捕虜追加と伏兵登場
一応書いておきますが、エアガンを人に向けて発砲するのは大変危険です。
まさかそんな人はいないとは思いますが、真似しないでくださいね。
「ほぅ…つまり、春馬さんはかの有名な江里高校のアイドル、片桐飛沫さんといわゆるお隣さんの関係であり、なおかつ、幼馴染であり親友という親密な関係である…と?」
「あぁ、そういうことになる」
「成程…私とした事が迂闊でした。もう少しちゃんと調べてから行動するべきでしたね」
飛沫の登場から数分後。
直江家リビングで起きた揚羽によるM4カービン乱射事件は、一旦終息を迎えた。
結果として、現在直江家のリビングには新たにもう一脚のイスが用意され、そこにもう一人の人間が手錠によって拘束された状態で座らされている。
「うううぅぅ…怖かったよハルマ…」
「おぉよしよし飛沫。そりゃ怖かっただろうに」
言うまでも無く、新たに追加された捕虜は飛沫である。
半べそをかきながら飛沫は後ろ手に手錠を嵌められて、春馬の隣に仲良く並べられている。
飛沫からしてみれば、いつも通りに春馬家に侵入するとそこには春馬と見知らぬ少女が居たワケで、しかも、春馬に事情を聴く暇もなく何故か少女がキャリーバックの中からアサルトライフルを取り出し、自分に銃口を向けて躊躇なく発砲したワケで。
そのまま本能に忠実に逃走を図った飛沫ではあったが、残念ながら、やたら慣れた手つきで飛沫を追い詰めた揚羽に難なく追い詰められ、手錠を嵌められた次第だ。
飛沫は何も悪い事をしていない。
「何で俺はいきなり襲われたんだハルマ」
「慰めにならんだろうけど、俺も同じように襲われたから。お前だけじゃない」
「つーか、コレはどういう状況?」
「……話せば長くなる」
半べそで質問する飛沫に、春馬は汗を流しながらも目を逸らす。
残念ながら、飛沫の介入で状況は更にややこしくなっているので春馬は飛沫に構っている暇は無い。
というよりも、飛沫が状況を悪化させる才能を持っていることを春馬は知っているので、あまりこの問題に深入りさせたくないのだ。
と、それに対して、大の男を二人拘束して更にM4カービン片手に仁王立ちしている揚羽は、ため息をつきながら目頭を軽くマッサージする。
どうやら、相当困っている様子だ。
「まぁ…お隣さんには遅かれ早かれ気付かれるとは思ってましたが…まさか、こんな早くに見つかる上に、お隣さんがこんな有名人だとは…とんだ伏兵です」
「俺も春馬の彼女にいきなり銃で撃たれるとは驚きだった」
飛沫はだいぶ明後日の方向を向いている想像をしているようだった。
それに対して、揚羽は至極冷静に、さらに少し冷たい雰囲気で返答する。
「彼女じゃありませんよ」
「え? 違うの?」
「違う違う。俺は乱射魔の彼女なんか作った覚えはない」
「じゃあこの子はダレだよ」
「あ゛~……後輩?」
「何で疑問形なんですか」
少しムッとした表情を浮かべた揚羽が、春馬にM4カービンを構える。
それに飛沫は慄いたように身を逸らせた。少しトラウマになったようだ。
「自己紹介が遅れました。私の名前は宇佐見揚羽です。春馬先輩の知り合いでして、少し用事がありましてお邪魔してます」
「えっと。春馬と親友で―――――」
「いえ、片桐飛沫さんですね。存じ上げております。噂通りのイケメンさんですね」
揚羽のペースで手早くお互いの紹介を終える。
揚羽の計画の中に予定していなかったイレギュラーな存在である飛沫の登場で、少し焦っているようだ。
イライラとした表情で、今度は春馬の方に矛先を向ける。
「全く、こんな情報聞いてませんよ」
「そりゃ、話す機会が無かったからな」
「手頃な男の一人暮らしだと思えば、何ですか、隣に美少年が住んでる家って」
「物凄く理不尽な理由で怒られてないか、俺」
「まだ、隣に幼馴染の女の子が住んでるとかなら許せますけど」
「……お前の許容範囲が謎なんだが」
「美少年ってなんですか。しかも学園のアイドル級って。学園のアイドルのお隣の家ってのは夢見る少女の一番の憧れと言っても過言ではないんですよ? それを春馬さんのような普通の男子が持ってるなんて…全国の夢見る乙女に謝ってください」
「誰が謝るか!!」
理不尽極まりない理論で春馬が悪者にされていた。
この土地に家を建てたのも、隣に片桐家が家を建てたのも、偶然であるので春馬に罪はない。
従って、春馬が全国の夢見る乙女に謝る必要もない。
「あろうことか、幼馴染で窓伝いに家に出入りする関係ですって?」
「何か悪意を感じる言い回しだなオイ」
「普通にこの家は女の子が住むべきでしょうよ! 何で春馬さんが住んでるんですか!!」
「理不尽極まりねぇ!!」
「BLモノの物語を書いてやろうか!」
「やめてくださいお願いします!!」
本人である飛沫そっちのけで会話は進行する。飛沫は一人取り残された様子で寂しそうだ。
「しかし、どうしましょうか」
う~んと首を傾げながら、揚羽は困った様子で眉間に皺を寄せる。
どうしましょうか、というのは直江家の占領ウンヌンの話のことだろう。
「俺としては、もうバレちゃったんだから、俺の家を狙うのを諦めて帰って欲しいんだが」
「ここまで来て諦めるなんて出来ませんよ。と言うより、ここまでやっちゃって今更後戻りなんて出来ません。何個犯罪を犯したと思ってるんですか」
「あ、自覚あったんだ」
「まぁ遅かれ早かれバレることでしたから、ここは開き直ってこのまま話を進めてしまいましょう」
「俺が言うのもなんだけど、大分グダグダになってねぇか?」
「うるさいですね。こっちも計画に無いことばっかり起きて混乱してるんですよ」
「とりあえず、飛沫だけでも解放してやってくれないか?」
チラリと春馬は横に居る飛沫に目をやる。
春馬が揚羽を家を泊めるか泊めないかはさて置き、飛沫がこの場に現れたことは偶然であり、このままこの場に居てもメリットは無いのだ。
春馬個人としても、親友が拘束されている姿を見るのは忍びないので、出来れば解放してやりたい気持ちである。
春馬の提案に、飛沫もブンブンと大きく首を上下させる。
「ダメですよ。このまま解放して、親やら警察やらに連絡されては困ります。目処がたつまでこのままココに居てもらいます」
「そ、そんなぁ…ハルマぁ、助けてくれ」
「そこを何とか頼むよ揚羽」
「ダメです。グダグダ言うようだったら、蜂の巣にしますよ」
ジャキンと、M4カービンが金属音と共に銃口を飛沫に向ける。
飛沫はそれだけで身を縮ませて小さくなってしまった。
BB弾では蜂の巣にすることは出来ないのだが、飛沫への脅迫としては効果は絶大であった。
「て、て言うか、俺全然今の状況が飲み込めてないんだけど!? せめてもう少し俺に説明してくれてもいいんじゃないかな!?」
飛沫がまた半べそをかきながら必死に抗議する。
「それもそうなんだが…どうする? 揚羽」
「………仕方がありませんから、説明しましょう」
と言うわけで、春馬と揚羽は、ここまでに至った経緯を飛沫に掻い摘んで説明する。
◇◇◇◇
「ドコのエロゲーだよ」
「やめろ。それを言うな」
身も蓋も無い感想であった。
簡単に説明を終えた二人に、飛沫は呆れた様子で返す。
飛沫の様子を見る限り、何故か少しホッとしている様子である。
とりあえず、得体のしれない少女の目的が分かってひとまず安心したのだろう。
「要は春馬がこの子を家に暫く泊めてあげればいいんだろう? じゃあそれでいいじゃん」
「え!? いやいや。それは色々とまずいだろう」
「あ、アレ!? 飛沫さん私の味方ですか!?」
飛沫のまさかの回答に、二人揃って困惑する。
それに対して、飛沫は至極適当そうに答える。
「春馬が真面目すぎるんだよ~。今の世の中結構適当なんだぜ? 本人が住みたいって言ってるんだから、泊めてあげればいいんだよ。食費とかもこの子が払うんだから、金がいるワケでもないし」
「そうだけど…」
「親が迎えにきたら引き渡せばいいだけじゃん? そこまで深く考えることか?」
楽観的な意見の飛沫に、今度は春馬が困った顔をする。
確かに金銭的な負担は春馬にはあまり無いが、かといって春馬に負担が無いとも言い切れない。
揚羽は先程の会話で堂々と『我儘が言える』という条件を出しているのだ、仮に揚羽がこの家に住めば堂々と我儘を言うのだろう。
どんな我儘を言うのかはまだ不明だが。
「そ、そうですよ春馬さん。軽く考えちゃいましょ!!」
「まさかの展開だなぁ…飛沫がソッチ側とは…」
「て言うか、元々春馬さんには決定権が無いんですから。お隣さんの許可も得たことですし、これはもう承認と受け取ってもいいんじゃないでしょうか」
「お、おいおい。ちょっと待てよ」
勝手に話を進める揚羽。
流石に直江家の家主(仮)の春馬の認証無しない話を進められては困る。
がしかし、意外な方向からの味方を得た揚羽は、意気揚々と話を進めていた。
「というワケで、私は今日から春馬さん家にお世話になりまーす」
「わ~おめでとうハルマ~」
「お、おい。飛沫まで――――」
春馬を置いてきぼりにして、二人はパチパチと拍手する。
とは言っても飛沫は手錠があるのでガシャガシャと鎖を鳴らしているだけだが。
何故か問題が円満に解決したような雰囲気が直江家のリビングに流れていた。
飛沫は「解決したことだし、親にも暫くは黙っておくから解放してくれない?」と早速揚羽に交渉しているようだった。
飛沫が揚羽に味方したのは、どうやら早く解放されたいがためという側面があったらしい。
「そういうことなら、解放して差し上げますよ」と、揚羽もポケットの中から手錠の鍵を取り出して、飛沫の手錠を解きにかかる。
と、その時。
丁度、飛沫の手錠がガチャリと外れるのと同時に。
玄関の方向から、ガチャリと、同じような音が。
何者かが直江家の玄関を開けた音だった。
「春馬、居るのか」
そして、続いて凛とした良く響く声が、リビングにまで届く。
それは春馬、飛沫共に良く聞きなれた声だ。玄関からは乱れた息遣いとクツを脱ぐ音が聞こえる。
どうやら、その人物は走って春馬の家まで来たのだろう。
乱れた息を整える間もなく、その人物は直江家のリビングへと足を踏み入れる。
「上がるぞ」
事後承諾よろしく、その人物はズカズカと直江家のリビングまで大股で歩いてくる。
揚羽は、一気に警戒の度合いを引き上げて、右手に持っていたM4カービンを構える。
先程飛沫に不意を突かれた時と、同じ轍を踏まないように銃口を玄関の方向へ向ける。
が、しかし春馬と飛沫はこの声の主を知っている。
そして、ズカズカと春馬の家へ入ってくる人物は、彼しかいない。
同時に、春馬は先刻送られてきたメールを思い出す。
ガチャリと、リビングのドアが開けられた。
「………やはり、お前か。宇佐見揚羽」
そこには、春馬のもう一人の幼馴染にしてもう一人の親友。
江里高校二大美少年の一角にして、江里高校随一の天才。
高杉隼人が立っていた。
「隼人…?」
飛沫が、困惑した声色で呟く。
それは、何故隼人がココに居る? という疑問を表している呟きであった。
しかし、春馬は違った。隼人の登場に、驚きはするものの、隼人がこの場に来ることに納得していた。
何故なら、春馬は先刻の隼人からメールを読んだから。
そのメールを読んだ時は、春馬には何の事だか良く分からなかったが、今はおおいに納得していた。
メールは『もし宇佐見揚羽という女子生徒に会っていたら、連絡をくれ』という内容。
つまり、隼人は揚羽の事を知っている。
揚羽が春馬の家に居る理由も全て、知っている。
その証拠が、リビングに入った瞬間の一言である。
「…まさかとは思ったが…つくづく春馬は面倒事に巻き込まれやすい体質だな」
「隼人。お前がココに来る理由って」
「あぁ。そうだ。そこに居る娘の事だ」
そう言って、隼人は自分の眉間を押さえながら、もう一方の手で揚羽を指す。
それにつられて、春馬と飛沫は揚羽の方に目をやった。
そこには、M4カービンを構えたまま、茫然と、そして同時に額からダラダラと滝のように汗を流す揚羽が居た。
「げ……隼人兄ぃ…」
ポツリと、揚羽は絞り出すように呟いた。