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不法占領下の日々  作者:
第一章:占領開始
13/20

親の心子知らず


「揚羽ちゃんに手を出す奴はぶっ殺す!!」


「日頃の鬱憤解消……もとい、応戦……もとい、誤解を解きます」


 

 という感じで、火蓋は切って落とされた。

 直江家玄関からリビング周りまでの数メートルを戦場とした宇佐見家親子喧嘩は、頭に血が上った状態の揚羽の父と側近らしき数名の部下がミニガンを乱射(というより掃射と言った方がより正確)し、全くの部外者(飛沫)を加えた非戦闘員の三名に本来の目的である愛娘あげはすら巻き込んで直江家リビングに銃弾の雨を降らせた。

 揚羽の父親が誤解120%の理由で攻撃していると早々に理解した春馬と揚羽は、その場で誤解を解こうとするものの無理と判断し、何故か嬉しそうに揚羽が応戦することとなる。


 とは言っても所詮は父親の誤解から始まったことであり、それに加えて応戦するのが愛娘ということもあってか。

 銃撃戦の開始から数分後、ミニガンを乱射したおかげでようやく頭に上っていた血が下りてきたのか、揚羽の父親が耳元で叫ぶ側近の部下の声を聞き取り、「む? 何故俺は娘とサバゲーやっとるんだ」と我に返って父親がミニガン乱射を止め、比較的アッサリと直江家を舞台とした宇佐見家親子喧嘩は終戦となった。

 銃撃戦の終了と同時に「チッ…撃ち足りません」と不満顔の揚羽が父親の元まで行って事情を説明。



 無事、親子喧嘩は終戦。

 戦後処理と共に、交渉へと移ることとなった。

 とは言っても、戦場となった直江家はいくら言い繕おうとしても無事とは言えない状態となっていたが。




「ガハハハハハ。これはすまん事をしたな君」


 全くと言っていいほど言葉に反省の色が見られない朗らかで尚且つ野太い声。

 ミニガンを乱射したことで頭の冷えた揚羽の父は、頭に手をやりながら豪快に笑い飛ばしていた。

 身長は一八〇センチを超える程で、かなり完成度の高い筋肉が全身くまなく整えられた大男である。顔には多少年齢を感じさせる皺が刻まれており、揚羽と同じように大きな瞳は厳格さと包容力を感じさせる色をしている。そして、自信に満ち溢れたような豪快な笑みをうかべるのであった。


「申し遅れたな。揚羽の父、宇佐見文吾うさみぶんごだ」


 まだBB弾の散乱している直江家リビングのイスの一つに文吾がデンと座っている。

 体格が良い上に姿勢もよいので、正面に座る春馬はなかなかの威圧感を感じていた。

 テーブルを挟んで向かい側に春馬が座り、その左右に飛沫と揚羽が座って、文吾の横には隼人が立って控えていた。ちなみに、春馬の手首の拘束はこの段階でようやく外されており、晴れて春馬は自由の身になっている。

 もっとも、幾度となく降りかかる面倒事の連鎖やBB弾による物理的ダメージでボロボロではあるが。

 そんな春馬は、文吾には見えないように後ろを向きながら、聞こえないように隣に座る揚羽に小声で問いかけた。


「あの…他人の家を荒らしまわった割には謝罪が軽すぎる気がするんだが」


 合わせて揚羽も後ろ向きに小声で応対する。顔が引き攣っているのはおそらく気のせいではないだろう。揚羽は春馬の色々な質問に答えるためにわざと春間の隣の席に座っているらしい。


「残念ながら、決して春馬さんを侮ってるとかいうのではなくて、コレがお父さんのいつも通りです」


「ミニガン乱射した本人とは思えない朗らかな笑みなんだが」


「自分でいうのも何ですが、娘の事となると人が変わります」


「ところで、この荒らしまわされた室内はどうなるんだ?」


「全部責任を持って宇佐見家…と言うかウチの会社が修繕するのでまぁご心配なく」


「それならいいんだけどさ」


 額に汗を浮かべながら回答する揚羽を春馬は微妙な表情で見る。

 先ほどから揚羽のようすが変である。初めは春馬を拉致監禁してきた娘が(父親は襲撃、どちらにしろろくな親子ではない)父親が登場してからは借りてきた猫とまではいかないにしろ、大人しくなっている。

 父親に苦手意識を持っている類か、本人も父親がウザいと公言していたのでそうなのだろう。

 と、宇佐見家親子関係を観察していた春馬の横を、黒服を着た男の一人が小型掃除機を持って四つん這いで移動していく。床のBB弾の回収作業をする、先ほどの戦闘で文吾のミニガンの弾倉を交換していた人たちである。

 どうやら修繕などはこの人達がやってくれるらしい。


「直江春馬君と言うのかね?」


「あぁ、はい」


 野太い声をかけられて、春馬は姿勢を正した。


「この度は色々と迷惑を掛けたようだな。娘に代わって謝らせていただく」


 大男の頭が、若干下がる。

 あぁいえいえ。などと春馬は言うが内心では「本当勘弁してください」という気持ちでいっぱいだった。娘に代わってと言っているが、リビングに転がっているBB弾のうち九割九分が文吾の撃った弾である。

 被害で言うと文吾の方が圧倒的に迷惑であった。


「私はてっきり直江君が娘を誑かして家出させたのかと思っていたが、どうやらウチの娘が無理矢理ここに押し掛けたみたいだな。娘には後でキツく言っておく」


 また若干文吾の頭が下がる。とは言っても申し訳程度に下がるだけで、取りようによっては対象が遥か年下であっても家を荒らしまわったにしては失礼とも取れる態度だ。

 まだ春馬が誑かしたという可能性も疑っているのだろう。視線には多少、疑いの色も含まれている。

 そんな雰囲気を感じ取ったのか、飛沫がピクリと眉を動かす。しかし、春馬自身はあまり気にしていない。

 親が子供を心配してどこの馬の骨とも知れない男を疑うのは当然だと処理していた。


「よもやこんな場所に居るとはな…」


 戦国武将のような顔立ちの文吾が、苦虫を噛み潰したような表情をする。

 そのままチラリと揚羽の方に視線を向けると、揚羽は「うっ…」と冷や汗をかいて体を微妙に遠ざける。


「隼人からの連絡がなければ、警察に捜索願を出すところだったぞ」


 文吾がハァとため息を付き、呆れたように目を閉じて首を左右に振る。隣の隼人は無表情のまま事の成り行きを傍観しているようだった。

 そんな文吾に対して、揚羽は意を決したように身を乗り出す。


「お、お父さん!!」


「黙れ」


 瞬間、覇気を纏った低い声が揚羽の声を押しつぶす。

 腹の底から響くような文吾の声は、音量こそ大きくないもののその場の全員の息を飲ませるには十分であった。

 ふと、春馬は揚羽本人が言っていた親ばかキャラが文吾に当て嵌まらないことに疑問を浮かべる。

 押し黙った揚羽に、たっぷりと間をとった文吾が口を開く。



「パパと呼べと何度も言ってるだろう。…もしくはダディでも可」



「……………」


「……………」


「……………ん?」


「……………ぅん?」


 一瞬にしてリビングが微妙な雰囲気に包まれる。

 回収作業をしていた黒服の人々も一旦手を止めて、各自微妙な表情を作る。

 どうやら、先ほどのドスの効いた声は、娘に厳しくしたワケではなく、単にパパと呼んで欲しかっただけのようだった。

 いきなりのセリフに春馬と飛沫は語尾に疑問符をつけるが、宇佐見家関係者はただただ微妙な表情を浮かべるのみであった。


「いえ…ですからお父さん」


「パパって呼びなさい!!」


「………」


 ビキリと揚羽の額に青筋が走る。顔だけは必至に無表情を保っているものの、口元がピクピクと引き攣っているのが確認できた。

 側近の部下らしき小型掃除機を持った男性はどこか遠い目をしている。


「…パパ」


「もっと笑顔で!!」


 ブチッと何かが切れる音が聞こえる。

 しかし、何とか耐えた揚羽は頬の筋肉を無理矢理動かして笑顔と取れなくもない表情を父親に向ける。

 この時点で春馬は文吾を親ばかキャラ認定していた。


「パパ♪」


「何だい揚羽ちゃん」


 震えた声で語尾に音符マークまでもサービスする揚羽だが、春馬からは揚羽が背後にドス黒いオーラを纏っているように見える。かなり無理をして耐えているのだろう。ここで揚羽がキレては折角隼人が用意した話し合いの機会が泡と消えることを自覚しているようだ。

 テーブルの下で震える手がベレッタM92Fを掴んでいるのは、見なかったこととする。

 それに対し、文吾の方は愛娘の「パパ♪」に満足そうに頬を緩めている。


「私はちゃんとメールで連絡したはずですが?」


「あぁ確かに受け取った」


 うん。と頷く文吾。

 隼人が話していた「暫く家を出ます」という旨のメールだ。

 そして、一旦目を閉じた文吾は、大きく息を吐くと、続けてスゥと息を吸い込む。

 吸い込んだ空気を胸の中で味わうかのように息を止めた文吾は、また息を吐き、目を開く。

 瞬間、文吾の眼光が、緩く揚羽を見守っていた親ばかの目から、冷気と憤怒を携えた獰猛な猛禽類のような鋭い光を帯びる目へと変わる。

 纏う空気が一変した文吾に、揚羽はビクリと身を震わせた。


「だから親として責任を持って子供を探したまでだ。無断で家を出た子供を放っておくほど俺は無責任な親ではない」


「……私はその前に、ちゃんと家を出るとパパに言って、その上で合意を貰ってますよね? 私が家を出ることは予めパパに言ってありますし、パパにとやかく言われる筋合いは無い筈です」


「あぁ。確かに俺は条件付きで家を出ることは許可した。確か揚羽ちゃんは社会勉強のためだと言っていたな」


「はい。そうです」


「俺も揚羽ちゃんにはもっと社会を知ることが必要だと思っていたから、揚羽ちゃんの頼み自体はやぶさかではなかった。寧ろ、揚羽ちゃんが言わずとも俺から提案する予定だった」


 文吾は自分の娘に甘いが、かといって全てにおいて甘く育てた覚えはない。

 厳しくするべき所は厳しく教育したし、文吾が父親から継いだ有名企業の社長令嬢としてどこに出しても恥ずかしくない程度には教養を身につけさせている。

 そして、母親からは恵まれた容姿を受け継ぎ、たとえ社長令嬢でなくとも魅力的な女性に成長することが期待できる美少女に成長していた。

 文吾にとって揚羽はまさしく蝶よ花よと育てた大切な愛娘なのだ。

 

「しかし、家を出るとしても、親に何も言わずに突然家を出ることを許した覚えはない。親に「暫く家を出る」だけ書かれたメールだけ一方的に送りつけておきながら、自分の居候先さえも言わずに姿を消すなど言語道断だ」


 ぐッと揚羽が苦虫を噛み潰したような顔になる。

 事の成り行きを傍観している春馬も何となく文吾の話を聞いているが、確かに聞く限りでは文吾の言っている事の方が正しい。

 春馬は当然人の親ではないので、文吾の本当の心境はわからないが、本人が箱入り娘と自覚するぐらい大切に育てた愛娘が突然家出したのならば心配して探しに行くのが親の心理と言うものだろう。

 家を出ることを承諾しているのとは別問題だ。

 と、言うよりも宇佐見家親子双方には条件の解釈に相違があったのだろう。

 揚羽は勝手に家出する許可を貰ったと認識し、文吾は自分が揚羽の居候先を探すものだと思っていた。


「で、でもパパは何処の家に泊まるだとか、何時から泊まるだとかの条件は言わなかったじゃないですか」


「そもそも娘を泊まらせる所など、そうそう見つかる筈もないだろう。俺が時間を掛けてじっくりと調べて何件かに絞った上で、お前に選ばせる予定だったのだ。…勿論、若い男など居ない安全な物件をな」


 チラリと春馬に対しての皮肉を漏らす。否、春馬に対しての皮肉ではなく、春馬のような若い男の家に転がり込もうとした揚羽に皮肉を言ったのだ。

 結果として、何もしていない春馬に皮肉を言われたように感じたのか、また飛沫の眉がピクリと動く。文吾の後ろに控える隼人もマイクロ単位で顔の表情が変化する。あまりいい気はしないのだろう。

 とは言っても文吾は春馬の素性を一切知らないので、仕方がないと言えば仕方がない。文吾にとって春馬とはただの若い男である。


「…全く、探してみれば、親戚の家にもお前の友人の家にも居ない。何時の間にやら家のキャリーバックが消えていて、キッチリと外泊の準備を整えている。…まるで前々から計画を練っていたようだな」


 ジロリと大きく輝く目が圧力を持って揚羽を睨む。

 隠密に計画を進めていた揚羽は、家の誰にもバレることなく準備を進めていた。そして、全く唐突なタイミングで家から脱出したのであった。


「………何が不満だった?」


 ふっと娘に向ける鋭い視線を解いた文吾が問う。

 その声には有無を言わせない迫力に満ちていたが、同時にどこか悲しげな色を含んでいた。

 揚羽がどんな理由であれ家を無断で出たということは、家に不満がったのだろう。それが文吾には悲しかった。


「…………」


 俯いて下を向く揚羽は、何も答えない。


「俺は正直親ばかだ。お前を甘やかしてきた自覚はある。だが…だからこそ、お前が何が不満だったのかが分からない」


「…………」


「…まぁいい」


 俯いて黙ってしまった揚羽に文吾はため息を漏らす。

 この辺り、自分が親ばかであることを嫌でも思い知らされる。このままでは揚羽が泣いてしまうかと思ってはそれ以上追及できないのだ。揚羽があまり涙を見せない強い子であると分かっていても、自分が勝手に一歩引いてしまう。


「家出の理由については帰ってから改めて聞く。…だが、問題はまだある」


 もう一度、文吾は無理矢理厳しい視線を作る。これについてはしっかりと説教しておかなければならない。

 ふと周りを見れば、側近達がBB弾の回収を終えようとしている。先ほどの銃撃戦の騒ぎを聞きつけた近所の住民に、説明をしにいった部下達もそろそろ戻るころだろう。

 今ゆっくりとここで話せているのは部下達のおかげなのだ。


「百歩譲って家出はよいとしよう。社会勉強をしたいと言う姿勢は悪くないし、たまには親に黙って悪さをするのもいいだろう。しかしだ」


 チラリと文吾はイスに座って自分に視線を向ける直江春馬という少年に目線を向ける。

 文吾の弟の息子である隼人や、その隣にいる謎の少年のように見目麗しい美少年といった風貌ではない。顔立ちは整っているものの、比較的普通の容姿をしており、外見だけではどのような人柄か判断が付きにくい。

 唯一文吾が感じたのは、直江春馬という少年が纏う空気が文吾の中での一般的な若者とは少し異なることぐらいか。しかし、それもどう表現していいものか自分でも分からず、気のせいのようにも思える。

 そのことは置いておくとして、文吾はまた揚羽に視線を向ける。


「揚羽ちゃんは仮にも年若い女の子だ。それに、我が家の一人娘でもある。そんな揚羽ちゃんが、どこのだれとも知らない男の家に転がり込むと言うのは、絶対にあってはならないことだ」


 

 親らしく毅然とした態度で諭す。

 親にしてみれば、娘が家出しただけでも心配なのに、男の家に転がり込んだとなれば心配どころではない。


「自分が女の子で、しかも社長令嬢ということを自覚しろ」


 娘はそれでなくとも、親の贔屓目無しに美しい容姿をしている。

 だとしたら、この先娘にちょっかいを出す男は多い筈である。だからと言ってホイホイ付いていくような女になってほしくない。


「もっと自分を大切にしなさい」


 確かにいつかは揚羽も恋人を作る日が来るのだ。そして遠くない未来にはだれかと結婚をして宇佐見家から旅立つかもしれない。そのことを考えると文吾はその相手をミニガンで塵も残さず撃ちつぶしてしまいたくなる衝動に駆られるが。

 だとしても、今回のような軽はずみな行動だけはやめてほしい。親として、娘が不幸になる道には行ってほしくない。本当は男なんて作ってほしくないが、どうせなら良い出逢いで男を作ってほしいと思うのが親の性なのだ。

 

「ちょっと待てよ」


 不意に、揚羽ではない声が横槍を入れる。

 文吾が声の方を向くと、その声の主は、先ほどから春馬の隣にいる見目麗しい美少年。片桐飛沫であった。

 懸命に怒気を抑えた声。しかし、抑えきれない怒気が言葉を鋭く尖らせて、文吾に向けられる。


「さっきから聞いてたら、まるでハルマがこの娘に手を出す性悪男みてぇじゃねぇか」


 まるで自分が罵られたかのように鋭い目で文吾を睨む。

 飛沫にとっては、今日会ったばかりの揚羽よりも、文吾にどこの馬の骨とも知れない男として言われている春馬の方が大事であり、大切な親友が罵られているのを黙ってみていられるのも限界であったのだ。


「ハルマはそんな奴じゃねぇ。アンタはしらねぇだろうけど、コイツは滅茶苦茶いい奴なんだ。そもそも今回だって春馬は巻き込まれた側だし、最後まで揚羽ちゃんが家に住み込むことに反対してたしな」


「やめろ飛沫」


 年上に対して敬語も使わずに噛み付く飛沫を当の本人である春馬が諌める。

 

「ハルマこそ怒れよ。人の家の親子喧嘩に勝手に巻き込んどいて、嫌味言われてるんだぜ? ほんとならもっと謝ってもらってもいいところだろ」


「いいんだよ。確かに宇佐見さんの言い分は親として当然だからな。俺は別にかまわない」


 苦笑しながら飛沫を諭す春馬。

 それを見て文吾は春馬という少年に評価をつけるのに更に困惑する。若者にしては随分と落ち着いた解釈だ。

 普通ならばそこの飛沫という少年のように怒ってもいいはずなのである。と言うより、怒って当然の場面だ。

 なのに春馬という少年は、苦笑とはいえ、口元に笑みすら浮かべている。


「親が子供を心配するのは当然。その子供が転がり込もうとしてる家の男が馬の骨に見えるのも当然だよ。逆の立場だったら俺もそう思うだろうしな」



 飄々と、どこか余裕のある表情を浮かべながら春馬は話す。

 

 

「親の立場からしたら、アンタは正しいよ宇佐見さん。だけどな」



 クィと春馬は座りながら、親指だけで隣に座る揚羽を差す。

 揚羽は、先ほどから下を向いて微動だにしない。文吾の位置からは揚羽の長い髪が邪魔をして表情が見えないでいた。

 そんな愛娘の姿を心苦しく思っていた文吾は苦虫を噛み潰したように薄く顔を顰める。


「一応、娘さんの言い分も聞いてあげたらどうですかね。さっきから黙ってるけど、きっとコイツも言いたいことがあると思うんですよ。…親としての宇佐見さんの意見は勿論正しいと思うけど、コイツにだって理由があるでしょうから」


「……何かあるのか、揚羽ちゃん」


 春馬の提案に文吾は苦い顔のまま娘に問いかける。

 飛沫が怒った手前、余所者が口を出すなとは言えず、文吾としても揚羽の様子が気になっていたので遠慮がちではあるが、見た限りでは沈んだように見える揚羽にもう一度問いかけるのであった。

 その問いに、揚羽は顔を伏せたまま小さく呟いた。






「私は―――――」



  

 

  



 









  

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