不法占領されました
非常に唐突ですが、拉致監禁されました。
という感じで、ある少年は自分の今現在の状況を分かりやすく且つ簡潔に説明した。
いや、説明したというには少々荒っぽいし、そして、国語辞書に載っている日本語としての『説明』(それがどういうものであるか相手に分かるように言うこと)という意味で言うと、全くもって『説明』しきれていないのだが、その点については残念ながら解決のしようが無いのでどうしようもないのが現状である。
しかし、それは何故だ、という問いにはしっかりとお答えする事が出来るだろう。
Q:それは何故か?
A:俺もわかんねーからだよ。
「大人しくしてくださいね」
チャキと、少年の至近距離から金属音のようなものが聞こえた。
それまで目を閉じ、前述したとおりこの状況を一人でも多くの人に伝えるために必死に脳細胞を酷使していた少年は、諦めたように目を開ける。
その眼に飛び込んで来るのは、見慣れた部屋と、見慣れない金属の塊だ。
「大人しくしていれば、たぶん、危害は加えません」
「たぶんて何だ『たぶん』って。大人しくしているからソコは断言してくれ」
なるべく刺激しないように、しかし、しっかりと突っ込む。
改めて少年は自分の眼前に晒されている物体を凝視する。
色は黒い。大きさは片手で持てるぐらいの大きさで、長さは20センチほどだろうか。グリップのようなものが付いていて、相手はそこをしっかりと握っている。
そして、握ったそれを少年の方…より正確に言うのならば少年の眼球の方に向けている。
少年に向けられた物体の先端には、1センチいくかいかないかぐらいの穴があいている。
さて、あたかも、少年はその物体の正体を知らないかのような描写ではあるが、非常に残念というか、少年はこの物体の正体を知っている。
銃だった。
まごうことなき銃だった。
より正確に言うのならば拳銃だった。
より国語辞典的表現で言うのならば、『発射した弾丸により人畜を殺傷する武器』だった。
より詳しく言うのであれば―――――ベレッタM92F。
イタリア製多目的拳銃。口径9mm×19。重量975g。全長217mm。装弾数15発。
現アメリカ軍正式採用拳銃であり、イタリア軍、韓国軍、各国警察機関、航空保安官、麻薬捜査官などの国家機関に、幅広く使用されてい て、ハリウッドなどではアクション映画などでもよく見る。
しかし、物体の正体がわかった所で、この状況は一つも進展しない。
寧ろ少年の思考はさらなる混乱へと向かうばかりだ。
少年は思う「いや、ちょっと待て。ここは日本だぞ」と。
「…まぁアナタの気持ちも分からなくはありません」
不意に、自分に拳銃を突きつけている相手が、ため息をつくように、少年に同情的な声色で話しかける。
その間にも拳銃は、少年の眼球を銃口の延長線上に捉えて逃がさない。
「手錠を嵌められて、興奮しているんでしょう?」
「俺はそんな特殊な性癖は持ち合わせてねぇよ!!」
拉致監禁されてなお突っ込みを入れる余裕があるとは、我ながら見上げた根性だ、と少年はヤケクソで自画自賛する。
そして、突っ込みのために身を乗り出した少年は、ジャラリという音と共に両手首に軽い痛覚を覚えた。
丁度よい機会なので、少年の身体的な状況を説明する。
まず、健康状態は概ね良好だ。喜ばしい。しかし、その健康な体は、今現在拘束されている状況にある。
一体どういう状態で拘束されているのかと言うと、『イスに座って、手を後ろで手錠に繋がれている』という説明が一番簡潔であるだろ う、ここまでの状態になるまでの経緯は割愛する。
一応念のために記しておくが、少年にとっての初手錠体験である。
ちなみに述べておけば、使われているイスは少年の所有物である。
何故かと言うと、現在進行形の犯行現場であるココは、少年の自宅だからだ。
あまりにも状況が混乱しているので、少年はとりあえず話を進める。
「いきなり人の家に押し掛けるまでは、まぁ百歩譲って良いとしよう。でも、人の家に押し掛けてそこの住人拉致するとはどういった了見だ」
両手の自由を奪われているにもかかわらず、少年は堂々と相手に問う。
実際には家に上がり込まれることも問題なのだが、状況が状況なので割愛する。
「ふむ、まぁそうそう引っ張っても仕方がないですし、ここらへんで簡潔にご説明しましょう」
それに対して、相手は至極適当に呟く。
拳銃を向ける右手だけはしっかりと向けたまま、それ以外の部分は気だるそうに崩す。
「え~~、ゴホン」
わざとらしい咳払いをした後、相手はゆっくりと口を開く。
「この家は当方の活動拠点として、当方が接収、占拠します」
「………………………………は?」
事務的で淡々とした声と、素っ頓狂で間抜けな声が、静かな部屋に響く。
「それによって、現在、18:20時よりこの住居は当方の管轄下となります」
「………………………………」
もはや声さえ出なくなった少年に対して、相手はあくまでも淡々と機械のように告げてゆく。
「元々ここに居住していた人間は、当方の指揮下に入ることを受諾するか否かを早急に検討し決断して頂き、受諾出来ない場合はこの住居の明け渡していただきます」
「…………お、おい…ちょっと待―――――」
「まぁ、つまりどういうことかと言いますと」
少年の言葉を遮り、相手は呆ける少年の顔を心底楽しそうに眺めると、口元を凶暴なまでに吊りあげて笑う。
「この家は私が占領しました」
さて、どうしてこんなことになったのだろうか。
その原因を探すため、少年はまた脳細胞を酷使して、ここまでに至った経緯を思い出す。
…断じて現実逃避ではない。