献辞
自分の眼の前に横たわっている広い世間が眼に入らない。失ったものの代わりになってくれるようなたくさんの人達も眼に入らない。
ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
私が、いや『私達』が求めたのは虚と実の反転だった。いいや、正確には、『私達』のために私一人が犠牲となり、人形になったのだ。私の願いは、実のところ『私達』の願いであって、私のためではない。なんて滑稽なのだろう。
私にあるのは虚空で、彼らには実体がある。虚空は私達の言葉で実体のない、空の存在を意味する。私は空っぽだ。空っぽの、人形だ。
私達が求めるのは、反転。正を負へ、陽を陰へ、生を死へ、白を黒へ、光を闇へ、刹那を永遠へ、虚を実へ、実を虚へ。
かつて私達を虚空へと追い遣った、実の者達。彼らへ精神の虚を捧げ、私達に実体を還すために、私はこの運命を全うしなければならない。
虚空の私にあるのは、仮初めの命。そして選ばれた少年に私が与えるのは、仮初めの姿と仮初めの出会い。その果てにあるのは悲しみ。悲しみを伴う出会いを繰り返す。何度も何度も。その出会いと別れに、一体どれだけの血と涙が流されたのだろう。
世界は悲哀で満ちている。
――Adaptation par l'auteur, d'après un souvenir de H.




