表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見えない翼  作者: 桑名 銀天
第三部 村長編
33/56

ChapitreⅩⅣ:二十四人の幹部

希望は鳥のようなもの。心の止まり木で羽を休め、

詩のない歌を奏でる。そして、決してとどまることはない。

ディッキンソン


 霊鳥祭に続く宴が終わって翌日、日も高くなり始めた頃、マーテルの酒場を訪れる者があった。主人が扉を開けると、そこにいたのは紫の髪が特徴的な長身の男だった。

「俺はキャンサーの指揮官、ベテルギウスだ。リゲル、いやアークはここにいるか?」

「ああ、いるよ……なんだ、セラトナも一緒か」

 マーテルは二人を招き入れた。

「なんだとは酷いな。今回の役目はただの道案内」

「シオン? おい、なんでお前がここに」

 卓の一つに突っ伏して眠っている女中を見るなり、テルはそう叫んだ。マーテルは彼に、彼女は主人にここで待っているよう言われたこと、女中なのでここを離れられないこと、かなり珍しい存在なので酒場の常連にさんざん絡まれていたことを語った。

「で、酔い潰れたっていうのか」

「酒にというより、知らない人と話して疲れたって風に私には見えたけど。しばらく休ませてやりな。この子にも用があるってなら別だけど」

 テルはシオンの寝顔を一瞥すると、店の中を見回す。二人は奥だとマーテルに言われ、彼はカウンター横の通路のようなところに入った。

「アーク、いるか?」

「その声……テルか? 少し待ってくれ」

 それから少しして、アークは店の中に姿を見せた。その顔色は元気そうとは言い難く、まだまだ寝足りないといった表情だった。それを見てテルが言う。

「まさか遅くまではしゃいでたのか? 立場ってものをわきまえろ」

「好きでそうした訳じゃない。それに立場って言っても俺はただの部外者だろうが」

「お前の肩書きも村との繋がりも、全て消えるのは次の村長が決まってからだ」

「祭に俺が何も関与しなくても無視したのにこういう時だけ要人扱いっておかしいだろ……マーテルさん、水貰えますか」

「もちろん。気がつかなくて悪いね」

「いえ良いんですよ、寝る場所を用意してくれたんですから。それよりマチルドさんは?」

「行商人ならもう屋敷にいる」

 答えたのはテルだった。明け方近くまでアークとスピカに絡んだ後、仮眠を取ってすぐにオフィユカスへ向かったらしい。なんて酒に強い人なんだ、と幸助は呆れを通り越して驚きを感じた。

「ほら、水」

「ありがとうございます」

 水を一気に飲み干し、カップを下ろす時に視界の端に桜色のコートが見えた。

「シオンの奴、律儀に俺の指示を守らなくたって良かったのに。そんなに俺が大事なのかな」

「起きたら本人に聞いてみるといい」

 するとアークはシオンの方へと近づいていく。マーテルは寝かせてやりなと言ったが、

「ですが、連れて行かないと後で色々面倒になりそうなので」

 彼女のことは一個人としてよりも従順な召使いと見なした方が良いと、リゲルが物置に閉じ込められた時に辛抱強く外で待っていたことや、今こうしていることから幸助は感じていた。彼女に対する優しさとは、そういう形のものなのだ。

 シオンの肩を揺すって呼び起こす。眠りが浅かったのか、彼女はすぐに目を覚ました。

「おはようございます、リゲル様。ゆっくりお休みになりましたか」

「ああ。ま、長い習慣はそう簡単には直せないな」

 女中は首を傾げて見せた。どうやら、自分が名前を間違えたことにも気づいていない様子だった。

「本日のご予定は……えっと……」

「予定は全部変更だ。そのためにこれから屋敷で会議をする」

「そうでしたか。では、今すぐ参りますか?」

「テル、事は急ぐのか?」

「そもそも『選挙』とやらを知っている者がいないと話にならない。二人揃うのに時間がかかるようなら、お前一人でも十分だろう」

 じゃあ俺だけ先に、と言おうとしてアークは言葉を飲み込んだ。スピカはやっとの思いでこの世界で出会った同郷の友人である。お互い子供ではなくても、彼女を一人にすることには抵抗があった。かといって寝ている少女を不躾に起こすのも気が引ける。

「仕方ない、起こすか……」

 アークはそう呟いて、寝床に戻って行った。中は薄暗く、寝ているスピカの顔はよく見えなかった。彼女は膝を抱え、壁にもたれるように座って眠っていた。何度か呼びかけてみたが、全く返事をしない。まさかと思って顔を近づけてみると、規則正しく寝息を立てているのが聞こえた。どうやら相当熟睡しているらしい。そこでアークは、ちょっとした悪戯をしてみたくなった。その耳元で「美奈、朝だよ」と囁いてみたのである。すると彼女はゆっくりとまぶたを上げて、

「ん、今何時?」

 と気怠げに言った。

「さあ。でももう起きる時間だよ。会議だって」

「そっか。おはようこうす」

「俺はアークトゥルスだ。おはよう、スピカ」

 脇に置いておいたマフラーと手袋を持って酒場に入ったスピカを真っ先に出迎えたのはシオンだった。挨拶するとテルの方を見て、

「テルさん、もう少しお待ちいただけませんか? スピカさんのお髪を整えないといけませんので」

 と言った。スピカはそれに反応して自分の頭を触ってみると、変な体勢で寝たからか、頭がボサボサになっていた。

「やだ! 見ないで!」

 彼女はそう叫んで奥へと消えて行った。シオンとマーテルに身支度の手伝いを頼むと、アーク、テル、セラトナの三人は片隅のテーブルに座った。

「奇妙なもんだな、次期村長候補が全員、屋敷とは無関係の酒場に集まってるなんて」

 アークが腕を組みながら言った。するとテルが、屋敷に出入りする者のうち、アークのことを噂でなく正しく認識していて、かつこの酒場を知っているのがマチルドしかいないのだと言った。しかしその行商人が来た道をまた戻ることを嫌がったためこの二人で迎えに来たのだという。

 それを聞いたアークは何か別の目的があるんだろうなと思った。喜んで送り迎えをしそうなマチルドがわざわざ拒否したということは、それより優先すべき用事がそこにあるからだろう。それが何であるのかは、彼には想像もつかない。

「全員って言っても、あんたは事実上棄権じゃないか。私は敵だとさえ思ってないよ」

 とセラトナが言う。それでいい、とアークは返した。俺もそうなるように動くから、と。

「それでもただ傍観するだけってことはないだろう? どっちかに加勢するとか考えないのか?」

 青年は返答に困った。セラトナは恐らく、この場で少しでも自分の味方を増やそうとしているのだろう。この状況でテルを応援するとは言いにくいし、シリウスの件から、嘘でも誰かにつくとは言いたくはなかった。才能を見込んでスピカを参謀にしたのに彼女を信用しなかったこの女を応援する気には、たとえ自分に無関係な村の首長決めだとしてもならない。だから彼はこう続ける。

「しないよ。俺は偽者とはいえ村長の息子リゲルで、村長候補の一人なんだ。どっちかに肩入れっていうのは不公平ってもんだろ。そもそも俺はこの村の生まれでもないし暮らすつもりもない。関わる筋合いはないだろうが」

「じゃあどうするんだ? まさか本当に一日中寝てるつもりなのか」とテル。

「終わったらマチルドさんと一緒に出て行くから、その準備かな。あと選挙の手伝いもすることにはなるだろう。俺とスピカが運営にいないといけないから。本来なら、候補者である俺が管理委員やるなんておかしいんだけどな」

「そこは仕方あるまい。その方法を選択すると決めてしまったし、他に良い案もない」

 その時、シオンとスピカが奥の方から出てきた。

「お待たせしました、アーク様」

「ご苦労さん、それじゃ行こうか」

「よしスピカ、歩きながら作戦会議といこう!」

 と言ってセラトナはスピカを連れて先に出て行ってしまう。残る三人は店主に挨拶をしてから酒場を後にした。

「あいつらが先に行ってくれて助かったよ。なあアーク、お前さっきの質問、俺がいなかったらセラトナを応援するって答えてたのか?」

「いいや。あれが本心だ。それに、スピカから話を聞いた限り、あの反乱軍の頭領は村長なんて大役には向かない。その点じゃ軍隊を束ねてるお前のほうが向いてるのかもな。それにしても何でそんな弱気なこと言うんだよ、お前らしくない」

「ある人に言われたんだ。この村のために、この勝負はセラトナに譲るべきだってな」

「マチルドさんがそんなこと言うなんて。行商人ってあまり深入りしないんじゃなかったのか」

「あくまで個人的な意見だと言っていたが……何故マチルドだと分かった?」

「『この勝負』のことを知っているのは、昨日執務室で会議をした顔ぶれだけ。その中でそんなことを言えるのは一人しかいない。セラトナという人のことをよく知る人物でもあるし」

「なるほどな」

「で、理由もなくそんなこと言わないだろ?」

「支配者とはそこにいるだけの存在ではない、とかなんとか。俺にも意味が分からん」

「まあでもラザルはもしもの時にはお前を後継者にするって言ったんだろ? なら――」

「単に男だからというだけだ」

「そうだった」

 ならば、と幸助は考えた。この村は完全な男尊女卑。村長といえば男、というイメージが根強い可能性が高い。ならば、セラトナとテルの一騎打ちになった場合、テルの方に分があると考えるべきではないのか。しかしこの村は女性の割合も高いし、村長も息子も死んだという機会に女性の地位向上を図ろうとする勢力が現れてもおかしくはない。どっちに転ぶか、ますます分からなくなった。

(シオンは俺が村長になるって予言してたけど、まさかな。どう転んだってそれはあり得ない)

 テルが護衛にいればわざわざアークに話しかけようという者もなく、彼らはすんなりとオフィユカスに到着した。待ってたわよ、とアークに抱きつこうとするマチルドを躱して、アリアの待つ執務室へと向かう。

「まだ酒が残ってるんですか?」

「何よ、昨日はあんなに――」

「ふざけてないで協力して下さい」

 中ではアリアの他にシリウスとポーラも既に着席していた。一同は昨日と同じ配置で座り、マチルドは元村長夫人の脇に立つ。

「それでは、始めましょうか」

 議題ははっきりしている。まずは、選挙のシステムを再確認することと、それを実行するのに必要なものである。問題点は既にまとめてあった。

「一人一票の原則ですか……地区ごとの住人を一箇所に集めて一斉に『投票』をさせれば、その原則は守れると思います。ただその場合十二日、いえ六日くらいかかるかも知れません。村の端からここまで歩くのは、特にご老体にはきついものがあります」

「それだと住所を偽って一人で十二回行えるので難しいと思います」とスピカ。

「でも地区ごとにまとめるのは良いアイデアだと思う」とアークが言葉を継ぐ。「どうせやるなら、何も全員にここまで来て貰わなくても、地区でまとめて投票してここに集めれば良いんじゃないか」

「あ、それ良いかも。でも問題があるとしたら人手かな。最低でも十三人、信頼できる人を配置する必要があるから」

 不正が行われる可能性を極力下げようとすると、そこが最大の問題点となる。誰にとっても初めてのことであるし、そもそも上手く成功するとは思えないのだ。

「ならば、キャンサーと反乱軍から信頼の置ける部下を六人ずつ選び出して指揮を取らせるのはいかがでしょう」

 と提案したのはアリアだ。そこにアークがどうせなら十二人ずつの方が良い、そうすることで監視体制が整うと言った。

「俺もそれに賛成だ」とテル。「でないと何をしでかすか分からないからな。それと、あれだ」

 言いながら、部屋の隅に積まれた紙の束を指した。どうやら本のようだ。アークを見ながら、

「七年前のものだが、この村の住民の数を調べた時の記録だ。つまり七年以内に移住してきた者、生まれた者以外はあの中に名前がある。使えるか?」

「十分過ぎるくらいだ。よくそんなものがあったな」

「十年ごとに調査をする決まりでな。半年がかりでの仕事で紙が貴重だから大変な作業だ。地区毎の分業だから全十三巻ある」

「渡りに船とはこのことだな」

「船とは何だ?」

「何でもない。とにかく、これで問題はほぼ解決、かな。どう思う?」

 言いながら彼はスピカを見た。これさえあれば投票用紙のことは考えずに済み二重投票も防げ、かつ一定の年齢以上の住民に限定できる(成長速度が人間と同程度ならば)。年齢のことを考えたら十七年前のデータの方が良いかもと美奈は考えたが、彼女が見てきた反乱軍には彼女より若そうな者も少なくはなかった。

「うん、良いと思う。あとは管理委員会かな」

「だったら私がやるわ。最も中立の立場に近いのは私だから。もちろん専門家の二人にも補佐して貰うことにはなるけど」

 と行商人は用意していた言葉を放った。

「専門家って」

「では私も補佐に回りましょう。前村長の正妻としての最後の務め、果たさせていただきます」

 アリアがそう発言したことで場の空気が変わる。この人が動き出したことで途端に頼もしい援軍を得たかのような雰囲気になった。

 拍子抜けする程の速さで会議は進み、三日後の昼に時間を限定して行われるところまで決まった。

「では、テルとセラトナは十二人の幹部を集めて七割の時分までにここに戻ってきて下さい。私達はこちらで宣伝文句を練りますので」

 テルとポーラ、それにセラトナが立ち上がって敬礼する。座ったままのシリウスを見てアークは、

「お前もテルを手伝って来い」

 と突き放したように言った。が、悲しげな反応をされると思っていたのに彼女は嬉々とした表情で立ち上がり、テルの背中を追いかけていった。そのテルをアークは呼び止める。

「どうした?」

「そういえば今日が例の『七日後』じゃないか?」

「一体何の……ああ、村長としての器を試すって話か? あれはもう良いだろ。リゲルは死んだんだ」

「ちゃんと覚えてたんだな。じゃ、また後で」


「七日後って何の話?」とスピカが尋ねた。

「最初にここに来た日、俺を影武者にするって話にテルが『俺は認めない、七日後に村長にふさわしいか試してやる』って言ったんだ。それが今日」

「ふーん」

「さて時間もないからサクサク進めるぞ。シオン、お前の感覚が頼りだ」

「私がですか?」

「そう。お前が分かりやすいと感じる文面でないと、村の人には伝わらないから」

「なるほど」

「ところでアーク君、一つ気になったことがあるの」

「何ですかマチルドさん」

「シリウスさんの様子が何か変じゃなかったかしら。ずっと俯いて何か考え事をしてるようで」

 彼女は会議の間一切の言葉を発していなかった。召使であるシオンとポーラはともかく、彼女が置物になっていたのは、ましてや何か一人で考えていたとなれば、不自然に見えても不思議はない。

「言われてみれば……」

 とは言ったものの、アークは右隣にいたシリウスの姿を一度も視界に入れていなかった。

「私は姉さんからは何も聞いておりませんよ」

 白々しいな、とアークは思った。シオンは誰も知らないことを夢で予知できる。しかも近しい人ほど夢に出やすいと言っていた。たとえそうでなくとも姉さんと呼び慕うシリウスのことが分からないと言っている以上、嘘に思えるのも当然である。

 一同が本来すべき仕事に戻ったことで、結局シリウスの異変は忘れ去られていった。


 曇り空なので七割の時分と言っても分からないのだが、テルとセラトナは上手いタイミングで十二人を揃え、長方形の広間で待機していた。それぞれの陣営は壁に添って並び睨みを効かせている。幹部らには予め威嚇や攻撃をしないよう言いつけてはあったが、雰囲気は良好とは言えなかった。侍従長のメイサが中心になって鎮静効果のあるお茶を配ってはいるが、その効果は微々たるものだ。

 スピカが姿を現すと、『クーデター』の面々は彼女を取り囲んだ。

「セラトナさん、随分と早く決まりましたね」

「元々それぞれの地区に一人ずつ幹部を置いていたから、それを召集しただけのことだ。そうだ、紹介しよう、この子はスピカ、我々の参謀だ」

 今更ながら酷い状況だ、とスピカは思った。彼女が反乱軍に加盟したのは蜂起する直前だったため、その参入を知らない者がかなり多くいるのである。

「今回の作戦でも指揮を執って――」

「執りません。それはセラトナさんの役目です。私は中央での仕事もあるので」

「なんだ、それは残念」

「村長になるつもりならしっかりして下さい」

 一方アークの方にもテルらが集まったが、スピカに比べると淡白なものだった。

「いがみ合いはそう簡単には解消できないか」

「当たり前だ。これから戦おうっていうんだ」

「戦うの意味を間違えてないと良いんだけど……大丈夫なのか?」

「人選を間違えたかと思い始めたな。かといって今更選び直す時間もない」

「テル、お前だけが頼りなんだ。どこかで火の手が上がると一気に燃え広がるからな」

「これでも智将を選んだつもりなのだがな」

「選び直すなら明日にでもすれば良い。どうせ誰も気にしないだろうし」

 そこでようやくアークは、この場所にシリウスがいないことに気づいた。テルに聞いてみると、

「それが、いつの間にかいなくなっていてな。他にも何人か消えている。十二人を決めるのには支障がなかったから良いものの、気にはなるな」

「何か企んでるのか?」

 シリウスの様子がおかしかったというマチルドの言葉も引っかかっている。まさか本当に俺を村長にさせる気じゃないだろうな、とアークは憂えた。

「それより今は何を待っているんだ?」

「向こうで女中達が立て看板作ってて、それが仕上がるのを待ってる。せっかくだから幹部に概要だけでも教えておこうか」

 アークとスピカがレクチャーをしていると、マチルドとアリアが広間に現れた。そこで正式に、今後することや禁止事項などを説明した。それぞれの地区代表二名ずつに、女中らが書き写した宣伝の看板と、人口調査の本が渡される。あとはそれぞれの持ち場に帰り、地区毎の集会場を拠点に展開すれば良い。投票という新たな手段が成功するかどうかは、彼ら二十四人の活躍にかかっている。そして誰が当選するかは、それぞれの陣営の動きに左右される。立候補者以外にも六人まで味方をつけて選挙活動をしていいという取り決めこそ作ったが、作った本人は誰もそれを守らないだろうし違反を確かめる方法が存在しないことまで読んでいた。

 十三番目の地区に関しては侍従長メイサが主に担当することになっている。これで、選管が本日果たすべき仕事は終了した。投票は三日後、つまりあと二日半しかないとけしかけると、テルとセラトナの両陣営は市街地へと繰り出していった。

「これで一段落だ」

 アークはふう、と息を吐いて広間の小さな段に腰掛けた。

「お疲れ様。でも明日も仕事あるんでしょ」

 スピカがその隣に座り込む。

「あとは投票箱だな。兵士の手を借りればすぐ終わるだろう。三十九個が必要だ」

 箱で投票先を決めるため地区につき三つ。予備のためにもう一個ずつ用意するべきかと考えたが、リゲルへの箱は空になる予定だからいらないだろうと考えた。

「お食事にしましょうか」

 シオンが傍らから話しかけた。アークがそうすると答えると、彼女は奥の扉へと消えて行った。

 その日の夕食は、選管の四人だけで、屋敷二階の会議室で行うことにした。今後のことを話し合うためにとアークが提案したのである。しかし、本当の目的は別のところにあった。

「マチルドさん、テルに村長は相応しくないと言ったそうですね。何故です?」

「あらもう聞いたの? そうね、あの男は武力と財力が全てと考えていて、それがある限り誰もが無条件に従うものだと考えているからよ。結局自分のことしか考えていない。軍人としてはそれでも良いのかも知れないけれど、村長としては失格。彼が支配者になったら、この村は崩壊するわ。龍の村に攻められる前に滅ぶでしょうね。だから私はセラトナに譲るべきだわって言ったのよ」

「俺に対する態度は地位欲のせい……確かに、俺が偽者だってバラしてからは変わったような」

「確かに他人のことを考えられるという点で言えば、セラトナさんは向いています。反乱軍を束ねた実績もあるので。でも彼女、おつむが足りないんです」

「それならもっと賢い人を側近につければいいだけの話よ。アリアさん、さすがに村長一人で全てを取り仕切っていた訳ではないでしょう?」

「もちろんです。主人を支える数人の大臣、時には私に、また時にはテルやシオンに意見を仰ぐこともありました。一人で全てなんて、とてもとても」

 ただ、スピカが入るまで参謀という役割の人物がいなかったことを考えると、反乱軍の中に期待は出来なさそうだと少女は考えた。

「その大臣? の方々の意見も気になりますね。どちらにいるんですか?」

「普段は屋敷の奥に住んでいて、裁判や政治、祭行事の時にだけ出てきます。いずれもお年を召された殿方ばかりです」

 そういやシオンがそんなこと言ってたっけと幸助は思い出した。彼らにはもう子供を作る力がないので「男」の範疇に入れていないとも言っていた。

「政治や裁判の時だけ、ということは頼りにして良さそうですね」とスピカが言った。「セラトナさんはこの村を変えるために村長と息子を殺すという目的があったんですけど、テルさんの場合、地位だけなんですかね?」

「それも一つの理由だとは思います。それだけだとは思えませんが」

 アリアがそう答えた。これにアークが、他の動機がない限りテルに勝ち目はないと続けた。

 でも、と幸助は考える。単に権力欲しさに動いているとは思えないのだ。何しろベテルギウスという軍人は、村で一番武芸に秀でる男と評されながら、彼自身はその武器を使うことに臆病なのだ。これはポーラから聞かされた彼の過去――何者かに操られて英雄に仕立て上げられた――に基づいているはず。そんな彼が、今マチルドが言ったような理念で以ってこの村ゾディアークに君臨するつもりだとは考えにくいのだ。

 マチルドやスピカはテルが操られた過去だけを知っている。彼が本当は戦いを嫌がっていることを知らないのだった。

「なんかどっちもダメそうって話になりつつあるわね」と行商人。「消去法でリゲル様の復活もあったりしてね?」

「それだけは絶対にありません。候補者の一人はリゲルではなく『リゲルを騙る偽者』だと言うようにしてありますから」

 アークが強い口調で否定した。

「悪者に聞こえるわよ、それじゃ」

「事実ですから。俺に一票も入らないようにするにはそのくらいしないと。消去法で俺に入れるくらいならテルかセラトナのどちらかにする方がマシだと思わせたいんです」


 その夜、アークは遊説から戻ったテルを人のいない区画へ呼び出し、村長になる目的を尋ねた。

「そんなもの、ラザル様のお言葉に従っているからに決まっているだろう」

「俺に嘘をつく必要はないはずだ。あと俺が訊いたのは理由じゃなくて目的だ。何をするために村長になろうとしているんだ?」

「この村を住みやすい村にするためだ」

「どうやって?」

「龍の村を滅ぼす。話はそれからだ」

「外でもそう言ったのか?」

「ああ、龍族さえいなくなれば誰もが安泰に暮らせるようになる、だから軍事強化に務めるとな」

「そうか、それがお前の考えか」

「一体どうしたんだ?」

「言い忘れてたけど、立候補者である俺達にも投票権はあるんだ。どっちに入れようかと思って聞いてみただけだ、大した意味はない」

「自分に入れても良いのか?」

「もちろん」

「それは良いことを聞いた。セラトナにも同じ事を訊いたのか?」

「そうしたくても、どこにいるのか、どこに住んでいるのか分からないからな。どうにかしてみる」

「そうか。もう話はいいか?」

「ああ、引き止めて悪かったな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ