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不法占領下の日々  作者:
プロローグ
3/20

冒頭に至るまで 其の二


「いやー流石俺の親友達だ。快く引き受けてくれるとは」


「どの口が言うか」


「確信犯だろテメェ…」



 というわけで、春馬、隼人、飛沫の三人は廊下を歩く。

 飛沫の今からエロ本を探しに行きます宣言のおかげで、教室に居られなくなった春馬と隼人は仕方なく飛沫の後に付いてきているだけが。

 それにしても、教室から脱出する間際に春馬が「誤解だ。少なくとも俺はこの計画に関与していない」と必死の弁解をしたのも虚しく、女子生徒からのジト目の全てが春馬に向けられて、イケメン二人には一切向けられないという事実には当然のことながら納得がいかない。

 全く関与していない隼人はともかく、作戦の首謀者である飛沫に非難の声が無いのは、全くもってイケメンに有利な世の中だなぁ、と春馬は痛感するのであった。


 飛沫を先頭に、三階にある図書室へと三人はゆっくりと歩く。

 相変わらず隼人は小脇に参考書を携えている。知的な外見とも相まって、見るからに優等生と言った風貌だ。


「先に言っておくが、俺は手伝わんぞ」


 冷たい声で隼人が宣言する。先に釘をさしておくのだろう。元々、こんなふざけたイベントには参加しないキャラだ。


「ハヤトには期待してない。俺が期待してるのはキミさ、ハルマ」


「なんでだよ」


 ゲンナリとした表情の春馬。勿論、こんなことに期待されても嬉しくなどない。


「平成のエロティカルプロフェッサーとはハルマの事だろう?」


「何だその悪意120%の二つ名は!! 俺を安っぽいキャラ設定にするな!!」


 和訳するならば「平成の性欲教授」だろうか。本当にそんな名前が広まったら、春馬は本気で自殺を考える。

 学校のアイドル的存在である飛沫の発言ならば、下手すれば一瞬で学校中に伝わるので、あまり笑いごとではない。


「俺も手伝わないぞ。そもそも、一般利用客の多い昼休みに、そんな大それた事出来るほど俺は羞恥心を捨てた覚えはねぇよ」


「ふふふ、いいのかな?」


 不意に、飛沫が不敵な笑みを浮かべる。

 無邪気な笑顔から不敵な笑みまで、変幻自在のイケメンである。


「明日から、春馬の名前が【直江春馬】から【直江・エロティック・春馬】になっても」


「ミドルネームが付いただとッ!?」


 しかも、だいぶ死にたくなる姓名だ。


「テメェ、親友を脅迫するな」


「じゃあ手伝ってくれるよな?」


「くっ……もし断ったら?」


「明日から、【直江春馬】が【平成・エロティック・プロフェッサー】になる」


「もはや原形も留めねぇッ!?」







◇◇◇◇




 そんな情けない脅迫に屈し、春馬は「第一回・図書室エロ本発掘大作戦」の構成員と化した。



「ふむ。では俺はそこら辺で読書でもしておく。エロ本でも春本でも何でも探して来い」


「…現代高校生で、春本って言葉をナチュラルに使えるのはお前ぐらいだ」


 三人が雑談の末図書室へと入室すると、隼人は適当に本を見繕い、イスに座って読み始めた。

 ちなみに春本とは古い言葉で卑猥本という意味であり、現代のエロ本と同じ意味の言葉だ。

 そして、ちなみついでではあるが、飛沫と隼人の二人が図書室に入ったとたん、ザワリとどよめきが生まれ一瞬で空気が変わった。主に他学年の女子生徒の影響だろう。

 同じクラスの女子とは違って、他の学年の女子がこの二人をセットで見るのは中々に幸運なイベントだ。

 とたんに、隼人の座った席周辺の価値が跳ね上がる。少し遠くでは、自然な形を装って隼人の隣に座ろうとする女子生徒同士の小競り合いが始まった。



「おぉ…意外とデカいんだな~図書室」


「ホントだな」


 あまり勉強やら読書に縁のない人種の春馬と飛沫が呟く。

 図書室の場所は知っているのだが、一度も訪れたことの無かった二人は江里高校の意外なほど巨大な図書室に驚いた。

 奥行きが長く造られた図書室は、二人の居る入口からは、奥に向かって延々と本棚が並んでいるように見える。

 そして、本棚はかなり高くまで積まれているようで、ズラリと並べられた本棚によって奥に行くほど日の光が遮られて薄暗くなっている。

 あまり奥まで行きたくないように感じるのは人間の本能だろう。少し不気味にも感じる図書室の奥は、なるほどよく考えればいかがわしい本を代々備蓄しておくには適しているようにも思える。


「財宝ありそーー!!」


 横では、飛沫がキラキラと目を輝かせている。

 エロ本に興味があると言うよりは、図書室の薄暗い奥地を探検する方に興味があるのだろう。


「よし、準備はいいか下っ端A」


「おい、扱いが酷いぞ」


「じゃあ、ロケット団下っ端」


「誰が世界征服を企むポケモン秘密結社の末端構成員だ」


「じゃあもうピカチュウでいいや」


「遂にポケモンになっちゃった」


 春馬は十万ボルトも電気は出せない、せいぜい冬にドアノブに静電気が走るぐらいである。

 世界的に有名な日本のアニメ文化のマスコットになれたのだとしたら、名誉っちゃ名誉だ。

 飛沫との会話に脈絡が無いのはデフォルトなので春馬は今更気にも留めない。


「手分けして探すぞ。俺は左側から、ハルマは右側からだ。それっぽいのがあったら大声で「エロ本発見!!」て叫ぶんだぞ」


「絶対に叫ばないけど了解した」



 そんな感じで、春馬と飛沫の二人は、財宝を探しに図書室の奥へと足を踏み入れる。






◇◇◇◇





「しかし、無駄に本の多い図書室だな」


 そんなことを愚痴りながら、春馬は一人薄暗い図書室の奥を、本棚を伝って歩く。

 春馬が思ってた以上にこの図書室は構造が複雑な様子で、しばらくグルグルと奥をさまよっているうちに現在地が分からなくなってしまったようである。

 本棚を伝うように歩いていたので、そのうちまた広い場所に出られるとあまり深く考えてはいないのだが、それとはまた別に春馬には気になることが浮上し始めた。

 奥に進むにつれて、本棚に納められている本が段々と変化していくのである。

 イスが並べられてあった広い場所の近くの本棚は、一般的に需要が高いであろう、比較的普通で使用頻度が高い本、例えば人気小説とか文学作品とか参考書などが並べられているのだが、春馬が進んできたように本棚を辿るにつれて、雲行きが怪しくなってくる。

 手近にあった本を一冊適当に抜き取ってみる。



【誰でも出来る。お手軽亀甲縛り入門】


「お手軽に出来てたまるかッ!!」


 一発目でかなり怪しい本を引き当てる。

 つまりどういう事かと言うと、この図書館、奥に行くにつれて怪しい本が多くなるのである。

 人の多い広場近くの本棚には、普通でまっとうな書籍が並べられる。が、そこから段々と奥に行くにつれて、マニアックと言うか、特殊な場合を想定したような本ばかりが軒を連ねる。

 感覚としては、大都市の大通りから少し裏道を抜けるとスラムや闇市に出た時の感覚に近いだろうか。

 流石に【誰でも出来る。お手軽亀甲縛り入門】を読む勇気を春馬は持ち合わせていなかったので、そっと元の位置に戻す。

 そして、興味本位でもう一冊抜き取ってみた。


【君にもできる。完全犯罪徹底分析】


「……間違っても、教育の現場に置いておいていいのか…」


 真剣に江里高校の状況を危惧する春馬である。





 と、春馬が一人寂しく独り言を呟いていた時。

 不意に、春馬の耳に、微かな物音が飛び込んだ。


「…ん? 何だ…」


 不審に思い、春馬は手に持っていた【君にもできる。完全犯罪徹底分析】を元の位置に戻す。

 そして、自分から発せられる音である呼吸を止め、目と閉じ、全身の動きを止め、意識を集中する。

 人の多い広場から少し離れた場所。遠くの方に聞こえるのは生徒同士の世間話だが、ついさっき聞こえた物音は音こそ小さいが、距離は近かった。

 可能性としては春馬自身が立てた音という可能性が一番高いが、春馬は自分の直感的な何かを信用して、音源を探る。

 普通の人間ならば気にせずに見過ごすような些細な事柄を、注意深く探ることに慣れてしまっている自分に自己嫌悪しながらも、意識だけは周囲に張り巡らせて、静寂の中にたたずむ。



 その静寂が数十秒、周囲には何の変化の無いいまま続く。

 しかし、春馬がいい加減警戒を解こうとした瞬間、春馬が居る場所とは別の場所で。

 ――――――――コトリと、小さな音が鳴った。


 春馬よりも奥で、だ。



「こっちか…」


 間髪入れず、春馬は動く。音源の大まかな場所へ直感を頼りに進む。

 春馬に今の音が何の音だったのかの判断はつかない。しかし、一応飛沫の計画に参加している身である春馬は、自分の感じた違和感と図書室に隠されている財宝とやらを、何か関連あるものとして繋いだ。

 何か根拠があるわけでもないし、寧ろ根拠など皆無だ。

 春馬の行動は何かしらの理由があるのではなく、反射的なそれに近い。



 先程よりも少し奥へ。

 そして、その方向にあったのは―――――突き当りだ。



「…行き止まり?」


 実際には、行き止まりではない。

 そこはいわゆる曲がり角、であり、春馬から見ると左折する方向に道が続いている。

 その奥には今までと同じように、延々と背の高い本棚がそびえ立ち、まるで迷宮のように薄暗く続いている。

 しかし、春馬が聞いた物音は、左折した先の道から聞こえた物ではない。

 この突き当りの奥。この本棚が塞いでいる先から聞こえたのだ。


「俺の聞き違いか……?」


 自らに疑問を投げかけるように、呟く。

 確かに音は聞こえた。しかし、それがどれぐらい距離の離れた場所からの音だったかと言われれば、胸を張って言えるほどの自信はない。

 春馬は、不思議な表情を浮かべながらその周辺を適当に探る。

 すると、ふと違和感のある物体が目に入った。真っ黒で大きな布、カーテンだ。


 春馬は頭の中で疑問符を浮かべた。

 何故こんな場所にカーテンが付けられているのか? と。

 ここは薄暗い図書室の奥地だ。当然日の光などわずかにしか差し込まないし、差し込む可能性があるとしたら飛沫が探索に行った入口から左側の窓のある方だろう。


 春馬は頭で考える前に、カーテンの端を手に取った。

 そして、それを自分の方へと強い力で引っ張った。



 とたん、本棚と壁の間に、道が出現する。



「うおッ……!」


 突然の事に、しばし春馬の動きが止まる。

 目の前に現れた道を、茫然と眺めていた春馬が次に頭に浮かんだのが「ドラクエかよ」という突っ込みである。

 しばらくの間、この事実を見なかったことにするか、それとも飛沫を呼ぶか悩んだ春馬は、結局はどちらでもなく、とりあえず自分ひとりで進んで様子を見て見ることにした。

 見れば、道は奥へと続いているようである。

 意を決して、扉の役割を果たしているカーテンを腕で押しのけ、奥の道へ一歩踏み出す。



 よくよく考えてみれば、春馬は無意識のうちに財宝えろほんを隠すのだとしたら、『木を隠すなら森の中』のことわざにあるようにこの膨大な書籍の中にエロ本を紛れ込ませているのだと思い込んでいたのだが、歴代の先輩はこの広い図書室の中に秘密の空間を作ることによって、代々備蓄されていったエロ本を隠そうと考えたのではないだろうか。

 だとしたら、中々大胆な発想をする先輩も居たものだ。と春馬は若者のエロに掛ける情熱の偉大さに苦笑する。



「お邪魔しますよ~っと…」



「………む?」



 ――――――声がした。

 今確かにこの道の奥から声が聞こえたのを、春馬は確かに聞き取った。

 一気に警戒の色を濃くした春馬が、勢いをつけて道に入り込む。確かに先程物音がしたのだから、人が居る可能性が高いのを春馬は失念していた。

 どうやらこの道の先の空間に、人が居るようである。

 突然図書室の奥地に空間が出現したのだから、その前に起こった出来事が少し飛んだとしても仕方がないとは言え、反省の意味を込めて頭の中で自分を罵る。


 細長く続く道を大股で通り抜けて、春馬は幾分広い場所へと抜けた。そこで春馬は、油断なく警戒しながら、空間に躍り出た。




「誰か居るのか!!」





………………

……………

…………

………

……

……

……

……



「げっ…………遂にバレちゃいました?」




 そこで春馬が見たものは。



 古ぼけたソファに寝そべり、小さなちゃぶ台の上に漫画を山積みにし。

 その横にポテトチップスの袋を広げて、山積みの漫画の一冊を手に取り。


 ゆったりとくつろいでいる、一人の女子生徒だった。







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