フルストーリー
1・・・聴こえなくなった耳
2・・・デビュー
3・・・聴こえない旋律
4・・・最後の演奏
5・・・死神の小話
『山羊の音楽家』1
・聴こえなくなった耳
彼は音痴である。しかし音楽家を夢見てアルバイトをしながら日々、作曲している。
「僕に絶対音感があればなぁ……」
彼はいつもそう思っていた。彼の家系は音楽家。しかし彼には才能が無い。周りからは音楽家なんて無理だ、諦めろと言われていた。それでも夢は諦められず、曲を作っていた。そんなある日、法事で実家に帰った際、倉庫を整理していた時、曾祖父の書物を発見した。それには「山羊座の悪魔」と表紙に書かれていた。中を読んでみると、そこには「超人的な音楽の才能を得られる契約」と書かれていた。これはもしかしたらもしかするかもしれない。そう思い、紺人暮らしをするアパートに持って帰っていった。アルバイトが休みの日に、彼はその書物を読み、その通りにやってみた。まず部屋を暗くし、床に一メートル四方の魔法陣を書く。その魔法陣は山羊座の星座に則った形にし、周りに古代ギリシャ文字を書く。そして自分の血を一リットル抜き取り、それを小瓶に分けて山羊座の星座の星の位置に置き、最後に古代ギリシャ語で呪文を唱える。すると突如、目の前が光に包まれ、魔法陣から山羊の角と耳を頭に着け、笛を持った人間のような化け物のような者が現れた。
「僕はカプリコーン。僕を呼んだのは君かな?」
「は、はい!狩不紺と言います!」
「名前はいいよ。君は僕と契約を結びたい。それで良いんだね?」
「その前に良いですか?」
「何だい?」
「貴方と契約すれば、音楽の才能が開花し、音楽家として売れていくっていうのは本当ですか?」
「そうだよ」
「本当なんですね……」
「それで?契約はするかい?」
「お願いします!」
「分かった。じゃあ契約を結ぶよ」
山羊座の悪魔は笛を吹き、綺麗な音色を奏でた。その素晴らしい曲に、紺は聴き惚れていた。曲が始まると、紺は体が発光した。曲が終わると、紺の体は発光が終わり、元の姿に戻った。そして山羊座の悪魔は微笑んだ。
「これで契約は終了だよ」
「本当に絶対音感が……?」
「紺応、これで確認するかい?」
山羊座の悪魔は笛を吹いた。
「ドのシャープ?」
「正解。契約は無事、完了したみたいだね」
「やった……!これで私は……!」
「それじゃあこれが君が最後に聞く音だ。君は聴覚を失う。じゃあね」
山羊座の悪魔は笛を吹きながら消滅した。最初は聞こえていた笛の音も、山羊座の悪魔が消える頃には聞こえなくなっていった。そして世界は静寂に包まれた。紺瞬、夜になったのかと思いカーテンを開けてみると、外は明るく、車やバイク、学校帰りの子供達が楽しそうに話しながらアパートの前を通っていた。しかし音は聞こえない。紺は試しにテレビを点けてみた。しかしどれだけ音量を上げても音は聞こえない。紺は山羊座の悪魔の最後の言葉を思い出した。
「これが君が最後に聞く音だ」
自分は聴覚を失った。それを実感した。急いで書物を読み、契約解除の方法を探したが、書いてなかった。聞こえない耳でどうやって曲を作れば良いんだ。それ以前に日常生活はどうすれば良い。紺は絶望し、アコースティックギターを掴み、床に叩きつけた。すると、その空気の響きを感じた。手の痺れる感覚を覚えた。それで音が分かった。それから紺は曲を作り続けた。紺は耳の聞こえぬ音楽家としてデビューする事になったのだった。
『山羊の音楽家』2
・デビュー
デビューが決まった狩不紺だったが、現実は甘くなかった。
レコーディングスタジオで、プロデューサーに言われてしまった。
「狩不君、テンポがズレてる」
しかし、紺には何がズレているのか分からなかった。周囲のスタッフが話している事も聞こえない。筆談やスマートフォンで何とか意思疎通を図るが、仕事は思うように進まない。
「耳が聞こえない音楽家なんて無理だ」
そう陰口を叩かれたが、その言葉も初めには聞こえていなかった。紺は家に帰り、ギターを抱えながら落ち込んだ。その時、ギターを胸に当てると、弦の振動が身体に伝わる。
「……そうか」
翌日、紺はいつものようにスタジオに向かい、裸足で床に立ち、スピーカーの前で演奏してみる事にした。床から伝わる低音。ギターのボディが震える感覚。指先に返ってくる弦の張力。耳ではなく、身体全体で音楽を感じ始めた。その様子を見たベテランの調律師がスマートフォンの文字入力で会話した。
「君は耳で演奏してないな」
「え?」
「身体で演奏している」
その調律師は、紺の才能を認め、音の代わりに振動を利用した練習法を教えた。紺は少しずつ、自分だけの音楽を作り始めるようになった。初めてライブハウスで自分の音楽を演奏した。観客の歓声は聞こえなかった。しかし床を伝わる無数の振動で、「拍手してくれている」と気付いた。紺は初めて聴力を失ってから初めて心から笑った。
『山羊の音楽家』3
・聴こえない旋律
狩不紺は、振動や感覚を頼りに作曲を続け、ついに代表曲が大ヒットした。「耳の聞こえない天才音楽家」としてテレビや雑誌で話題になり、全国ツアーまで決まった。しかし、本人はインタビューもまともに受けられない。質問はすべて筆談。観客の歓声もアンコールも聞こえない。ライブが終わっても「本当に楽しんでもらえたのだろうか……」という不安だけが残る日々。
ある日、紺人の少女がライブ会場を訪れた。少女は先天性の聴覚障害があり、補聴器をつけていた。ライブ終了後、スタッフを通じて紺に手紙を渡した。
「私は音はよく聞こえません。でも、あなたの音楽は体で感じられました」
その言葉に、紺は救われた。「音楽は耳だけのものじゃない。」そう確信した。
その後、紺は障害のある子供達のために、振動や光を使った新しいコンサートを企画した。スピーカーの低音を床に伝え、照明や映像と演奏を組み合わせ、耳が聞こえなくても楽しめるライブを作り上げた。そのライブは大成功し「誰でも楽しめる音楽」として世界中から注目され始めるようになった。しかしその頃から、紺はある異変に気付く。絶対音感はある。楽譜も完璧に理解出来る。なのに、自分が作った曲に感動出来ないでいた。
「何かが足りない……」
そうモヤモヤしたまま、その日は風呂に入って寝た。
『山羊の音楽家』4
・最後の演奏
世界的な音楽家となった狩不紺。ある日、長年彼を支えてきた調律師が病に倒れた。病室で調律師は筆談で伝える。
「君は昔より笑わなくなった」
紺は答えた。
「音楽家にはなれました。でも、幸せではありません」
「私は君の演奏が好きだ。でも君自身は、もう音楽を楽しめていないように見える。才能よりも、音楽を好きだった頃の君の方が私は好きだ」
「……そうですか」
その晩、世話になったその調律師は亡くなった。悲しみの中、その夜、夢の中に山羊座の悪魔が現れた。
「久し振り」
「……お前か」
「音楽家にはなれたね」
「約束通りだった」
「そうだよ」
「でも僕は、音を失った」
山羊座の悪魔は静かに笑った。
「契約だからね」
紺は問いかける。
「契約は解除出来るのか?」
「出来るよ」
「代償は?」
「才能を失う。だけど耳は元には戻る。ただし、君が今まで作った音楽は全部、自分では理解出来なくなる」
つまり、紺は「世界的な天才」ではなく、元の自分に戻ることになるという事だった。
数日悩んだ末、紺は最後のコンサートを開いた。
タイトルは「静寂の交響曲」。観客は世界中から集まった。演奏が終わっても、紺には拍手は聞こえない。それでも床から伝わる無数の振動で、観客が総立ちになっていることだけは分かった。
ライブ終了後、家に帰った紺は再び魔法陣を描き、山羊座の悪魔を出現させた。
「やぁ。久し振り。どうしたい?」
「決めた」
「何を?」
「契約を解除してくれ」
山羊座の悪魔は少し驚いた様子で聞いた。
「夢だったんじゃないの?」
紺は微笑んだ。
「夢は叶った。だから今度は、自分の人生を生きたい。」
「……そうかい」
山羊座の悪魔は笛を吹いた。光に包まれ、紺は契約を解除された。
「じゃ、あの世で待ってるから、君の音楽はその時にでも聴かせておくれよ?」
「あぁ、分かった」
山羊座の悪魔が去った後、耳には音が戻っていた。しかし、絶対音感は消えていた。ギターを弾いてみると、音は聞こえる。でも以前のようには弾けない。紺は少し寂しそうに笑った。
「これで良い」
それから紺は音楽業を引退し、余生を山の奥、自然の音が流れる家で生涯を終えた。
『山羊の音楽家』5
・死神の小話
老衰で亡くなった狩不紺は、暗闇で目を覚ました。そこは暗い場所で、辺りには何も無く、先も見えない。だが地面はあるという不思議な場所だった。ボーッとする頭を抑えながら立ち上がると、自分にスポットライトが当たるように光が差し込んだ。そして向こう側にもスポットライトが差し込み、そこには大きな鎌を持ち、黒いフードを被った少年が立っていた。
「やぁ、君を迎えに来たよ」
「君は……?」
「死神さ」
「死神?」
「そう、死神」
紺はゆっくりと立ち上がり、深呼吸した。
「悪魔がいたんだもんな。死神くらいいるよな」
「理解が早くて助かるよ」
「僕は悪魔と契約した事がある。僕が行くのは地獄か?」
「いいや。地獄じゃない」
「じゃあ天国か?まさかな」
「天国でもないね」
「じゃあどこに?」
「それは逝ってからのお楽しみ。まぁ詰まる所、天国も地獄もあの世では紺緒なんだよ」
「ふぅん……?」
「さて、ここからは僕の仕事をさせてもらおうかな」
「仕事?」
「そう。仕事。ここでは君の願いを紺つだけ叶えてあげる事が出来る」
「願いを、叶える……?」
「そう。生き返らせてくれ、なんてのは無理だけど、可能な範囲でなら何でも叶えてあげるよ」
「そうか。ちょっと考えさせてくれないかな?」
「良いとも」
紺は最後の願いは何が良いか考えた。その間、死神は煙草を吹かして返事を待った。
「音楽をしたい」
「音楽?」
「そう。音楽だ。コンサートを開きたい」
「成程。音楽家の君らしい願いだ。良いだろう。その願い、叶えてあげるよ」
死神は鎌を紺振りすると、辺りはコンサートホールになった。
「これは……!?」
「さぁ、自由に演奏し給え」
「でも人とか、練習とか……」
「あぁ、その事なら心配いらないよ。君の曲は全てインプットしてある人達を用意したからね」
ホールの上手と下手からゾロゾロとスーツ姿の音楽家らしき人達が現れ、それぞれ楽器の位置に着いた。そしていつの間にかコンサートホールは観客で満席になっていた。
「さぁ、始め給え」
「あ、あぁ……!」
紺は指揮棒を取り、演奏を開始した。今までの自分が作って来た曲を。耳が元に戻ってからは自分の曲を理解出来ずにいたが、ここで初めて自分の曲の存在価値が分かって涙を流した。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
「お疲れ様。君の人生、なかなか面白かったよ」
演奏が終わった後、いつの間にかいた山羊座の悪魔が壇上に上がり、声を掛けてきた。
「結局、生きている間は最後まで紺度も音は聞こえなかったな」
「でも君、世界的な音楽家だったじゃないか」
「聞こえない音楽家なんて変だろ?」
「君の演奏で泣いた人は何万人もいたけど?」
紺はコンサートホールを見渡し、人々の涙を見て笑った。
「そうだったな」
そこへ死神が鎌を紺振りし、先程の暗い空間に移動させ、光の階段と光の扉を出現させた。
「さぁ、君の願いは叶えた。あの世に逝ってもらうよ」
「あぁ。分かった」
「あの階段を上って、扉の中に入ればあの世に逝けるよ」
「そうか。世話になった」
「いいえ。仕事だからね」
山羊座の悪魔は紺の手を引いて階段を上っていった。
「悪魔界で、君の演奏を聴かせてやりたいんだ。紺緒に来てくれ」
「あ、あぁ、はい。分かりました……」
二人は光の扉をくぐり、消滅した。




