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不法占領下の日々  作者:
第一章:占領開始
20/20

対モテる奴包囲網



「…今日もいい天気だな飛沫」


「…ホントだねぇ~ハヤト」





 という、窓の外の遠くを眺めるイケメン二人の会話がそのまま教室中に響くほどに、二年一組の教室は静まり返っていた。

 ピタリと時が止まったかのように一瞬でザワザワと騒がしかった昼休みが静寂に包まれ、その全員がピクリと耳を揺らし、呼吸を一瞬止める。

 そして、そのまま全員が同じタイミングで首を、丁度教卓が置かれてる教室の正面へ。より詳しく言えば、教卓の所で仲睦まじく腕を組んでいるカップル(そう見える)の方へと向けた。

 沈黙を表す三点リーダーが浮かび上がるかと錯覚させるほどに、全員の表情はポカーンと呆けている。


「へ?」


「は?」


「え?」


 沈黙の後には、不特定多数の呆けた声が上がった。

 そして、その中の一人、クラスの代表者でもある委員長。松永清香はゆっくり口を開いた。


「ツキアウコトニナッタ?」


「はい。お付き合いすることになりました。宇佐見揚羽です♪」


 さも仲睦まじく見えるように揚羽が春馬の腕を問答無用でガッチリホールドしながら、隙のない百点満点の笑顔で清香の片言の問いに答える。

 その姿を清香とクラスの面々が、何故か顔面を蒼白に染めている春馬と交互に見比べ、そしてまた一拍の静寂を挟んだ後に。




「「「ええええええぇぇぇええッッッ!!??」」」」



 イスを蹴倒し、机をなぎ倒すが如き絶叫が教室をつんざいた。





「え、え~っと、え~っと……と、とりあえずおめでとう?」



「い、いやちょっと待て松永!!」


 

 また一瞬で騒がしくなった(というよりも五割増しに五月蠅くなった)教室を顔面を蒼白にしながら慌てたように見回す春馬が、瞬時に突っ込む。

 松永がポカーンと呆けた表情のままどのようにリアクションしたらいいのか分からないでいると、その後ろから数人の男子が凄まじい勢いで身を乗り出してきた。



「直江春馬!! 貴様と言う奴は……ッ!!」


「ゲ…浅井、朝倉、六角…」


 身を乗り出してきた男子達三名、右から浅井・朝倉・六角が憤怒の形相で春馬ににじり寄る。その目線は春馬の腕にしがみつく揚羽と春馬自身を交互に見ており、心なしか交互に見る度に眉間に刻まれる皺が深くなってゆくようにも感じられる。

 

「遂にか…ついに貴様も俺達を裏切るのかッ!!」


「くそっ落ち着けバカ三兄弟。うわっ、ちょこれ以上近づくな」


 三人がジリジリと春馬との距離を詰めようとするのに先手を打って、春馬は右手で静止する。

 が、グルグルと猛獣のように喉を鳴らす三人はあまり聞く耳を持たない。

 急な展開についていけなくなっている清香を押しのけ、三人が春馬の前を占拠した。 


「お前だけは仲間だと思っていたのに…」


「『モテない男同盟』の幹部だったお前がリア充の側に付くと申すか!!」


「うらやまけしからん!!」


 三人を筆頭に、不特定多数の男子が殺気を帯びる。


「二番目ちょっと待て。俺は『モテない男同盟』なる色々と捨て身な同盟に加盟した覚えなど無いし、あまつさえそんな重役を務めた覚えは更にないぞ!!」


 一応春馬も反論するが、焼け石に水状態となり、蜂起した男子の怒声にかき消される。


「もの共、出あえ出あえ!! 裏切り者じゃ!!」


「いや、落ち着けってお前達。少し時間をくれ!!」


 ブンブンと残像の出来る速度で両手を振る春馬は、その実両手で頭に血の上った馬鹿三人を牽制しつつ、首だけを横に捻ってニコニコと笑顔を見せる揚羽に小声で怒鳴る。

 周囲ではガタガタとイスを蹴る音と共に、鬼の形相を浮かべる男子が浅井の掛け声に応じて教室の前方に集結しだす。



(テメェーーーー!! 何てことしてくれとんじゃーーー!!!)


(ハハハーこれぞ。『もう隠すのも面倒だし色々カミングアウトしちゃおうぜ大作戦』です!!)


(カミングアウトって一部事実が捻じ曲がってんじゃねぇかッ!!)


(甘いですねー春馬さん。ココはお互い恋人同士にしといたほうが何かと都合がいいんですよー)


 言うまでもないが、揚羽と春馬の間に色恋沙汰の感情は無い、だがそれを今説明した所で信じてくれる人間はいないのだろう。

 ハハハーと朗らかな笑みでとんでもない事を言ってのける揚羽に春馬はドン引きしながらも、春馬は事態を少しでも収拾するために無い脳をフル回転させる。

 ちなみに、春馬が現在予感しているのは、俗にいうデットエンドという奴で、理由は春馬の背後で急速に増幅されつつあるモテない男子どもの負のオーラである。

 ゴゴゴゴと効果音付きで増幅される負のオーラに、女子生徒と一部の男子(モテなくない奴ら)は教室の後方へと避難する。


「春馬よ…俺とて何も鬼ではない。言い訳の時間をくれてやろう」


 モテない男子を代表してか、浅井翔太あざいしょうたが低い声で春馬に問う。

 明らかに尋常ではない量の殺気をほとばしらせながら、浅井は一歩春馬との距離を詰める。

 よくよく春馬が観察すると、浅井が後ろ手に何やら手信号ハンドシグナルを後ろに控える男子に送っていた。

 そして、その浅井の手信号に従って、ゆっくりと何気ない動作で数名の男子が春馬の側方へと回り込み、また違う数名が教室の出入り口を固める。


 いつの間にか、対春馬包囲網が完成しつつあった。


(『モテない男同盟』の統率力凄ェッ!!)


 心の底で絶叫を挙げる


「ははは。落ち着けよ浅井。きっとお前は何か誤解してる。そうさ。話し合えばお互い分かり合えるはずだ。だって友達だろう?」


「そうだな春馬。例えお前があの『アゲハ蝶』を射止めようと、俺とお前は友達さ」


「アゲハ蝶?」


 うわべだけの薄っぺらい友情を再確認しながら、春馬は奇妙なキーワードに疑問符を浮かべる。

 そして、直感的に揚羽の方へ顔を向けると、顔を向けられた揚羽はバツが悪そうに顔をそむけた。


「…えーっと、それはつまりどういう事だ?」


「ほほゥ。しらを切るか。中々いい度胸だな」


 春馬が純粋な疑問を浅井に投げかけると、それをどう間違って受け取ったのか、浅井は口元を薄く吊り上げ、しかし眼だけは完全に笑っていない表情を作り上げる。

 春馬の冷や汗は留まるところを知らない。

 このままでは冗談でなく、身の危険を感じるので春馬は早急に身の安全を確保するための行動をとる。

 つまり、「俺と揚羽は付き合ってなどいない。揚羽の冗談である」と言い切るのだ。その後に何かしら都合のいい事を言ってこの場を切り抜ける。ついでに、自分を見捨てた飛沫や隼人を巻き込んで。


「よく聞け浅井。さっきコイツが言ったことはな? それは―――――――」




 ―――――――口から出まかせの嘘。俺と揚羽は付き合ってなどいない。



 そう、春馬が真実を告げようとした瞬間。

 この場で春馬が最後までセリフを言えたところで浅井達が信じるかどうかはまた別にして。

 春馬はそれ以上口を動かすことが出来なくなっていた。



 背中に、直接触れる金属の冷たい感触。

 グリッと押し付けられる、無骨な鉄の塊。

 そして。



(は~~い春馬さん。余計な事言っちゃダメですよ~)



 耳元で囁く、悪魔のような印象を受ける揚羽の上機嫌な声。

 いつの間にか春馬の制服が背後で他の生徒に気付かれない程度に捲られ、その中にいつの間にか揚羽が片手を突っ込んでいた。

 春馬が冷や汗を通り越して、眩暈を感じていた。 

 背中にグリグリと鉄の塊を押し付けられ、しかもその鉄の塊を押し付けているのがあの宇佐見揚羽なのだとしたら。

 

 ―――――――――背中に押し付けられているのは拳銃エアガン以外に何がある?



「…どうした春馬? 何か言いたいことがあるんじゃないか?」


 突然口を開けたままいっそう顔色を悪くし、押し黙った春馬に浅井は怪訝な表情を浮かべる。

 しかし、春馬はただただ脂汗を流すばかりで一向に釈明を行おうとはしないのを見て、浅井は鼻を鳴らす。


「そうかそうか。今更言い訳は見苦しいことに気付いたんだな。分かったよ春馬。友を地獄に送るのは本当に忍びないが、お前がそれを望むなら仕方がない。ココは俺の手で手厚く地獄に突き落としてやるとしよう」


 ニヤニヤと口元を綻ばせながら心にもない事を言ってのける浅井に突っ込みを入れる余裕も春馬にはない。

 首だけを動かして、遠くの方に避難している飛沫と隼人に最後の望みを託して視線を送る。




「ハヤトー、こういう時に使うことわざって何?」


「ふむ。『前門の虎・後門の狼』ではないか?」


 または四面楚歌。

 角度的に揚羽の持ってるワルサーPPKを確認できる位置に居る飛沫と隼人の両名であったが、この中に突入出来る程豪傑ではなかった。

 ただでさえ勝ち組(モテる方)に入ってる飛沫と隼人が春馬を助ければ、異様な空気を纏い始めたモテない男子の熱く燃えたぎる憎悪の炎に油を注ぐこと山の如しである。

 泣きそうな視線を送ってくる春馬を優しく無視しながら、飛沫と隼人は遠い目をする。




 ジリジリと包囲網が狭まり始める。

 もはや何時春馬が袋叩きにあっても不思議ではない状況になりつつあった。

 春馬は心の中で「アレ? 俺何か悪いことしたっけ?」と己に降りかかった理不尽を嘆く。

 しかし、まだ春馬は見捨てられてはいなかったようだった。



「ちょっと浅井くん。朝倉くん。六角くん。そして他の男の子達!!」


 ピシャリ!! とその場を支配していた暴力的な空気が霧散する。

 凛とした威厳を感じる声に、思わずその場にいた全員が軽く背筋を正す。

 怒気を盛大に放出しながら、春馬に今か今かと飛び掛かろうとしていた男子たちは、急に冷水をぶっかけられたかのように動きを止め、声のした方へ向き直る。

 その男達を率いていた馬鹿三兄弟こと浅井、朝倉、六角もその場で姿勢をただし、先ほど突き飛ばしたばかりの声の主の方へ向き直る。

 全員が姿勢を正して向いた先に居たのは、眼鏡をゆっくりと掛け直し、その場で仁王立ちをする我らがクラス委員長様。松永清香であった。


「急にどうしたのかな? 春馬くんに彼女が出来たからって…男の子がこんなに群がって春馬君の彼女を怖がらせちゃダメでしょう?」


 既にお説教モードに移行済みの清香は、仁王立ちのまま代表者である浅井に鋭い視線を送る。

 実際には、揚羽は寧ろこの状況を楽しんでいるようにさえ見えるのだが、それはこの際置く。 


「それに、私が見たら、さも暴力行為を行おうとしてるように見えるんだけどな? 私がそんな事を見逃せると思ってるの?」


 浅井が口をへの字に曲げ、悔しそうに一歩下がる。

 続けて春馬を包囲していた男子が、今度はジリジリと後退を始める。

 そして春馬は、凛とした立ち姿をする清香に、「救いの女神だ…」と半ば本気で祈りをささげた。

 清香がクルリと揚羽の方に向き直り、人の好い笑顔を浮かべて揚羽の髪をなでる。


「ごめんね。ウチの男の子達が怖がらせちゃって……えっと…」


「宇佐見揚羽です」


「宇佐見さんでいいかな?」


「いえ~お気軽に揚羽とお呼びください。そちらのお名前伺ってもよろしいですか?」


「私は松永清香。春馬君のクラスのクラス委員長よ」


「成程! よろしくお願いします。清香お姉様!!」


「お、お姉様?」


 サッと春馬の背中に押し当てた拳銃を隠した揚羽は、清香がクラス委員長と知るや否や人懐っこい笑みを浮かべてすり寄る。

 少々困惑気味の清香であったが、揚羽が怯えていたものと解釈して、浅井以下モテない男子同盟を強制的に下がらせる。

 そして、ホッと一息ついている春馬に、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべるのであった。


「いきなりでビックリしたけど、何よ春馬君。こんな可愛い彼女が出来たなら早く報告してくれたらよかったのに」


「あぁ…俺も知らなかったもんでね…」


「?」


 清香に頭を撫でられる揚羽が眼光で「チクったら撃つ」と春馬を脅すので、春馬は頭を垂らす。

 その春馬の様子をあまり良く理解できてない清香は、目で男子共を牽制しつつ、春馬と揚羽を交互に見て興味津々な目線を送る。

 

「へ~そっかそっか~春馬くんにも遂に彼女か~やったねこの色男~」


「………ありがとうございます」


 春馬は身に覚えのない祝福を受ける。

 そして、チラリと周囲を見回すと、浅井、朝倉、六角を筆頭とした男子たちが、まるで獅子のような獰猛で凶暴な表情と共に、憤怒に満ちたまなざしを春馬に向けていた。当然だが、その怒りは春馬のみに向けられ、揚羽に向かう様子は一切ない。

 周囲を猛獣に囲まれた状態となった春馬は、その中心で清香と揚羽がにこやかに談笑を始めた空間に閉じ込められることとなった。



「噂通り可愛いね~揚羽ちゃん」


「そんな~清香お姉様に言われると照れちゃいますよ~」


「も~春馬くん羨ましいな~」



 いえ、アナタが羨ましがってるコイツは本性を隠しています。

 と、春馬は心の底で呟き、異様な空気となりつつある教室の中心で途方に暮れる。





(…誰か助けてくれ)



 

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