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不法占領下の日々  作者:
第一章:占領開始
19/20

宣言




「…というのが、朝の出来事だ」


「むぅ…それは大変だったな」


「あぁ、朝の悲鳴はそれだったんだな…」



 朝の指向性対人地雷(クレイモア)騒動によって朝遅刻しかけた春馬と揚羽の二人だったが、何とか様々な努力の結果二人とも遅刻は逃れ、無事に学校につくことが出来た。

 そして、そのまま偶然同じタイミングで登校してきただけの他人を装い、二人はそれぞれの教室へ行くために分かれた。

 そしてそして、春馬は隼人と飛沫の不思議そうな目線を受けながら、午前の授業をつつがなく終了させ、ようやく昼休みの時間を迎えているのであった。


 若干ゲッソリとした表情を浮かべながら、春馬は今朝の事件を多少の個人的感想を交えながら隼人と飛沫に報告する。

 具体的にどんな感想かと言うと、人生初の地雷体験となった時の心境などだ。

 飛沫は苦笑とも呆れとも取れないような微妙な表情を浮かべながら、乾いた笑い声をあげ、隼人はいつも通り無表情ながら、ミクロ単位で眉間に皺を寄せている。表情では読み取りにくいが、少し怒っているようだ。


「一応止めるように言ってみたけど、「これは抑止力です」って言って止めるつもりはないらしい」


 ハァと春馬は分かりやすく困ったため息を漏らす。

 改めて、とんでもない娘を預かってしまったものだと、自分が招いた面倒事の面倒くささに肩を落とす。

 そんな春馬の肩を飛沫が苦笑しながらポンポンとなでる。


「ま、まぁいいじゃんかハルマ。色々刺激的な生活になってさ」


「俺は私生活に刺激なんか求めてないんだけど…」


「そのドアを開ければ、爆弾が爆発するかも…っていう生活も中々楽しそうじゃん」


「休ませろ」


 ケラケラと笑う飛沫に、春馬は力強く突っ込む。

 そんな二人の様子を眺めながら、隼人は弁当の中のから揚げを口に放り込む。

 ムシャムシャと咀嚼し、飲み込んでから口を開く。


「流石にそれはマズいだろう。今度揚羽に会ったら厳重に注意しておく」


「隼人の言う事なら聞くだろうからな、よろしく頼む」


 このままでは身が持たん。と春馬は半分本気で訴える。

 安全ゴーグルの購入を真剣に検討している春馬は、右手に持っていたメロンパンにかじりついた。

 飛沫は早々にサンドウィッチを平らげてしまったので手持無沙汰だ。


「そういや、結局二人はどうするんだ?」

 

 椅子に座りながら、足をバタつかせている飛沫が唐突に春馬に向かって問う。


「どうするって?」


「学校での事だよ。二人の学校での関係をどうするかって昨日話してたじゃん」


「あぁ、それなら揚羽が策があるって…」


「策ってなんだよ? 今は俺達しか知らないだろうけど、流石にいつかはバレるんじゃないか?」


「そうだなぁ…」


 そう言って春馬は周りを見渡す。

 昼休みと言うこともあって、教室内は生徒が思い思いに寛いでおり、良くも悪くも騒がしい雰囲気になっている。それぞれが親しい友達同士でグループを作って雑談をしながら食事をしているので、春馬たちの会話が他の生徒に聞かれる心配はまずない。

 しかし、この会話でさえも他の生徒に聞き耳をたてられている可能性も否定できないし、春馬自身、これから揚羽と暮らすことを完全に隠し通せるとは思っていない。

 ただでさえこの年頃の生徒は噂話が好きなので、一度春馬と揚羽が同棲していることがバレたら、一気に噂は広がるであろうことは火を見るよりも明らかだ。

 ふと、隼人が二人の会話に対して疑問符を浮かべる。


「策…というのは揚羽が言ったのか?」


「え? あぁそうだよ。アイツが妙に自信ありげに話すから、一旦保留にしてる案件なんだけど」


 ふむ。と隼人が顎に手を当てて思案する。

 それを不思議そうな顔で春馬と飛沫が見つめるが、その後すぐに隼人は視線を春馬に戻す。


「春馬よ」


「ん? どうした隼人」


「揚羽の策とやら…嫌な予感しかしないんだが」


「……た、確かに」


 一拍おいて、春馬の額から汗が流れる。

 隼人はミクロ単位で眉間に皺を寄せ、飛沫は「アハハハ―…」と乾いた笑い声を挙げて遠くを眺める。

 

「あの娘がまともな策を用意するとは全く思えんのだが」


「皆まで言うな隼人ッ…!」


 春馬はがっしりと春馬の肩を掴む。

 今更だが、銃器エアガンを持って直江家を占拠しようとしたり、部屋に侵入しようとする人間を迎撃せんがためにドアに地雷を仕掛けるような人間が、春馬の考えるような万事上手く纏まる戦略を考えるとは露程も考えられない。

 昨夜は色々とゴタゴタしていたので、揚羽の策があると言う言葉をそのまま信用して保留にしてしまったが、本来なら春馬自身がしっかり介入して二人で決めなければならないところである。

 もはや、手遅れではあるが。


「いや……幾ら揚羽でも流石にココで無茶はしないだろ。一歩間違えれば根も葉もない噂が立つぐらいデリケートな問題だし、変な噂が立つことは揚羽が一番避けたいだろうし、うん。流石のアイツでも大丈夫だろ。うん。そう信じたい」


「必死だな春馬」


 隼人の同情とも憐れみとも取れる視線が春馬にそそぐ。

 その横では飛沫が小声で「フラグたったぞ~」と呟いていた。




「アラ。今日も三人でお昼ご飯? 相変わらず仲がいいのね」



 そんな、春馬がブツブツと自分を言い聞かせ飛沫と隼人が春馬をあやしている時、不意に鈴の鳴るような耳に心地よく響く声が三人にかかる。

 三人が同時に顔を声のする方向に向けると、そこには口元を上品に右手で押さえながら、小さく笑う一人の女子生徒が居た。

 肩ほどで切りそろえたクセのない黒髪に、知性を感じさせる淵の細い眼鏡。そして、緩やかに弧を描く目元は綿のように暖かく優しい印象を与えている。

 二年一組のクラス委員長松永清香は、どうやら委員の仕事中らしく片手にコピー用紙の束を持って微笑んでいた。


「松永か。仕事お疲れ様」


「ありがとう。委員長も色々大変なのよ?」


 フフフと清香が上品に小さく笑う。

 同時に、春馬、飛沫、隼人の三人は同様の事を思い浮かべていた。「嗚呼、同じ女でもこうも違うのか」と。


「何か落ち込んでたみたいだけどどうしたの?」

 

 先程までズドーンと肩を落としていた春馬を見ていたのか、清香は未だゲッソリとした表情の春馬の方を向いて話しかける。

 

「いや…大したことじゃないから大丈夫だ」


「もしかして、また面倒事(トラブル)?」


 力なく首を横に振る春馬に、心配そうな視線を送りながら清香はオズオズと問いかける。

 春馬はまた同じように首を横に振るのだが、その隣では飛沫が苦笑し、隼人がハァとため息を漏らすので清香は困ったように苦笑する。

 またか。という気持ちの苦笑であった。春馬が面倒事に巻き込まれるのは清香が知ってる限りでも既に複数件に登る。

 春馬の不幸体質も清香の心配の種の一つである。


「今度は何? 捨て猫でも拾っちゃったの?」


「そっちの方がまだましだね~」


 呆れた調子で春馬に問う清香に返答したのは飛沫であった。

 それも苦笑しながら同情の視線を春馬に送るという複雑な表情を見せる飛沫に、清香は怪訝な表情を浮かべる。

 

「どうしたの? 結構深刻な事態になってるとか?」


「い、いや、大丈夫だよ松永。心配するほどじゃない」


「心配するほどじゃないって…」


 清香は更に怪訝な表情を浮かべ、そして心配そうな視線を春馬に送る。

 清香の中で何時も面倒事に巻き込まれているイメージの春馬なのだが、少なくない数で危険な事にも巻き込まれていると周りの噂で聞いている。

 クラス委員長である以上、あまり危険な事になるのであれば止めなければならないと清香は責任を感じているのであった。

 もっとも、春馬自身は清香に知られるワケにはいかないので、苦笑いではぐらかすしかないのだが。


「今回は大丈夫だよ。松永にも迷惑かけないしさ」


「迷惑かけるとかかけないとかの問題じゃなくて、そもそも変なことに巻き込まれること自体が駄目なのよ。春馬くんはお人好しなんだから、もうちょっと変なことに首を突っ込まないようにしないと」


 額に汗をかきながらはぐらかす春馬に、清香は段々とお説教口調になりながらジリジリとにじり寄る。

 横では飛沫と隼人がさりげなくイスを移動させて二人から距離を取り始めていた。


「だいたい春馬くんはアレコレと危ない橋を渡りすぎなのよ。人助けは良いことかもしれないけど、それで危ない目に会ってることだって沢山あるんでしょう? ホント男の子ってそういうことするのが格好いいと思ってるかもしれないけど、心配するこちらの身にもなってほしいわ」


「あ、あの…松永さん?」


「春馬くんももう高校二年生で十七歳なんだから節度を守って、堅実な人生を送らないと、この先の人生損ばっかりしちゃうよ? そりゃ人助けをするなとは言わないけど、それで自分が危ない目に会ってたら元も子もないじゃない」


 段々と白熱してきた清香がメラメラとその目に炎を燃やして怒涛のお説教モードに移行しようとする。

 早々と離脱を試みようとしている飛沫の袖を掴んで逃がすまいとする春馬が飛沫と小さな争いを繰り広げながら、それでもまだとどまることを知らない清香のお説教はここからしばらくの間続くこととなった。

 具体的にどのくらい続いたかと言うと、少し離れた場所で読書を始めた隼人が数ページ読み終えるまでお説教は続いた。

 どうやら色々と言いたいことが溜まっていたようだ。と隼人が冷静に清香の心理状態を分析していると、ようやく清香のお説教は終わりを告げた。


「で? 今回はどんな面倒事(トラブル)?」


 フゥと清々しい表情を見せる清香が締めに問う。

 更に疲れの増した春馬は、それでもまさか清香に「年下の女の子が家に転がり込んだ」とは言うわけにはいかないので、どうしたものかと視線を右往左往し、ついでに滝のように汗を流す。

 それをジッと観察していた清香は、春馬が人に言えないような面倒事を抱え込んだものと判断し、更にグィと春馬に詰め寄る。

 お互いの鼻先が触れ合う程まで清香が接近し、淵の細いメガネの奥の瞳を熱く燃え上がらせながら威厳のある声で再度問う。


「ど・ん・な・面倒事(トラブル)?」


「え、え~っとですね…」


 離脱に成功した飛沫から見れば、まるで清香が春馬にキスを要求しているようにも見えるが、同時に清香の背後のオーラがドス黒く光り、あたかも不良がカツアゲをしているようにも見える。

 実際にはカツアゲをしているように見える女子生徒は飛沫のクラスのクラス委員長様で、真面目で優しく人徳がある人なのだが。

 少々母性というか保護欲が強すぎる清香がこうやってお節介を焼くのは何も春馬だけではないのだが、事あるごとに面倒事に巻き込まれる春馬とそれを心配してついでにお説教する清香の図は最早二年一組の見慣れた風景と化しているので、不思議なことに注目する生徒は少ない。

 少し離れた場所で飛沫が生暖かい目で見守り、反対側では隼人が小説に目を落としている。他の生徒は自分たちの世間話に夢中である。


「しょうがないな春馬くんは…こうなったら私の必殺技を出すしかないようね」


「さ、最近の女子高生は必殺技を持つのが流行なんですかッ!?」



 清香が手荷物を置き、両手を高々と掲げて呪文のような言葉を呟き始め、春馬が身を縮ませて逃げ出そうとする。

 そんな時だった。



 ガヤガヤと騒がしい教室の扉が勢いよく開く。

 しかし、それ自体は往来の激しい昼休みには珍しくない光景なので、今更誰もそちらを振りむこうとはしなかった。

 が、問題はその後であった。

 男女の談笑が支配する教室に、それを上回る音量の声が、響き渡る。



「ハ~ル~マ~さーーーーーーん!!!!」


 瞬間、それまで迫りくる清香の必殺技に身を縮ませて防御を試みようとしていた春馬は、耳に突然飛び込んだ声の主を無意識のうちに脳内で検索を掛けていた。

 そう、今この瞬間に教室中に響き渡る大声を発し、一瞬教室を静寂へと押し遣った張本人の声と、春馬が最近知り合った一人の少女の声は酷く似ている。

 正確に言えばその少女はただの少女ではなく、現在清香との押し問答の答えとなるべき少女なのだが、それはこの際置く。

 ここで重要なのは、もしこの声の主が春馬の思い浮かべた少女と一致するなら、その少女は何故この教室に訪れたのかということなのだ。

 

「ハルマ…さん?」


 手刀が春馬の眼前にまで迫っていた清香が攻撃モーションを止め、呟く。

 キョトンとした表情で頭上に疑問符を盛大に浮かべながら春馬を見るが、そこで清香が見たのは、先ほどよりも大量の汗を滝のように流し、顔面を蒼白にした春馬であった。

 周りの生徒も同様にキョトンとした表情を浮かべ、一斉に教室の扉を開けた人物を見て、その後また一斉に春馬に注目する。

 一瞬で静寂に包まれた教室で注目の的となった春馬は、ダラダラと汗を流しながら呟いた。



「な、何故お前がここに居る」



 教室の扉には、本来学年が違うはずであり、ココには訪れるはずのない人物。

 ついでに言うならば、今回の春馬の面倒事(トラブル)。宇佐見揚羽が満面の笑みで立っていた。

 


「ああ!! 居ました居ました春馬さん。探しましたよ~」


 そう嬉しそうに言いながら、クラスの視線の集中する先で春馬を見つけた揚羽は、そのまま上級生の教室であるにもかかわらずズカズカと入り込む。

 一同が呆気にとられた表情を浮かべ、春馬が凄まじい勢いで自分の中で嫌な予感が増殖されていくのを身を以て感じ、飛沫と隼人が何故か遠い目をしていると、その間に揚羽は満面の笑顔のまま春馬と清香の前まで到着した。

 

「いや~約束したじゃないですか春馬さん。忘れるなんてヒドいですよ~」


 到着するやいなや、ヒョイと清香の手刀を何事もなかったかのように横に退かし、固まったままの春馬の手を取って引っ張る。

 その行動に釣られるようにクラスの視線が、春馬の居た席から黒板の方へと移って行き、茫然と連れ出されようとする春馬と連れ出そうとする揚羽を見送る。

 そこで初めて、清香が口を開いた。


「ちょ、ちょっと待って!!」


 ピタリと、まるでそのセリフを待っていたかのように、揚羽の足が止まる。

 そこは丁度黒板の正面で、クラスの注目を一番に集める場所であった。

 清香の問い掛けをきっかけに、クラスの一同がようやく沈黙の呪縛から解放された。そして、一瞬でザワザワと騒がしくなる。

 しかし、その騒音にも負けず清香は大きな声で更に質問を繰り返した。


「あ、アナタはいきなり押し掛けてきて、春馬くんをどうするの?」


 何をどう質問して良いか分からず、自然と清香の質問は曖昧なものになった。

 しかし、その質問を予想していたのか、春馬の手を取って教室から出ていこうとしている体勢のままの揚羽は口元に緩く弧を描く。

 そして、勿体ぶったようにキョロキョロと周りを見渡し、春馬から見れば酷く芝居がかった戸惑った表情を浮かべる。

 

「えっと~…それはぁ~」


 揚羽がモジモジとTHE女の子風の仕草をしながら、さも言いにくそうに口を開く。

 しかし、その前にようやく緊急事態のエマージェンシーコールを脳内に鳴り響かせた春馬が揚羽を高速で黒板の方へ振り向かせた。

 そのまま後ろに聞こえないように小声で喚く。春馬と揚羽の後ろでは、多数の生徒が様々な表情で二人を見ている。



(ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!!)


(なんですか春馬さん。ここからが大事なところですよ)


(いいから待て! そして、状況を説明しろ!)


(だから、昨日話した『策』ですよ)


(お前何企んでるんだーーーー!!)


(いいから春馬さんは泥船に乗ったつもりでいてくださいよ)


(泥船って自分で言っちゃったよ!)


(大丈夫ですから私に任せておいて下さい)


(ちょっ、おま――――――)



 小声会話を途中で切り上げた揚羽が、何事もなかったかのようにクラスの方へ向き直る。

 そして完璧な営業スマイルを顔面に貼り付け、これでもかとクラスに愛想を振りまいている。

 その横では、これから起こることを薄々勘づいてきた春馬が顔面を蒼白にし、脂汗を盛大に流す。

 そして、思いついたかのように春馬が助けを求める視線を飛沫と隼人の居る方向へ向ける。がしかし、当の飛沫と隼人は二人そろって窓の外の小鳥を遠い目をしながら眺めるばかりであった。



 心の中で「裏切り者ッ!!」と叫ぶ春馬をよそに、揚羽はゆっくりと、そしてはっきりと口を開いた。





「私、春馬さんとお付き合いすることになりました。キャハ♪」






 江里高校。昼休み。

 宇佐見揚羽が超ド級の爆弾をブン投げた。



 






 



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