わる。その空気が肺を満たしたかのような窒息感に襲われ、上下間隔を失ってしまう。目を開けているのか閉じているのかさえ分からない本当の暗闇。気が遠くなりそうなのを、彼は必死で堪えていた。

 その闇から脱出すると、二人はもみ合ったまま雪の上に落ちた。周りには木々が不規則に立ち並んでいる。正面には石で組まれた壁が見えた。

「戻ってきたんだな」

「――なんてこと」

「何か言ったか?」

「なんてことするのよ! 私がこっちに来ちゃったら、もう取り返しがつかないのに!」

「落ち着けって。一体何がまずいってんだよ」

「全部よ! もう戻れなくなったのよ!」

「おい貴様ら! そこで何をしている!」

 その時、遠くから何者かの声が聞こえた。少し低いが女性の声だった。やがて足音が近づいてくる。そういえばアークトゥルスは、村では命を狙われる存在だった。相手次第では逃げ出さなければならない。彼は素早く立ち上がると、木の影から現れる姿を待った。

「貴様、その姿――」

 現れた暗灰色の鎧に身を包んだ女性は、幸助の姿を見て驚いた。その女性を見た幸助も、状況が飲み込めずに開いた口が塞がらなかった。

「鳥のスパイか!」

 彼女の身長は普通の人間の倍近くあった。背中側に羽のようなものが見えるが、鳥のそれとは異なり骨格が見えるくらいに薄い。羽毛のようなものもない。

「おい、どういうことなんだよ、魔女」

「どうやら龍の村みたいね、ここ」

「くそっ」

 幸助は魔女の手を取って逃げ出すが、あっという間に回りこまれ、地面に倒される。

「オスカール様のところへ連れて行ってやる。お前達の処遇はそれからだ」

 彼女は天に向かって咆哮し、仲間を呼んだ。二人はまず両腕を後ろ手に縛られ、建物に入れられて武器を持っていないことを調べられた。その後村の頂上にある屋敷まで歩かされ、この村の村長だという男の前に引きずり出された。アークと少女の左右に二人ずつ長槍を構えた兵士が並び、無言の威圧を放っている。部屋の広さは一辺が十五歩にも満たない正方形。壁も床も天井も暖色で塗られ、所々に豪華さを感じさせる彫刻があった。

 不審者二人の正面に据え付けられた、この世界なりに豪華な椅子に腰かけている大柄な男が、龍族の村『ウーラノス』の村長、オスカールである。年齢的にはラザルよりも上、六十前後だろう。きっちり整えられた白い口ひげとあごひげが風貌に威厳を与えている。色素の抜けかかった短髪はやや黄色がかっており、クリーム色のスカーフを巻いてオレンジのロングコートに身を包んでいた。杖を突きながら立ち上がると、杖の先をアークへと向ける。

「お前は何者だ。この村に何の用だ」

 その体躯に、青年は萎縮しそうになる。鳥の集落の広間とは違い足元に段差はないものの、向かい合うだけでも見下ろされる。幸助の無二の親友にも勝る大柄な男は、敵意に満ちた視線をこれでもかと投げる。

「俺は」幸助はそこまで言い、目の前の男が龍のトップであることを利用できないかと考えた。

「俺の名前はリゲル。『ゾディアーク』の村長、ラザル=ハーゲンの一人息子だ」

 その瞬間、オスカールの顔が変わった。何か利用できる、そう悪巧みしている顔だった。一方リゲルと名乗った男も、顔には出さずにしめた、と合点している。黒紫のマントにくるまれた少女は、二人の姿を冷たい視線で見つめていた。

 オスカールが腕を上げて何か合図をすると、青いフードをかぶった人物がやってきて村長に耳打ちした。その人物が出て行くと、

「うむ、どうやらお前の言うことは本当のようだな。外交の道具に利用させて貰おう」

 作戦は成功だった。抜けた時と同じ時間軸に出られるとは限らない、少女はそう言っていたが、さほど狂った時間に飛ばされた訳でもないらしい。座標設定が完了するまで待っていて正解だったようだ。

 少なくともここでは、鳥の集落での村長はラザル、リゲルはその一人息子、そういう認識のままであることが分かった。敵対していて相手方の内部事情に疎いのが幸いしたようだ。

「して、お前があの場所にいた理由は何だ?」

「和平交渉に来たのです。せめて、何故我々の村を狙うのか、基本的なところから話し合えないかと」

「たわごとを。無理に決まっておろう」

 そして注目の視線は、リゲルの隣にいる少女へと向けられる。既に身体検査は済んでいるので、帽子やマントは没収されずにそのまま身に着けている。

「では、こいつはお前の何なのだ? 鳥の一族ではないようだが」

「彼女は、俺の客人です」

 すると少女は半分怒った顔で彼を見た。

「そうか、では訊こう。お前は何者だ?」

 幸助はさっきと同じ質問をする村長を芸がないな、と心の中で笑った。さあどうなるかなと内心期待してはいたものの、闇のような紫色の髪を垂らす少女は全く答える様子がない。オスカールも段々と苛立ちの色を見せ始め、どうした、と声を上げる。

「ああ、言い忘れていました。実はこの子、口が利けないんですよ」

 少女は無反応だったが、むしろ好都合だった。勝手な言動に対し怒る素振りでも見せようものなら、嘘だと疑われ状況が悪くなるだけだからだ。龍族に見つかってから一言も喋っていないのが幸いしたのもあるし、魔女にしても、余計なことを話さずに済むその口上が好ましかったのである。

「ならお前が代わりに答えよ」

「本人が言いたくないと意思表示しているのに、どうして俺が言わなければならないんです?」

「……もういい、牢屋で待っていろ。対応はこちらで決める」

 村長が苛立った様子でそう言うと、兵士が二人に目隠しをして屋敷のどこかへと誘導していった。そして足元に石が敷き詰められた冷たい部屋に入れられ、目隠しを解かれる。上の方に明かり取りの窓があるだけの暗い部屋だった。ただ分かるのは、階段も坂道も歩かなかったので、ここが地上階の高さにあることだ。

「ちゃんと食事は持ってきてやる、そこで大人しくしているんだな」

 二人を連行した兵士はそう言って出て行き、重そうな扉を固く閉ざした。

 さてどうしたものかと、幸助は思う。相変わらず手首は後ろ手に縛られたままで、どうしようもないのだ。一緒に入った少女の方を見ると、彼女は隅に積み上げられた藁の山に座り込んでいた。

「隣、座って良いか?」

「……好きにすれば」

 不機嫌そうに呟いたので、肩が触れる位置に腰を下ろした。そして彼は気づいた。

「なあ、背中こっちに向けろ」

「何よ」

「縄が解けるかも知れない」

 少女が従わないはずがなかった。幸助は、暗闇の中手探りで結び目の形を調べる。その為に何度も少女の手首や手に触れることになったが、その感触は普通の少女と何ら変わりがなかった。

「下手ね、早くしなさいよ」

「だったらお前がやれ」

 少女はそう、とだけ返すと、あっという間に幸助の縄を解いてしまう。両手が自由になれば、少女を解放するのは簡単だった。彼女がふう、と息を吐くと、細く荒い縄を放り投げた。

「上手いんだな」

「あなたの世界とじゃ、結び方が違うんでしょ。だから私には簡単に出来たんだと思う」

 少女は幸助に隣に座るよう促し、肩を触れさせる。

「なあ、名前、何て言うんだ?」幸助が訊いた。

「どうだって良いでしょ」

「じゃあ『お前』とか『あんた』で良いんだな」

 違和感のある、沈黙。

「……ステラノート・レーヴ・ソルシエス」

「何の呪文だ?」

「名前よ。自分で訊いといてとぼけるの?」

「ごめん。それにしても、この世界の住人にしては長い名前だな」

「昔はそれが普通だった」

「何て呼べば良い?」

「ステラ。そう呼ばれていた」

「その方が呼びやすくて良いよ、ステラ」

 ステラは顔を赤くしてそっぽを向いたのだが、この状況では誰にも分からない。

「多分、みんなそう思ったんでしょうね」

「どういう意味だ?」

「私の『長い』名前にはちゃんと意味があるの。ステラノートは私個人、レーヴは家の名前。ソルシエスは村の名前で、その意味は……『魔法使い』よ」

「……ああ、やっぱりそうなのか」幸助は溜め息混じりで言った。

「ええ、いつか言われた通り、私はこの世界に呪いをもたらした魔法使いの生き残り」

「信じられないが、それが本当なら魔法使いってどれだけ寿命長いんだよ?」

「……どうしてそんな事を訊くのよ?」

「さっき、昔は長い名前が普通だったって、ステラと呼ばれていたって、過去形で語ったろ。伝聞形でもなかった。つまり、お前がその時代に生きていて、もうステラの名で呼ぶ人もいない……そういう意味だろ?」

 少女は答えない。

「ああそうか、みんな俺みたいに思ったっていうのは、みんなが個人の名前で呼ぶから、村や家の名前を使わなくなったってことか?」

「そうよ。まあ、今の人々が使ってないだけなのか、忘れてしまったのかは確かめようがないけど。それに、もう何年生きてるかも数えてないわ。言ったでしょ、あの場所は時間と空間が歪んでるって」

 つまりはこういうことだ。ステラがいた、人間の世界と亜人の世界を結ぶ狭間の世界、そこは時間の流れが外界から乖離しているのである。つまり、狭間からは二つの世界に時間が流れてゆく様を見られるが、その間、狭間には殆ど時間が流れない。故に狭間から出入りする時には時間的に狂いが生じるのである。空間的に誤差が出るのも、狭間の空間の大きさが他の二つと大きく異なるためだという。

 だからこそ、今まで生きてきた時間の大半を狭間で過ごしてきたステラの外見年齢は、魔法使い一族が滅ぼされた当時から変わっていないのだという。年齢は数えようがない。

「ってことは、もしお前がその狭間で眠ったりしたら、俺みたいな目に遭った奴は一生元の世界に戻れないってことだよな?」

「そんなヘマする訳ないじゃない。計画を遂行するために殆ど眠らなくても良い体にしたし、食事や睡眠が必要な時はこっちの世界に出るの。そうすれば失われる時間はこっちの一晩で済むから」

「後は俺達人間を誘拐する時もか」

「ええもちろん。出ないことには魔法での干渉が出来ないから」

「で、さっき『戻れなくなった』って怒ったのはその狭間の世界に、って意味か?」

 今までの話しぶり、そして行動から見て、彼女が三つの世界を自由に行き来していたのは疑いようのないことである。だというのに逃げず、なすがままに拘束されていることが奇妙なのだ。

 ステラは幸助の問いに答えない。その沈黙は肯定を意味していた。

「なんでまた突然そんな事になったんだよ」

「あんたが引きずり出すからでしょう! いつもなら『クラム』を使って帰れるようにしているのに、それを使う隙がなかったんじゃないの!」

 その『クラム』とやらについて尋ねると、外の世界にいても狭間の存在を見失わないようにするための魔法だ、と教えられた。

「つまりそれがないと狭間の世界に行けない、つまりは俺も元の世界に戻れない?」

「率直に言えばそうなる。さらに言うならば、私が今までやってきた事も全部無駄になった。この世界で野垂れ死ぬしかない」

「それって相当まずいじゃないか! 俺は一体なんて事をしちまったんだ!」

 幸助は頭を抱えてうずくまった。

「自業自得でしょ。変な気を起こさなければ、きちんと元の世界に送り返せたのに。過ぎた事を嘆いてもしょうがないわ、何か他の手がないか探しましょう」

「何かアテがあるのか?」

「ないから探すのよ。馬鹿なの?」

「ないのにどうやって探すんだよ」

「それをこれから考える。利害が一致するんだから当然あなたにも協力して貰うわ」

「そりゃもちろん。ステラこそ協力するんだろうな」

「もう意地悪する余裕もないわよ。多分クランチの方も、こちらに接触する方法を探しているはずだから、まずはそれを見つけようと思う」

「クランチ?」

「大いなるクランチ=ヴァニタス。私は勝手にクランチと呼んでいるわ。これは、今までに滅ぼされた魔法使いの一族の、魂の集合体。計画のための行動指針を管理し、溜め込んだ魔力を保存するための存在」

「魂の集合体? 指針の管理? よく分からないけど、お前はその指示に従ってるってこと?」

「そうよ」

「なあステラ、魔女の話を聞いた時からずっと気になってたんだけど、お前達の目的は一体何なんだ?」

 あるいは、この世界に連れて来られた時から抱いていた疑問である。この世界で生き続けろ、彼女はそう言いはしたが、その理由や目的については黙して、いや逃げて語らなかったのだ。するとステラは僅かに躊躇った後、諦めたように溜息を吐いた。

「誰にも言わないつもりだったけれど、目的を果たせず、真実が誰にも知られないまま死んでしまうよりは良いわね。全部を語っても悪くはないかも知れない。長くなるけれど、時間はたっぷりありそうだし」

「余裕でいられるのは龍が俺達に捕虜としての価値を見いだしている間だけだ。短くはないが長くもない」

 ステラは少し黙って、溜息を吐いた。

「言われてみたらその通りだわ……連中はあなたが村長の息子だと思ってるようだし、利用できると考えているからこそ危害を加えないだけだもの。私はそのおまけ」

「そういえば、何故奴らは俺がリゲルだって分かったんだ? その名を騙る偽者かも知れないのに」

「上手い事言ったつもり?」

「いや、別に」

「少しは自分で理由を考えたら?」

「この文明レベルで、だろ? スパイとか?」

「自分の故郷の規準で考えてちゃダメよ。この世界では、見た目で部外者かどうかすぐ分かるの」

「なら、その逆か。戦争していたのなら、相手の兵を捕虜にして情報を聞き出すことが出来る」

「はい、ご明察。あるいは商人を利用したという線もあるけど、情報の更新頻度が低いから、世代交代の件は知りようがないのよ。それにしても……この集落、本当に寒いわね! 何でこんな寒いところで生きていこうなんて考えたのかしら!」

 ステラは自分が身に纏う黒いぶかぶかのマントにしがみつくようにして震えていた。羽織りものとは言っても、防寒着たり得る程の厚みはない。それで今まで耐えられたのが不思議なくらいだ。

「なあ、その大きさなら俺もその中に入れるんじゃないか? くっつけば寒さはしのげるだろ?」

 彼自身、自分で言っている事が馴れ馴れしいことくらい理解していた。しかしそれ以上に、この少女が困っているのを見過ごせない思いがあった。

「嫌よ。これは村の宝でもある大事なマントなの。そんなものを他人が着るなんて言語道断」

「じゃあそこで震えてろ。俺はお前がくれたこの服があるから幾ばくかはマシだけどな」

「あんたって、良い奴なのか嫌な奴なのか……ああもう、分かったわよ! 我慢してあげる」

 そう言ってステラは立ち上がった。光の少ないこの牢屋では色までは見えはしないが、言うまでもなく、彼女の顔は真っ赤になっていることだろう。彼女に続いてアークも立ち上がったが、ステラにそこで座っているよう言われた。そうしていると、彼女はおもむろに自分の帽子を青年にかぶせた。

「これは一体?」

「いいから立って、これ着て」

 アークが立ち上がって尻に付いた藁クズを払い、ステラはマントを脱いで渡した。背中側に回してから、彼はあることに気づく。

「さすがに二人分としては小さいか」

「当たり前でしょう、魔法使いはみんな小柄だったんだから」

 ふと彼は、暗闇に慣れた目でステラの姿を見た。その格好は彼にとっては目新しくもないが、この世界においてはあまりに違和感を放つ衣装だった。長袖の白いブラウスに、胸元の赤いリボン。黒地に白いラインの入った大きな襟と、紺色の膝丈スカート。いわゆるセーラー服だった。

「何でお前そんな格好を」

「座って」

 さっきから命令されてばかりだなと心の中で愚痴をこぼしながらも、彼は従った。ステラは背中を向け、アークの両足の間にすっぽりと収まるようにして座る。そのまま前を閉じれば、立派な防寒具の出来上がりだ。

「なるほど、こうするつもりだった訳か」

 少女の頭は青年の胸元にあった。本当に小柄なんだな、と幸助は思った。

「で、さっきの続きだけど」と何事もなかったかのように彼女は続けた。「私は両方の世界を見ている。そうすると、やっぱり君の世界の方が色々良いなって思うことも少なくないの。特に、女の子がいろんな服着て楽しんでいるのを見ると、私もそうしたいって思わずにはいられなかった。私も女だし」

「で、女子高生の制服か」

「最近見た中ではこれが気に入ったから。でも、手に入れても誰も見てくれないから虚しいわ。クランチとは計画に関わる事以外の会話は成立しないし」

「んで、それは盗んだのか?」

「他にどんな手があるって言うの? もちろん窃盗が悪いことだなんて言われなくても分かってる。でも、私を裁ける人がどこにいるの?」

「悪いと自覚しているあたりがなお悪い。でも……そうだな、誰にも咎められないんだよな」

「そうよ、悪事は誰の目にも止まらなければ悪事ではなくなるもの。それじゃあ、昔話を始めましょうか。何百年も前、呪いがまだなかった時代に起こった、ある一族を襲った悲劇――」


「オスカール様」

 二人の侵入者が牢に連行された後、青いローブを纏った女性が村長に話しかけた。フードを深くかぶっていて顔は見えないが、声色からしてさほど若くもなさそうである。体の前面には白い大きな十字が描かれていた。

「どうかしたのか、エコー」

「あの者は本当にリゲルなのでしょうか? 確かに先の戦で捉えた捕虜より聞き出した情報とは合致しますが……わざわざ捕まりに来るような真似をするものでしょうか? それに、かの者の意図も」

「些事は捨て置け。何者であろうとも、少なくとも奴は鳥の一族だ、揺さぶりをかけることくらいは出来るだろう。使えぬと分かれば消せば良い。卑小な鳥と小娘だ、手こずることもなかろう」

「では、いかようにして?」

「鳥どもに使いを出す。準備をせよ」


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