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不法占領下の日々  作者:
第一章:占領開始
16/20

夜空の下


今回短め。




 数台の黒塗りの高級車が、直江家の前から走り去ってゆく。

 黒服の男達と強面大男である文吾を乗せた一団は、終始何処のマフィアかと突っ込みたくなるような異様な集団ではあったが、何とか某公務員の人々に見つかることもなく無事に春馬と揚羽の見送りの下、宇佐見家へと帰って行った。

 唯一黒服達の中に押し込まれた未成年の隼人は、表情こそ変化させないものの、ギュウギュウに押し込められ若干苦しそうに自宅えと帰ってゆく。



「…本当に行っちゃいましたねぇ…」


 玄関先で父親とその部下の方々を見送った揚羽が、何故か呆れたように呟く。

 

「お前が望んだことだろ?」


「いやぁ…そうなんですけど…」


 不思議そうに聞き返す春馬に、揚羽は複雑な心境で難しい顔をする。

 家を離れたかった揚羽ではあるが、こうも比較的アッサリと成功してしまえば何故か寂しい気持ちになってしまう。

 ホームシックとまではいかないが、やはり家が恋しい気持ちも自分にはあるようだ。と揚羽は改めて自分の気持ちを理解して、しかし、まだ別の部分ではこれから始まるであろう新しい生活にドキドキやらワクワクしていたりする。

 何かと複雑な自分の心境に内心で苦笑いする揚羽であった。


「そういえば」


 車が走り去り、ポツンと夜空の下に二人取り残された状態となった時に、揚羽はふと春馬を見上げる。


「先ほどはお父さんと何を話していたのですか?」


「あ? 先ほどってどっちだ?」


 揚羽の知らない文吾と春馬の会話は二つある。

 隼人が玄関に出てくるまでにした会話と、去り際に文吾が春馬の耳元で囁いた時の会話だ。

 どちらにしろ、あまり揚羽に聞かせるような内容ではないのだが、一応春馬は聞き返す。 


「どちらもです」


「あ~…まぁ何を話したかと言われたらなぁ…」


 春馬は思い出す。文吾が春馬に刺した、重厚で鋭利な釘を。春馬が見下ろす小柄な少女の父親の忠告であり、同時に脅迫だ。

 この少女を泣かせるようなことがあれば、春馬はあの大男に殺されるらしい。

 物騒な約束をしちまったなぁ…と、春馬は自分に苦笑した。


「…まぁ、娘を頼む。とかそんな感じだよ」


「あのお父さんがですか!?」


 驚いたように揚羽が目を見開く。


「あの親ばかが「娘を頼む」ですって? …にわかには信じがたいですね」


 実際には文吾は一言もそんなことは言ってない。春馬が適当についた嘘であって、本当の内容は正反対だ。

 そして、それは春馬自身が文吾に言ったことであって、簡潔に言えば文吾と春馬はどちらかと言うと敵対している状態にある。と言うことだ。

 しかし、それを揚羽が知る必要はないので、春馬は適当にはぐらかす。



 と、その時。暗く静かな夜空の下で、変な音が鳴る。

 それはまるで虫が鳴くような音であったが、鈴虫や蟋蟀のような綺麗な音色ではなく、低く唸るような音だ。

 擬音で表現するならば「グゥ~」という音であり、その音源は揚羽の腹部であった。

 一般的に腹の虫、と呼ばれる音。おなかがへった時に出る。


「…………」


 軽く頬を染める揚羽は無言のままなんとか誤魔化そうとするが、続けて腹の虫が「ぐぅ~」と鳴るので、開き直ったようにわざとらしく咳払いをすると、春馬に向かって仁王立ちをした。


「春馬さん。私はお腹がすきました」


「あぁ、そういやもう結構な時間だな」


 堂々たる仁王立ちを見せる揚羽を置いておいて、春馬は懐から携帯電話を取り出すと現在時刻を確認する。

 現在時刻は19:52。春馬が帰ってきて夕飯を作ろうとしていた時間から二時間ほど過ぎていた。


「とりあえず、晩飯にするか。色々と決めなきゃならないけど、まぁまずは腹ごしらえだな」


「腹が減ってはなんちゃら、と言いますしね」


 そう言って二人は玄関へ回れ右をして、再度直江家へと入っていく。

 すると、揚羽が何を思ったのか、もう一度春馬の方へクルリと向き直ると、深々と頭を下げた。


「そんなわけで、これからよろしくお願いします」


 よく躾されているのか、丁寧に下げられた揚羽の頭に驚きながらも、春馬は笑って答えた。


「ようこそ直江家へ」






◇◇◇◇





 文吾以下宇佐見家関係者。車内。




 沈痛な空気という言葉は、どうやらこの車内のためにある言葉なのだろう。と隼人は思う。

 ゆったりと六人は乗れるであろう高級車に、無理矢理九人ほど詰め込んでいるためにお互いの肩と肩が強く押し付けられ両側から圧迫されているので、せっかくの高級感あふれるシートの心地すら確認できない。

 しかし、後部座席に座る隼人はそんな苦痛の時間をただ黙って耐えるしかできなかった。


 正確に言えば、他の部下の方々もこの窮屈な空間に文句も言わずにただ黙って下を向いている。

 別段、車内は無言でいることが義務つけられているわけではない。普通ならば、見かけによらず和やかに世間話をするぐらいには明るい雰囲気を持っている黒服の男達なのだが、今回ばかりは事情が違う。

 

 宇佐見文吾が、盛大にため息をつく。

 それはそれはもう、この世の終わりかと嘆くかの如く、肩を落とす。

 筋骨隆々の大きな背中からは、想像を絶する量の負のオーラが放出され、元々戦国武将並みに強面だった顔立ちは、ヤクザも裸足で逃げ出しそうなほど覇気に満ちていた。

 この顔を子供が見たら、泣く子も黙るどころか、下手したら気絶する。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!という地鳴りに似た効果音さえも聞こえてくる気がしながら、隼人は気の毒にも文吾の私情に付き合わされている部下の方々と共に、最高に機嫌の悪い文吾と相乗りを満喫していた。

 部下の方々は額に汗を浮かべながら、少しでも早く会社につくよう、法定速度ギリギリのスピードで車を爆走させていた。



「…隼人よ」


「なんでしょうか叔父さん」


 背後のオーラが蜷局を巻く文吾は、不意に口を開く。

 先ほどまでは、娘の前だからと抑えていたオーラが制限を解除されたため、反動で肌を刺すほどにピリピリとしたオーラが隼人をチクチクと刺していた。

 無表情のまま返す隼人であるが、無表情だからと言って感情がないワケではなく、内心では「一人で帰ればよかった」と軽率であった過去の自分を呪っている。

 

「揚羽ちゃんは俺のことが嫌いなのか」


 重低音の声が盛大なため息と共に漏れる。

 大男が狭い車内で肩を落とす姿に、隼人は頭が痛くなるのを感じながらも、律儀に返す。


「そんなことはないと思いますが」


「じゃあ何故家を出たんだ…」


「それは…社会勉強のためでしょう」


「じゃあ何でパパって呼んでくれないんだ」


「それは分かりかねますが…」


「パパはこんなに揚羽を愛しているのに…」


「…………」


 嗚呼面倒くさい。

 叔父であり、日本有数の有名企業の責任者である文吾に対して、隼人は失礼ながら内心でそう結論付ける。

 春馬の家では対面を気にして、まだ大人の対応をしていたが、身内だけになってみれば直ぐにこの状態になったのだ。

 娘の事となるとキャラを崩しまくる文吾である。

 元々は厳つい外観と、それに似合わない冷静かつ的確な手腕を発揮するやり手の経営者であり社員からの信頼も厚いのだが、こと娘の事となると躊躇なく社員を巻き込む迷惑経営者に成り下がる。

 部下の黒服達も日頃の恩からか苦笑いしながら付き合っているのが隼人からすれば申し訳ない。



「ううう…揚羽ちゃん…」


「…………」


 遂に半べそかき出した文吾を見て、隼人は黒服の一人に助けを求める視線を送るが、気づかないふりをする黒服は視線を逸らす。

 暗に文吾の相手を丸投げされた隼人は、文吾に聞こえないように小さくため息をつく。

 

「そう落胆なさらなくても、偶には帰ると言っていたでしょう」


「偶にってどれぐらいの頻度だ」


「知りません」


 冷たく突き放す隼人に、文吾はムッと皺を寄せる。

 だが直ぐに肩を落とし直した


「嗚呼、嗚呼、嗚呼…今日から家に帰っても揚羽が居ないなんて…この世の終わりだ」


「…旦那様。お気を確かに」


 見かねた一人の黒服が声を掛けるが、ギロリと睨む文吾の剣幕に、蛇に睨まれた蛙のような声を上げ、すごすごと元の位置へ帰っていく。

 部下に八つ当たりするような人ではない文吾が無関係な部下に八つ当たりをする辺り、大分混乱しているようだ。

 


 しかし、ふと文吾が深呼吸するように大きく息を吐くと、萎れていた肩を起こし、哀愁と覇気が入り乱れていた顔がある程度落ち着きを取り戻す。


「隼人」


「はい」


 しっかりとした口調に戻った文吾が、隼人に問う。


「直江春馬という少年は…どんな男なのだ?」


 ゆっくりと文吾は隼人の方を向き、心底解せないような戸惑いの表情を向ける。

 それに対し、隼人は、もう一度深くため息をつくと、車の進行方向を真っ直ぐに見つめて口を開く。


「奴に任せていれば、大丈夫でしょう。奴は、叔父さんの考えているような、普通の高校生ではありません」


 真っ直ぐと正面を向き、遠くを眺める隼人は、相変わらず無表情のまま淡々と話す。

 その表情から感情を読み取ることは出来ない。


「揚羽が、他の男の家に泊まると言いだしていたら、僕も反対していました。ですが、揚羽は偶然であれ、春馬を選びました。だから僕は、特に賛成も反対もしなかったんです」


「………」


「春馬なら大丈夫ですよ。根拠はと言われたら、それに答えることは出来ませんが…」


 すっかり日の落ちた夜空の下を疾走する車の中で、数人の男達は隼人を見る。

 宇佐見家の血縁であり、同時に春馬の親友である少年は、ただ傍観するだけの第三者のような姿勢のまま、淡々と自分の見解だけを述べてゆく。

 そして、言う事は言い終わったとでも言うように、隼人は口を閉じる。


「…それは、俺の問いに答えていない」


 不満げに顔を顰める文吾。

 隼人にしては珍しい中途半端な結論に、文吾は内心で怪訝な表情を浮かべる。

 しかし、隼人は、不満げな文吾に対して、薄く口元を吊り上げる。年齢が一回りも二回りも違う文吾を食うような笑みだ。


「そのうちわかりますよ」




 隼人を乗せた車は、そうして夜空の下を駆ける。
























 

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