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不法占領下の日々  作者:
プロローグ
5/20

冒頭に至るまで 其の四



「ふざけんなッ!! あの場面でもしお前の計画が成功してたら俺の人生半分終わったようなもんじゃねぇかッ!!」



 図書室の奥底の秘密のスペースに、春馬の絶叫が響く。

 とはいっても、本気で絶叫を上げるわけにもいかずに、小声で絶叫を上げるという奇妙な状況に陥ることとなるのだが。

 それでも、つい数分前にサラリと、自分の下半身の画像を人質(?)に、脅迫されるという危機的状況が自分の身に降りかかっていたという事実に春馬は声を上げずにはいられない。

 もし宇佐見の突然の襲撃に反応出来ずに攻撃を受け、そのまま気絶でもしようなら、宇佐見の言っていたような悲惨な状況になっていたのだろう。

 全身の毛が逆立ち、背中を寒気が何度も駆け抜ける。


「いや、落ち着いて良く考えてください」


 騒ぐ春馬とは対照的に、未遂犯は割と冷静に話しかける。

 この見た目は全く人畜無害そうな女子生徒が、男子生徒の下半身を引っぺ剥がして、弱味を握ろうとしていたとは、女は見た目で判断するものじゃない、と春馬は肝に命じる。


「人がくつろいでいる所に、突然アナタが現れたんですよ? 当然、それ相応の対処をしなければ……」


「聞けば聞くほど理不尽だろうがッ!! そもそも、ココはお前の家じゃなくて図書室だ! 普通に利用してる奴も居るにきまってるだろう!」


「でも、女性がいきなり現れた男性に対して抵抗するのは正当防衛ですよね?」


「下半身ひっぺ剥がす事まで計画するのは、正当防衛でもなければ最早過剰防衛でも無い。ただの暴行だ!!」


「いや、一応モザイクくらいは付けるつもりでしたよ?」


「ちょっと待て。公開することまで検討してたのかッ!?」


 現代社会にはネットという便利な物があることに対して、初めて春馬は恐怖を覚える。

 段々と話題が生々しい方向へと走っているが、春馬は必死だった。


「五月蠅い人ですね。未遂で終わったんだからいいでしょう」


「お前、割と最低なこと言ってるぞ」


 最早どっちが男でどっちが女か分からなくなっていた。





◇◇◇◇




「……成程、つまりせっかく見つけた自分専用の部屋(プライベートスペース)を広められたくなかったから、犯行に及んだ、と。そういう事だな?」


「まぁ、簡潔に言えばそうなります」


 かなり時間が掛ったが、ようやく春馬は宇佐見の襲撃の動機を聞き出した。

 ここまで聞き出すのにかなりの体力を消費して、春馬はゲッソリとしていたが、突然襲われたのだから理由を聞かないわけにはいかない。



「分かった。じゃあ俺はココの存在を誰にも話さなければいいんだな?」


「え? えぇ、まぁ…そうですけど…」


 とりあえずの妥協点として口約束ではあるが約束を提案する。

 しかし、それに対して宇佐見は、不思議な表情を浮かべて春馬の顔を覗き込んだ。


「何だ? 不満か?」


「いえ、それだとせっかく良い場所を見つけたアナタに利益がありませんが…」


「別にいいんだよそんなもん」


 呆れた口調で春馬は話す。

 元より、飛沫の頼みで図書室の財宝えろほんという噂の真実を探しにきたのであって、図書室に隠された空間を探しに来たのではない。

 春馬が少女がくつろぐ空間を発見したのは偶然であり、望んで見つけたワケではないのだ。

 それに、本来の目的である財宝えろほんはゴミとして処分されたことも分かり、春馬には最早行動目的は残っていない。

 図書室で偶然、立地の良い物件を見つけたとしても、春馬はあまり図書室を利用しないし、これを機に利用しようとも考えていないので、ここの存在を知っていても宝の持ち腐れなのだ。

 だとしたら、利用する気のある宇佐見が独占したところで、春馬には関係がない。

 手放すことにメリットもなければ、デメリットも無いのだ。


「この部屋に興味は無いからな。強いて言うなら、お前から襲われる理由がなくなるのが利益だ」


「そうですか…」


 何か要求されるとでも思っていたのか、宇佐見は意外そうに頷く。



「では、改めてお願いしておきます。ココの存在は誰にも言わないでください」


「はいよ。了解した」


 目の前で頭が下げられるのに、春馬は二つ返事で承諾する。





 と、その時だった。






「エロ本はっけーーーーーーーーーん!!!!!」




 図書室内に、とても大きな叫び声が響き渡る。

 それはそれは、とても一般利用客に配慮した音量でないことと、同時に一般利用客に配慮した内容でない事は明白だ。

 やたらと良く響く声が、しっかりと春馬と宇佐見が居る部屋にも響く。

 聞いた瞬間に春馬が地に伏せんばかりに肩を落とした。

 心の中では「あのバカ本当に叫びやがった」である。ここでもこれだけ響くのだから、広場の方では相当だろう。

 目の前では、宇佐見が気の毒そうな視線を向けている。


「お仲間の人ですか?」


「違う…違わないけど違う…一括りにされたくない」


 だが、残念な事に今聞こえた声はエロ本探索隊の隊長、片桐飛沫のものである。

 事前に、財宝らしきものを発見したらお互いを呼ぶように言ってあったが、本当に「エロ本発見!!」と叫ぶとは夢にも思ってなかった春馬は、飛沫という男を見誤っていたことを痛感する。

 半ばベソをかきながら、春馬は初対面の女子生徒の前でうなだれる。


「いかなくていいんですか?」


「出来れば、仲間だと思われたくない」


「でも、アナタが来なかったら、また叫ぶのでは?」


「行ってくる!!」


 宇佐見の助言を聞くやいなや、速効で走り出そうとする春馬。

 再び叫ばれるのも勿論嫌だが、下手をすれば、春馬の名前付きの叫び声まで上げられかねない。

 ここは一刻も早く飛沫の元に合流するのが、春馬にとって一番被害の少ない選択である。



 そんなこんなで、慌てて宇佐見の秘密の部屋を後にしようとする春馬だが、

 それを、引き留めるように宇佐見は慌てて口を開いた。


「あ! ちょ、ちょっと待ってください!!」


「何だ? 早くしなきゃ、他の生徒にも迷惑になるかもしれないだろ」


 飛沫は他の生徒に配慮した音量調節を全くしていない。

 しかし、この学校の女子生徒は何故か飛沫に文句を言ったりしないので、春馬が飛沫の元に行かなければ延々と叫び声が続くかもしれないのだ。

 少し急かす口調で返した春馬に、宇佐見も早口で言う。


「いえ、アナタのお名前を聞くタイミングを失ってたので」


「俺の名前か?」


「えぇ」




「春馬だ。二年一組、直江春馬なおえはるま






◇◇◇◇





 少女の前に突然現れた男子生徒は、最後に名前を言い残すと慌てた様子で部屋を後にした。

 図書室の奥深くに存在する、秘密の部屋に一人残された少女は、とりあえずホッと息をついた。


「フゥ。どうやらもう暫く楽園ユートピアは続いてくれるようですね…」


 少女が、どうやら先輩らしい男子生徒を見た瞬間、「ヤバい。楽園が崩壊する」と危惧したのだが、どうやら直江春馬という名前の男子生徒はこの空間に興味が無いらしい。

 少女に取ってはこの場所の存在は結構貴重なものなので有難いばかりだ。

 唯一心配すべき点は、直江春馬が約束を破って他の不特定多数の生徒にココの場所を言いふらさないかであったが、少女はその案件を自分でも不思議と危険度の低い問題と理解していた。

 何故かと問われれば、答えることは難しいのだが、少女は短い会話の中で直江春馬という男子生徒の人間性を観察して、そういう結果に至っていた。要するに、「まぁ何となくあの人なら大丈夫だろう」である。


「しかし…何処かで聞いたことがある名前ですね…」


 ふと、少女は首をかしげる。

 直江春馬という男子生徒とは、正真正銘の初対面であったことは確かなのであるが。

 名前を聞いた瞬間から、少女の中では何故か初めて聞いた響きではないような感覚があった。

 どこかで聞いたことがあるような…はてどこだったろうか…と必死に思案するが、浮かばない。のど元まで出かかっているが、中々正体が分からない悶々とした居心地の悪い状況が続く。


「あ!!」


 静かな空間の中で、少女は小さく叫び声をあげた。

 ようやく思いだすことが出来た、直江春馬の正体。


「成程、成程…言われてみれば、その通りですね…」


 ようやく浮かび上がった正体は、成程納得のいくものだ。




「フフフフフ…これは案外、良い出逢いをしてしまったかもしれませんね…」




 少年の去った空間で、宇佐見揚羽は何か良からぬことを思いついた悪の親玉のような、不気味で凶悪な笑みを浮かべた。






◇◇◇◇





「ハルマ!! こっちこっち!!」


「分かったからもう少し音量を落とせ。…いや、もう何もかも手遅れだけどさ」


「遂に見つけたぜ。コレ絶対財宝だろ!!」


 図書室の奥の方。

 ついでに言うならば、先程まで春馬が居た秘密の空間とは全く反対側の場所に、春馬と飛沫は居た。

 得意げで満足げな笑顔を浮かべる飛沫と、やたらゲッソリと疲れた表情の春馬である。

 ついでに言うならば、遠巻きに飛沫の姿を眺める女子生徒達も居る。


「で? あったのか?」


 既に財宝とやらの正体と、その財宝が処分された事実を知ってる春馬は、一応飛沫に問いかける。

 もしかしたら、歴代の先輩方が発見を恐れて予備の財宝を異なる場所に隠していた可能性もあるので、遠巻きに眺める女子生徒には見えないように配慮もしなければならない。

 自分の背中で飛沫を隠すように、立ち位置を変える。

 すると、満面の笑みを浮かべる飛沫が、後ろ手に隠してあった本を春馬に見せた。



【保健体育・女の子の体編】



「…飛沫よ。コレだと保健体育の成績が上がるだけだ…」



 なんともヌルいオチだった。






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