援軍登場?
「「隼人兄ぃ?」」
人数が一人増えた直江家リビングに、素っ頓狂な声が二重に重なる。
それは、揚羽がポツリと呟いた言葉に対して、春馬と飛沫が反射的に返したものである。
そのままその場の空気が固まり、数秒静寂に包まれる。
「…隼人君。隼人君。どういうことかね?」
飛沫が、事態を全く飲み込めていない風に目を細めながら隼人の方を向く。
ちなみに、現在の状況はリビング入口付近に隼人が立っており、中央にはM4カービンを構えた揚羽と手錠の拘束から解放された飛沫がおり、そして、両者の真ん中には、未だに手錠に繋がれたままの春馬が鎮座している。
この状況を見た隼人は、ため息混じりに答えた。
「まず先に言っておく。俺とそこの馬鹿は元々知り合いだ」
「ちょ、馬鹿の上に私の名前を読みで使うのは止めてください」
我に返った様子の揚羽は、銃の構えを解きながら抗議する。
どことなく焦った様子だ。そして、銃の構えを解いた所から見ると、飛沫の時のように、隼人を拘束しようとはしないらしい。
先程は躊躇なく初対面の飛沫に発砲したクセに、今度は心なしかジリジリと後ろに下がっている。
そして、何故かダラダラと額から汗を流している。完全に逃げ腰だった。
「それで…お二人のご関係は?」
バトンタッチするように、今度は春馬が隼人に問う。
勿論『隼人兄ぃ』と呼ぶような関係についてである。
「俺とコイツは、いわゆる親戚関係だ。俺の父親とコイツの父親が兄弟の、な」
また、暫くの沈黙の時間に突入する。
今度は主に春馬と飛沫が状況を整理する時間だ。
「いやいやどんな関係図だよッ!!」
沈黙の後、思わず春馬は身を乗り出して突っ込んだ。
本来突っ込むべき所ではないのだが、突っ込まずにはいられない。
まさか、自分の家をターゲットにした犯罪少女と、自分の親友が意外と近しい関係だったとは。
世間というのは意外と狭いものである。
「い、いや。ちょっと待ってくれ。仮にそうだとしても、何で隼人がココに? てか、アレ? 確か少し前にメールをくれたよな。それと関係があるのか?」
「ふむ。諸々全て、説明しなくてはいけないな…」
困惑した春馬に対して、隼人は一度顎に手を当てて思案する。
そうして、隼人はここまでに至った経緯を話し始めた。
◇◇◇◇
曰く、始まりは今日の図書室での財宝探索から。
春馬と飛沫が図書室に行くと言いだして、流れで隼人も付いていくことになったのだが。
その時隼人は図書室に、よく自分の親戚である揚羽が出没することは知っていた。
が、その事は別段何も問題はないことなのでスルーしていた。当然と言えば当然だろう。
しかし、事態は隼人が帰宅してから起こる。
隼人の父親の兄で、揚羽の父親である伯父から「揚羽から、”暫く家を出る”という内容のメールが送られてきた」という内容の連絡が入ってきて、隼人の家に訪ねてきてはいないかと聞かれた。
当然揚羽の行方など知らない隼人は、知らないと返したが、伯父は揚羽の女友達・親戚の家・ホテル・その他様々な場所を手当たり次第、ローラー作戦並みの規模で捜索したが、まだ発見に至っていないと言ったのだ。
しかし、隼人に取っては揚羽はそこまで親しい付き合いでもないし、年に二、三度合う揚羽はどちらかと言うと隼人が苦手なタイプだったので、深入りもせずにその場は「揚羽が訪ねてきたら連絡する」と言って終わった。
と、ここで隼人は嫌な予感に襲われる。
確か揚羽はよく図書室を利用していると聞いていた。
そして、今日偶然、自分の親友二人がその図書室を利用している。
そしてそして、偶然にもその内の一人は一軒家に男の一人暮らしという高校生には珍しい境遇。
もし、仮に、揚羽が自分の親友の直江春馬に会っていたとしたら?
至極一般的に考えれば、例え一軒家があったとしても、そこが男の一人暮らしだとすれば、わざわざそこに押し掛ける女性は居ない。
しかし、隼人は何故か直感的に確信していた。
揚羽ならば、あの猪突猛進娘ならば、そんな些細な問題無視して、父親の監視の無い場所というだけで押し掛ける。
あの女に、常識は通用しない。
が、それは、隼人自身も「まさかそんなことは起きないだろう」と多寡をくくるほどの些細な可能性だった。
まさかこんなifの積み重なったような場合の事態など起きるワケが無い。
流石に幾ら何でも、こんな事はないだろう。と、隼人は考える。
しかし、嫌な予感は消えない。
何故なら、『隼人の親友、直江春馬は面倒事にとことん巻き込まれやすい体質』だから。
奴はまるで冗談のようなあり得ない確率のエンカウント率で、面倒事に巻き込まれる天才だから。
面倒事に巻き込まれる天才。それが直江春馬だから。
杞憂であってくれと、隼人は春馬の携帯電話に連絡を入れる。
しかし、結果として、隼人の携帯に返信が入ることはなかった。
そして、隼人は直感に従って、家を飛び出し、春馬の元へ向かった。
◇◇◇◇
「すると、コレだ」
やたらゲンナリとした調子で隼人は呟く。
元々あまり表情に変化がない無表情キャラが隼人なのだが、今回ばかりは分かりやすくゲッソリとしている。
しかし、ハァとため息をつく姿も様になる美男子っぷりだ。もしこの場に隼人のファン(実在する)がいたならば、かなりレアな表情を見れたと大喜びするであろう。
残念ながら、彼の目の前に居るのは彼のファンなどではなく、ため息の原因達なのだが。
正確に言えば、拘束されている親友とアサルトライフルを構える従妹だ。
「まさか、予想がこうも的中するとは…」
見事予想が当たったというのに、隼人はため息ばかり漏らす。
対して揚羽は隼人から目を逸らしてダラダラと汗を流し、春馬はどこか遠い目をしている。
唯一飛沫一人だけはよくわかっていない。
「それと、春馬には二、三謝らなければいけないことがある」
ため息を吐き終えた隼人が、もう一度春馬に向き直る。
いつも通りの無表情だが、少し硬い表情だ。
「この揚羽に、お前が一人暮らしをしているのを教えたのは、俺なのだ」
「ちょ、私と書いてばかと読むのはやめてください」
淡々と告げる隼人に、揚羽は遠慮がちに突っ込む。
何故か隼人には及び腰な揚羽の態度に、春馬と飛沫は怪訝な表情を浮かべている。
しかし、隼人が原因というのはどういうことだ? と春馬は頭に疑問符を浮かべた。
「どういう意味だ?」
「全くそのままの意味だ。…我が家では年に一,二度程、親戚一同が集まる習慣があってな、当然その度にコイツと会うんだが、その時にお前のことを話してしまった事がある」
隼人は、無表情のまま揚羽を指さす。
指を差された揚羽は目を逸らしっぱなしである。
「俺を?」
「なんて事はない、ただの世間話だったのだが…コイツが「早く家を出たい」と言うものだから、「そう言えば俺の友人に一人、一人暮らしをしている男がいるぞ」といった具合でな」
ハァ。とまた絵になるため息を漏らす隼人。
まさかそんな軽い世間話がこんな事態に発展しようとは、流石の隼人でも想定していなかったのだ。
いくら隼人であっても、そのような予想は到底無理であるし、寧ろそれを思い出して揚羽の襲撃先である春馬の家を特定したのはある種異常な推理力なのだが、隼人にとってはそんなことよりも、親友をしょうもない事件に巻き込んでしまった事に深く反省と自己嫌悪に陥っている。
「女子高生の情報網じゃなかったのかよ」
「べ、別に嘘ではないでしょう」
親戚も立派な情報源です。と揚羽は目を逸らしながら器用に開き直る。
だが、春馬はまだ納得いっていない。
「でも隼人が教えたのは、俺が一人暮らししてるって情報ダケだろ? 住所はどうやって調べたんだ?」
再度、春馬が揚羽に問い詰める。
が、揚羽はそっぽを向きながら口笛を鳴らしている。かなりベタなはぐらかし方であった。
見かねた隼人が、揚羽に代わって淡々と説明する。
「名前と他に多少の情報が分かれば、高校生が少し本気を出せば住所ぐらい調べることは出来るだろう。ウチの学校は世間に比べたら比較的、個人情報の取り扱いには気を付けてはいないようだしな」
江里高校は、この時代に珍しく未だに連絡網などでしっかりと各家の電話番号を配布するような学校だ。
下手すれば、職員室か何処かに頼めば、教えてくれそうでさえある。かなり緩いセキュリティの高校だ。
図星を突かれたのか、そっぽを向く揚羽の肩が、小さく揺れる。
「後はコイツの考えそうなことだ。親の監視が無くて比較的便利な場所。まったく。我が儘にも程があるだろう」
無表情のまま、微妙に眉間にしわを寄せて怒気を表す隼人。
「は、隼人兄ぃには関係ないでしょう!!」
精一杯の虚勢を張って、揚羽は声を上げる。
しかし、声が上擦っているうえにジリジリと後退しながら腰も引けているのでもはや虚勢さえ張れていない。
身内が来ると急に弱腰になる揚羽。どうやら、苦手意識があるらしい。
反論も、どちらかと言えば子供の我が儘に近い。
「そんな事は周りに迷惑をかけない隠れ家を見つけてから言え、馬鹿め」
ギラリと、隼人が無表情のまま鋭い眼光を飛ばす。
声は平坦なままであるが、有無を言わせぬ迫力のある声だ。
当事者であり被害者である春馬は「隠れ家見つけたら言っていいのか…?」と若干外れた感想を呟いている。
飛沫など完全に蚊帳の外である。
「お前がドコに家出しようが、どこで危険な目に会おうが知った事ではない。寧ろ多少痛い目を見るぐらいが丁度良い。…だがな」
押し黙る揚羽に隼人は畳み掛ける。
だが、声は平坦なままだ。逆にそれが迫力を生んでいた。
「他人様に迷惑を掛ける、それも俺の友人である春馬に、と言うのなら話は別だ。そんな事は俺の目の黒い内には絶対に許さんし、断じて認めん」
「うぅ……」
「分かったらサッサと春馬の手錠を解け、馬鹿め」
有無を言わせぬ隼人と、ぐぅ音も出ない揚羽。
実際にはしっかり「うぅ…」と唸っているのでぐぅの音は出ているのだが、慣用表現である。
子供を叱る大人のような場面が繰り広げられる一方、春馬と飛沫は「隼人が怒った…」と珍しいものを見た感じで、両者の間の温度差は大きい。
特に、春馬は自分のことだというのに、なんだか置いてきぼりだった。
そんな春馬に、隼人は小さく頭を下げる。
「すまなかった春馬。今回の事は完全にうちの一族の問題だ。今日のところはコイツを回収して、後日また謝罪に来る」
「あ…あぁ」
急転落下な結末に、春馬は曖昧な返事しか返せない。
春馬としは、自分がイスに座っていたら勝手に話が進んでいたようなものなので、あまり自分の事にようでなかったのだ。
と、その時。
ジャキンと。鈍い金属音がリビングに響く。
それは、M4カービンチャージリングハンドルを勢いよく引き、弾丸を装填する音だった。
「嫌です」
小さく、呟くような声が、続けてリビングに響く。
その声の主は、アサルトライフル型のエアガンを隼人に向ける。
「絶対嫌です」
明確な拒絶。ハッキリした声色。
二度目の声は、宣言するようにおおきめの声だった。
「いくら隼人兄ぃでも、今回は聞けません。我が儘だろうとなんだろうと、私は家には戻りません」
「…………」
「私は、生半可な覚悟で家出したわけじゃありません。隼人兄ぃだって、私が家出した理由ぐらい、大体検討はついているんでしょう?」
油断なく銃口を向ける揚羽。
しかし、向けられる隼人は、怒るわけでもなく、呆れるわけでもなく。
ただ冷めた目線を揚羽に向けていた。どことなく、憐れみを帯びた目線で。
「…俺からすれば、お前の動機はとても贅沢だと思うがな」
「自覚はあります。でも、それでも嫌なものは嫌なんです」
「俺がここでお前を見つけた時点で、もう手遅れだ。…早く諦めろ」
低い声で、隼人は語りかける。
説得するというよりは、聞き分けのない子供をなだめる大人のような口調だ。
「手遅れなのも分かります。元から無理のある計画だってのも重々承知です。でも、行動して、意思を示せば、お父さんも何かわかってくれるかもしれないじゃないですか」
対する揚羽も小さく呟く。
しかし、こちらは何処か、影のようなものを纏っていた。
既に諦めているような。だが、意地になっているような。
「そうか」
そして、隼人は短く告げる。
「では、お前の親を呼ぼう」
「え…?…………えええええぇえええ!!??」
一泊遅れて、揚羽が素っ頓狂な声を上げた。
しかし、それには取り合わずに、隼人は懐から携帯電話を取出し、素早く操作して耳に当てる。
『僕です。えぇ。…居ました。場所はウチの親が知っているので、そちらに案内してもらってください」
揚羽が茫然としているうちに、隼人はサッサと連絡お終わらせて、携帯をしまう。
銃を構えることも忘れて、隼人の早業を見送ってしまった揚羽は、我に返ってまた茫然とする。
例によって、この家の住人である春馬とお隣さんの飛沫は置いてきぼりである。
「ななな…何てことを…」
震えながら話す揚羽。
しかし、隼人は揚羽を無視して春馬のほうを向いた。
向かれた春馬は「は? よく分からんが…どういうこと?」といった心境だ。
「悪いが春馬。もう少し面倒なことになると思う」
「いや、話が見えないんだが…」
「なに、話は簡単だ。揚羽の父親が、ココに来る」
時刻は19:15.
無表情の天才、高杉隼人によって爆弾が投下された。
なかなか進まない…