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見えない翼  作者: 桑名 銀天
第三部 村長編
34/56

ChapitreⅩⅤ:予告された結末


星を掴もうとして手を伸ばしても、なかなか掴めないかも知れない。

でも星を掴もうとして泥を掴まされることはありません。

レオ・バネット


 選挙期間中はスピカは寝床をベガの宿からオフィユカスの客室へと移していた。そんな彼女が朝にアークと顔を合わせるなり言った言葉は

「今までこんな場所で寝てたなんてずるい!」

 だった。寝具の質が圧倒的に違うのである。

「そんな事を言えるくらいには、心の余裕が出来てきたのかな」

「……かもね」

 スピカの非難をあっさり回避し、選挙戦二日目の仕事に入る。兵士の手を借りての、板を切り出し箱を作る作業である。途中まで進んだところで、とあることに気がついた。釘が見つからないのである。金属製品の手入れをしているポーラに訊いてみても「くぎって何ですか?」と言われる始末である。

 そこでアークはスピカに相談してみた。

「丸太を掘り出すのだと時間も労力もかかるよね。釘を使わないで家を建てる方法があるのは知ってるけど方法は知らないし……家? ねえここの木造建築はどうなってるの?」

 気になった二人は、今立っている広間の床や壁を点検して回った。板と板の間に粘土のようなものが詰まっている。これが鍵だろう。その光景を不審に思ったのか、シオンが何を調べているのかと声をかけた。

「ここに使われてる建材は何だろうと思って」

「そいつはドラクの実ですよ、アーク様」

 返事をしたのは、鋸を持った兵士だった。

「ドラクの実?」

「かなり粘り気のある実でしてね、それを潰してこねて砂を加えると接着剤になるんです。それを乾かすと石のようになります。はみ出た部分を擦って滑らかにする必要がありますがね」

「その実はどこに?」

「村の外の果樹園にあると聞いています」

 他の兵士を数人呼び、採集に行かせることにした。それと入れ替わる形でセラトナの一団がやってきたので、執務室で話を聞くことにした。内容は、昨晩テルに訊いたのと同じものである。

「そんなもの、この村を変えるために決まってる」

「具体的には?」とスピカが問う。

「戦争一辺倒の体制から脱却し、生活の安定を重要視する、それが私の政策だ」

 アークはお見合いをした子もそれが不満だと言っていたことを思い出した。

「龍族が攻めて来たらどうする?」と彼が言う。

「その時は戦うしかないだろう」

 勝算はあるのかという問いにセラトナは相手が龍なのだからそもそも勝てる見込みはないと言い切った。それから続ける。

「勝てないのなら戦わなければ良い。だから向こうの村と無期限の休戦を取り付ける。そうすれば今まで兵士のために回されていた労力や資材が下まで行き渡って村全体が潤う。こういう訳だ」

 兵団を強くして龍族に打ち勝つことで平和をもたらそうとするテルとは見事に対照的な考え方である。選挙の結果は間違いなくこのどちらを支持するかを示すものとなるだろう。

 ただ、彼女のやり方は悪く言えば現実味を欠いた理想論とも言うべきものである。思想上の対立から長年に渡り剣を交えてきた相手との休戦協定を、そう簡単に受け入れてくれるとも思えない。

「いいや、交渉の材料ならある」

 頭領は自信満々にそう言ってのけた。

「戦争が食料も人材も浪費するものであることはお互い同じ。だから長くは続かない。ここ数年の状態がそれを証明してくれている。龍の連中にとっても、戦争がいつまでも長引くのは不本意なはずだ」

「はずって。他に論拠はないのか」

「私達が苦しんでいること、龍族が仕掛けてこないことが理由だと今言っただろう」

「私もそれで十分だと思うよ?」

 その龍族が戦争でゾディアークの土地と人民を手に入れなければ滅びるくらいの状況にあったらどうするんだ、とは青年は言わなかった。結局セラトナは、交渉が決裂することを想定していなかった。断られるところまでは行かずとも、条件付きでの休戦協定になる可能性もあるとアークは教えてやった。

「そうか、そういうこともあるのか。よしアーク、私が村長になったら側近に置いてやろう」

「あんた俺が何者か分かってて言ってるのか」

 スピカとアークは、やはりこの女を村長にするのは大いに不安だと思うようになっていた。頭領がいなくなってからアークはぽつりと呟いた。

「鳥頭」

「ぷっ」

「決裂した時の対応でも考えてると良いんだけど」

「本部に持ち帰って会議かもね」


 外はまた雪が降っているので時間が分からないが体感で夕方頃、アリアのつてで大臣四人と話すことが出来た。この場にはマチルドも同席している。

「私は法務大臣のサビクと申します」

 白髪の、目の細い老人が名乗った。

「我らの考えは一致しております。ラザル様の後をお継ぎになるのはベテルギウス様でございます」

 アリアがその判断の理由を問うた。語り始める前にアークが、ラザルがそう言ったからというのはナシだと釘を差した。

「ラザル様がそう仰っていたのももちろんではございますが、反乱軍のご婦人は、聞けば未婚という話。そのような方にお任せするのは、多少なりとも不安があるのでございます」

「それはごもっとも」とアリアが付け加えた。「村長の仕事を陰で支える配偶者は、村長という立場には欠かせないものです。跡継ぎの問題もありますし」

 であるから影武者のリゲルに多少強引にでも婚約者を見つけさせようとしたので、本人がそれを一番良く分かっていた。

「テルだってまだ婚約段階ですよね」

「その気になれば半日とせずに正式な夫婦にすることは出来ますよ、既に相手が決まっているので」

「ってことはその既婚者ないし婚約者がいるという条件で見たら俺も含まれるのか」

「ご冗談を」

「ところで、彼女が独身という話はどなたから聞かれたのですか」

 と元村長夫人が問う。サビクはつい今しがた本人の口から聞いたと答えた。普段は姿を見ないがきちんと仕事をしているようだ。

 セラトナが独身であることが条件として不利になることを知っている者はどれだけいるのだろう。何より本人はどうなのか。この大臣と話をして感づいたかも知れない。もし彼女が村長になれば、その夫も同様の地位を得られる。とすれば、彼女を妻にしようとする男は多いだろう。

 そして、マチルドは大臣らに一つの質問を投げかけた。テルが村長になることに不安はないかと。

「ラザル様が認めたお方だ、何の不安もございません。きっと上手くやってくれるでしょう」

「ラザルラザルって、村長の評価なしに語れないの、あんた達は。村長とか召使とかがどうこう言ってたからって話を聞きたいんじゃないの、彼個人を見てふさわしいかどうかって聞いてるの」

 すると彼らは答えに窮したような表情で互いの顔を見合った。大臣といえども所詮この程度の存在だったのか、という意味を込めてアークはやれやれ、と言いながら溜め息を吐いた。ほんとにね、とスピカも同意する。

「我らはラザル様の相談相手。ベテルギウス殿のことはもちろん存じ上げてこそおりますが、直接お話ししたことなど殆どなく、お人柄が分かるほど見知っている訳ではないのでございます」

 サビクの左に座る青い髪の老人が言った。アリアの前だからこそ最大限の敬意表現を使っているのであり、それ故に偽らざる本音なのだろう。

「村で最も影響力を持つ一人のこともろくに知らないのに政治に関わってるなんて笑っちゃうわね」

 誰も答えられなかった。マチルドは続ける。

「アリアさん、それがこの村の作法なんでしょうし文句を言うつもりはないけど、これで良いの?」

「問題はあるかと。検討いたします。私にそれだけの力が認められるなら、の話ですが」

 それもそうだ。彼女がこの屋敷にいられるのは次の村長が決まるまでの間だけで、新たな村長によって追い出される可能性が高い。政権交代の際にしかこの大臣問題改善の提案を行えないのである。そして実行に移されるかどうかは、その人の性格次第。

 この村の政治体制にある問題を浮き彫りにした以外には、この会議での収穫はなかった。これ以上は時間の無駄だと判断した異邦人が半ば強引に集まりを解散させた。この大臣らは、少なくともセラトナが村長になったら首を切られることは確実だろうと思われた。テルだったら味方である彼らに酷な対応をするとは考えにくい。そういう意味でも彼らが応援するのはテルなのだろう。

 会議を終えて大広間に戻ったアークを、シオンとポーラが出迎えた。二人は投票箱の試作品を手に、これで問題はないかと尋ねた。一方が開いた木の直方体。板の歪みは木の実から作った接着剤で埋め合わせがされている。投票する際には中身が見えてしまうのがネックだが、そこまで手間のかかるものを作る必然性を感じていなかった。何より、その形にしておけば後々何らかの用途がある。

 ポーラはシオンの手から箱をつまみ上げると、作業をする兵士のところへ戻っていった。

「ところでアーク様、会議の間、姉さんが訪ねて来ましたよ」

「シリウスが? 俺に用だったのか?」

「さあ、分かりません。今アーク様がどこにいるのかだけ聞いてまたどこかへ行ってしまいました。まるでお会いしたくないかのようでした」

「まるでじゃなくて、実際そうなんだろ。俺だって、出来ることならもうシリウスには会いたくない」

「アーク様……」

「アーク、どうしてそんな事言うの」

 青年は視線を床へと向け、それからやや左へ送る。

「あいつはまだ俺にリゲルとしての可能性を期待してる。それが鬱陶しいんだよ。それにどうせ二、三日もすればもう二度と顔を合わせることもなくなる。もう関係ないだろ」

「そりゃそうだけどさ」スピカは青年の袖を掴んで、覗きこむような仕草をする。「それだけじゃその扱いの理由にはならないよ。それに、シオンやマチルドさんとは態度違うよね?」

「それは……」

 厄介な女だ、とアークは思った。それでいて、彼女が必死になる理由も分かる。決して嫌味や意地悪ではなく、ただ純粋に感じたことを言っているだけなのだろうことも分かる。しかしその無垢さが、彼に真実を言うことを躊躇わせた。

 袖を掴む小さな手に、アークは掴まれていない方の手を重ねる。

「いつかゆっくり話すよ。それは今考えるべきことじゃない。分かるだろ?」

 スピカは渋々といった様子で手を離し、小さく分かった、と答えた。理由もなくこんな事する君じゃないもんね、と。

 そのまま三人はリゲルの寝室に移動し、夕食に木の実を摘んでいた。

「今のシリウスの立場は兵団のナンバーツーというのみだ。それを考えたらテルの援護に回るはずだろうけど、実際にはそうじゃない。昨日集めたキャンサーの幹部十二人の中にシリウスはいなかった」

「ってことは、リゲル勢として動いてる?」

 まさかね、と言いながらスピカはピンポン球大のブルーベリーのような実を観察している。

「いや、十二人に入れなかったのは単に敵だからと考えるべきか」

「テルが外したんじゃなくてシリウスさんが辞退したってことだと思う」

「そっちもありうるな。テルに何も言わず姿をくらましたって話だし」

「え、何も言わずに?」

「そう言ってた。そういえば、他にも何人かいなくなってるのがいたとも……なあシオン、さっきシリウスが来た時は一人だったか?」

「いえ、何人か兵士を連れていましたよ」

 まさかという予感が脳裏をよぎる。

「あいつも村長の椅子を狙ってる?」

「パートナーの陰の努力で知らぬ間に成功を手にする、か。困ったことになるけど面白いね」

 とスピカが冗談交じりに言う。

「笑い事か」

「あるいは、あとの二人が頼れないから消去法でリゲル様に。無理はないけど困る展開」

「消す順番が違うだろ?」

 そうは言いつつも、もし自分が村民でテルとセラトナのことをよく知っていたら、それ以外の候補に賭けることを考えないでもない、と感じていた。

「それにどっちもダメだと言うなら棄権するだろ」

「でも棄権できるってことは教えてないよね」

 そこは選挙の説明を極力簡潔にするために削った部分だった。

「ま、何とかなるさ。どう足掻こうが俺は村長にはなれない。万が一なったとしても、命の危険はないしすぐに譲位すれば良いだけの話。後任にはより得票数の多かった方を指名してはい終了。あとは故郷に帰ることだけを考えていれば良い」

 その方法が分からないのが一番の問題点だが。

「どうせ明日の仕事は市街地から来るだろう質問に答えるのと、投票箱に三人の名前をそれぞれ書いて配るだけ。最後の休暇を楽しむかね」


 翌朝、仕事を全て兵団に押し付けたアークとスピカは、これが見納めになるだろうと、市街地を歩き回ることにした。シオンがついてきている点を除けば、やはり護衛はない。

 青年は、視察の時には見られなかった市場に興味を示した。こういう場所なら、村民の本音が聞けると考えたのだ。が、まずはその好奇の視線をどうにかすることから始めなければならない。

「俺ってそんなにリゲルに似てます?」

 近くにいた黒い髪の商人に話しかけた。

「それはもう」

「ではこんな近くで見たことあります?」

「いえ、それは……」

「俺はラザルと似ていると思います?」

「そんなことあるはずがないでしょう」

「はあ」

 その時、スピカがアークの袖を引っ張った。

「何?」

 と彼は振り向いて小声で話す。

「マチルドさん、龍の父と鳥の母だったら子供は鳥だって言ってたでしょ。だとしたら姿形は父親には似ないんだよきっと」

「その通りです」とシオンが言った。

「なるほどそれで」

「あの、何か?」

「いえ、何でもないです。ただの冷やかしですので」

 こんなやりとりを繰り返しながら、彼らはどちらに投票するつもりなのか聞いて回っていた。やはりセラトナ側に傾いているようだ。

「あれ、そこの君は!」

 今日初めて、彼らに自分から話しかけた商人がいた。スピカがそれに反応する。

「ミラさん!」

「知り合い?」

「いつか話したクイズ屋の商人さん」

「ああ、あの」

「クイズ屋はないんじゃないの。それよりそっちは、例の男?」

「どの『例の』なのかは分かりませんがリゲルを騙っていたアークトゥルスです」

「ふーん?」

 ミラはアークの顔をジロジロと眺めた。

「やっぱ記憶の顔とは違うね。まあ、あの時のリゲル様はかなり若かったし遠目だったから、違うって感じるのも無理はないか。それよりあんた、勝負しないかい?」

「クイズでですか? 構いませんよ」

「この世界には、海という大きな塩水の水たまりがあるらしい。そして、その海のお陰で人々はこの大地が平面じゃなく巨大なボールの形をしていると知ったそうだ。何故そう分かったのだろう?」

「遠くからやってくる船は最初帆だけが見えて、近づいてようやく全体が見えるから」

「早すぎるよ偽リゲル様! 船を知ってるとは恐れ入るよ」

「そんな大したことじゃありませんって」

「第二問! ある村には、何の能力もないのに、絶対に成功する雨乞いが出来る者がいるという。さて、その絶対に雨を降らせる儀式とは一体どのようなものだろうか?」

「雨が降るまでずっと続けるんだろ」

 ミラの叫びが響き渡った。

「一体何者なんだ君達は……今のは本当にとっておきだったのに。君達の故郷はクイズの研究が盛んな国で、君達はそこの王子と姫なんだろう。そうだ、そうに違いない……」

 すっかり自信をなくして肩を落としたミラは、そんなことをぶつぶつと呟いていた。

「なんか俺悪いことしちゃったのか?」

「ううん、何も。この人はこういう人なの。いつも意地悪な問題で取引してるみたいだし」

「良い薬になったってことか」

「ちくしょー納得行かなーい!」

 ミラはなおも食い下がる。そこでリゲルが一つ提案をした。売り物はいらないから村長選挙のことについてどういう評判を聞いているのか、個人的にもどう思っているのか、それを聞かせて欲しいと言ったのである。

「うちらは英雄のことは噂でしか聞いたことないけどセラのことはよく知ってるから、セラを応援するつもりって人が大半だね。私もそう」

「テルの仲間はこっちには来てないのか?」

「昨日の昼頃に来たよ。なんでも、英雄を村長に任命すれば必ず戦いに勝てる、とか。セラと違って戦い続けるつもりらしい。そういやあれもテルの仲間だったのか、セラには夫がいないから村長にしちゃいけないって言ってる集団がいたっけ」

「テルがそんなことを?」

「腰に武器を提げてたからあれは兵士だった」

「そうか、ありがとう」

「ところであんたは何も言わないの?」

「それはどういう意味で?」

「いや、候補だから何かアピールしに来たのかって思っただけ。立候補してるんだから村長になる意志はあるんじゃないの」

「ないよ。あくまで形式上候補に上がってるだけ」

「そうか。ところで私からもお願いがあるんだ」

 何か、と問われた商人はぜひ姫と王子からクイズを提供して欲しいと頼み込んだ。

「じゃあ、こういうのはどうだ」とアークが語り始めた。「目の前に二人の占い師がいる。一人は十回に六回は占いが当たると言い、もう一人は十回に二回しか当たらないという。迷っていることがあるなら、どちらに頼むのが賢明だろうか」

「そんなの、六回の方に決まってる」

「ところが正解は二回の方だ」

 その答えの理由を聞いたミラはなるほどと驚いた。

 一行はそれでミラと別れて市場を後にしながら、ミラの不自然な発言について話していた。

「あれじゃ俺が望んで立候補したみたいじゃないか。単なる思い込みか?」

「そうだと思う。村の人には裏事情なんて分からないし、他の二人と同じと思われてもしょうがないよ」

「でも不本意ではあるな。さっきから飛んでくる視線の正体はきっとそれだ」

 偽者でありながら本物に成り代わろうとするなんて図々しいにも程がある。そういう目だった。

「いや、憎まれるのはかえって好都合だな。その分テルかセラトナかに考えを絞れるんだから。じゃあそろそろ屋敷に戻ろうか」

 その時、二人の少女がアーク様と呼びながら近づいてきた。

「村長になられるんですよね!」

「応援しています!」

「お前ら一体何を――」

「ミザ! ルコ! こっちに来なさい!」

 そこへ母親らしき女性がやってきて、謝罪しながらミザとルコを引っ張っていった。少女らは相変わらず頑張ってね、などと声をかけていた。

「どういうことなの? アークを応援してる」

「そんなの俺が知りたい。子供だし、状況がよく分かってないだけだと思うけど」

 最後の視察を終えて三人は屋敷に戻り、そこを訪れていた幹部といくつかの話をした。それからアークは前日と同様テルを呼び出した。

「お前らの調子はどうだ?」

「いくら英雄の名声が轟いているとは言っても、セラトナの影響力は大きいな。苦戦を強いられそうだ」

「ああ、俺も試しに街を歩いてみたけどそんな感じだった。お前のことは名前しか知らないってさ」

「そんなことして危なくなかったのか」

「いや別に。それより、俺のことを応援してるって子がいたんだ。どういうことだ?」

「本当にお前をか?」

「俺の名前を呼んでたから間違いない」

「単にからかってるか、家主がリゲルの死が嘘だと頑なに主張してるかだろう」

「死を疑う? そういや、本物のリゲルが死んだって直接聞いたのはあの襲撃の現場にいた連中だけなのか。その次に出たのはこの選挙の告知――」

「その告知にある、本物が死んで影武者を立てたって話はアリア様の名前で出されてる。疑う理由はないはずなんだが」

「そうか。それで、シリウスの動きは?」

「それが全くつかめていない。兵団の宿舎にも戻っていないらしい」

「ならあいつは一体どこに……」

「どこにいようが今の俺には関係ない。この戦いが終わり次第連れ戻すつもりだが」

「分かった。ありがとう、テル」


 翌朝、決戦の時である。テルとその仲間は最後の演説にと市街地へ繰り出していった。アリア達選管も、屋敷の入口すぐのところに投票箱を並べて準備に入っていた。投票可能な時間は昼過ぎに締め切られ、夜にこのオフィユカスで集計することになっている。投票用紙は基本的に何でも良いことになっているが、軽くてかさばらず砕けない葉っぱが推奨されていた。名簿と参照し、用紙代わりのものに問題がなければ投票を許可する、というものである。アークとスピカは一番乗りでテルに投票し、奥で眠りに就いていた。

 彼らは投票が締め切られる頃に目を覚まし、箱が集まってくるのを手持ち無沙汰に眺めていた。箱が全然足りなかった、という声も結構聞かれた。どうやら、想像以上に人口が多く投票率も高かったことが窺い知れた。初めての試みでこれだけとは大したものだと、二人は感想を述べた。

 しばらくして彼らは、事態が予想外の方向へ転がっていることに気づく。屋敷に入って左側にアークの、中央にテルの、右側にセラトナの箱を並べる手はずなのに、アークに対するそれが一番多いように見えるのだ。委員会で用意したものではない容器も並んでいる。

「そんな馬鹿な!」

 この場を取り仕切っているアリアに尋ねるが、箱の振り分けを間違えているのではないという。幹部の一人を捕まえて聞いてみたが、やはりどの箱が誰への投票かは繰り返し注意していたそうだ。それでこの結果である。全十三地区全てが揃ったが、数えるまでもなく、アークの当選が確実視された。シオンはアークが村長になると予言していた。あれは冗談でもなく、本当に夢に見たことだったのか。

「嘘だ、こんなの……」

 アークはふらふらと歩き、やがてリゲルの部屋まで行くと、ベッドにうつ伏せに倒れこんだ。

「アーク……」

 スピカは身を乗り出して、手袋を取ってから彼の手を握った。

「大丈夫、私がついてる」

「スピカ」

「うん、なんとかなるよ」

 そして彼女はより強く手を握り、しばらく無言でそうしていた。


 それから、ドアをノックする音が聞こえ、待機していたシオンが応対する。現れたのはマチルドで、集計が終わったから執務室に来るようにとのことだった。アークの起き上がる一つ一つの動きは非常に重かった。

 計数はマチルドの立ち会いのもとで行われ、結果はアークの圧勝、次いでテルとセラトナが僅差だった。三日前の会議と同じメンバーだが、この結果に満足しているのは、たった一人だけだった。

「おめでとう、アーク。君が村長に選ばれたんだよ、もう少し嬉しそうな顔しようよ」

 それはシリウスだった。

「お前か」アークが震える声で俯いたまま言った。「お前が何かやったのか」

「そうだよ。君が動かないから私が代わりに仕事をしたんだよ! ねえみんなどうしてそんなに怒ってるの? 私は何もルール違反はしてないよ?」

 その通りである。シリウスのしていたことは結局テルやセラトナと同じことで、正々堂々と勝負した結果なのだろう。今のところ不正を追及できる要素はない。

「だからって!」青年は机をバンと叩いてシリウスを睨むが、すぐに逸らす。「だからってそういうことして良い理由にはならないだろう。一体いつ俺がそんなことしてくれって頼んだよ」

「だったら、責任、取ってよ」

 幸助の背中に戦慄が走った。

「ではアリア様、これで事を進めましょう。まず明日の朝に婚姻の儀、それから村長就任の儀。さあ、これから忙しくなりますね!」



幸助のクイズ・解答

二択で聞いて、的中率二割の占い師が言ったことの反対を選べば八割の確率で当たる。

出題参考:多湖輝『頭の体操 第5集』光文社


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