澪と事故
物語の毛色が変わりました。
携帯が鳴る。普段は仕事中に携帯が鳴っても確認はしないんだけど今日は気になる。
「あなた、16:00過ぎの電車に乗れそうだから17:00過ぎには帰れそう。」
短い事務報告。これだけでも無事に帰ってきているが分かる。
「そっちの方が早そうだね、気をつけて。」
短いやり取り。スタンプが返ってきた。クマがお辞儀をしている。
さて、確認したいことも確認できたからもうひと仕事。定時が18:00だから澪たちの方が早く家に帰る。
「今日は疲れたから」ってお弁当になるんだろうな。お吸い物くらい買って帰るか。そんなことを思いながら視線をあげる。
慣れた仕事、スタッフもそれぞれ自立して業務を行えているし冗談も飛び交っている。みんな穏やかでよろしい。
ピロン
ん?
やっぱり晩御飯お弁当でもいいかの確認かな?
16:03発〇〇行きの特急列車脱線事故。
現段階で負傷者43名、意識不明8名
現在事故の詳しい状況を調査中
普段目が開いているのか開いていないのかよく分からないくらいの目が見開いた。携帯を持つ手が震えている。
『16時過ぎの電車に乗れそう。』
この列車は澪と母さんが乗っているはずの列車だ!
ガタッ!
すごい音を立てて立ち上がって部長のところへ走った。
「部長、家族が事故に巻き込まれました。今すぐ病院に行かせてください。早退します!」
部長は血相変えて来た私を見て、ただただ驚いていた。私が持っている携帯の画面をちらっと見る。私が部長に背を向けて走り出そうとしているのを見て一言。
「書類は明日でいい」
私は頷きながら鞄を持って病院に向かって走り出した。
カバンを持ってオフィスを出た。
澪!母さん!無事なのか!?
エレベーターがすごく遅く感じる。とても待っていられない!
階段を駆け下り会社を出る。すごい形相をしていただろうがそんなことはどうでもよかった。いち早く2人の無事を確認しないと!
会社を出てすぐのタクシー乗り場にタクシーが停まっている。手を振りながら駆け寄っていく。
「相当お急ぎなんですね、どちらまで?」
「ぜぇ、ぜぇ、事故、、病院、ぜぇ、ゴホッ」
タクシーのラジオにもちょうど事故のニュースがかかっている。市立病院と県立病院に搬送されているようだ。
「どちらまで?とりあえず近くからなら市立病院が近いですが?」
「市立病院へ!お願いします!」
運転手も余計なことは言ってこなかった。
市立病院に着いた。¥1,260。
「すいません。名刺いただけますか?ここだったら電話します。ここじゃなかったら県立病院までお願いします!」
そう言って名刺を受け取って5,000円札を渡して病院へ走っていく。
病院は一般外来の患者さんに加え、事故で負傷した人々でごった返していた。医療スタッフが目まぐるしく走り回っている。受付で事故患者に澪たちはいないかを訊いても首を傾げるばかりだった。
どこにいる!?県立病院か!?
そういえば!母さんの携帯に電話かけてない。震える手で電話をかける。10コールしても出ない。
どこなんだ!?無事なのか!?
どんどん焦りが出てくる。電話して出ないということは、出れないくらいの重症ということなのか?携帯が投げ出されて誰も取れないところにあるのか?
先ほどもらったタクシーの名刺に電話をかける。
「県立病院へ!」
運転手も余計なことは言わない。できるだけ急いで県立病院に向かう。
運転手は前をゆっくり走っている車に対してクラクションを2回鳴らしている。そして強くアクセルを踏み込んで一気に追い抜いた。
県立病院に着いた。財布を探していたら車のドアが開いた。
「さっきいただいたんで。おつり。」
運転手は¥1,000札を差し出してきて私を病院へ促す。私はタクシーに一礼して走った。
ここも事故患者と一般患者でいっぱいだった。
受付で事故患者の家族だと言っても今緊急の処置中で面会できる状態ではないと言われた。
家族待合室という部屋が緊急で整備されてそこで待機するように伝えられた。
心臓が張り裂けそうだった。
どのくらい待っただろうか。母さんの名前が呼ばれた。ガバッと顔を上げる。そして隣の部屋に案内された。
母さんの方は右腕と骨盤の骨折。重症であるが意識はある。澪の方は頭を強く打ち意識不明。脳内に血液が溜まっていたので除去した旨の説明を受けた。そして数分の面会だけ可能ということでICUに通された。
手を洗い、帽子を被りマスクをつける。手袋も装着。普段ここまでの装備を整えることはない。ドラマでしかここから先は見たことがない。2人の姿を早く確認したかった。
見たことない機械で動かないように固定された母さんと、人工呼吸器に繋がれガーゼで顔を覆われた澪がいた。
母さんは痛みで呻き声が聞こえるが澪からは機械の音しか聴こえてこない。母さんと目があった。
「…あなた?」
母さんは私の姿を確認して涙目になった。痛みに悶えながら
「澪は?」
と訊いてきた。
「頭を打って今は意識不明だそうだ。」
お医者様から聞いたことを簡単に説明した。
「大丈夫、澪だから。すぐ戻ってくるよ。」
それだけ伝えて面会時間が終わった。
状況が状況なので落ち着いたら病院の方から連絡しますと言われてそれまでは面会謝絶ということだ。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
「澪、返信遅いなー」
携帯から着信がない。
「オープンキャンパスから帰ったら電話しようね」
って言ってたのに。疲れて寝ちゃったのかな?
時計を見る。22時を指している。
携帯のニュースでもテレビのニュースでも今日は夕方に起こった脱線事故のことばかり流れている。隣の県との県境で起こった事故。普段と何も変わった様子が無かったのに脱線事故が起きた。原因は現在調査中とのこと。
「まさかー」
私は首を左右に大きく振って過った言葉を振り払った。
澪……大丈夫だよね?
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
結局朝になっても澪からの連絡はなかった。
今日は夏休み中の登校日。
普段は特に連絡を取り合っていなくても登校中に合流して2人で歩いていくのに今日は終始1人だった。もう先についているのかな?
教室に入ると
「ん?今日は1人か?」
朔が声をかけてきた。
「うん、そうみたい」
教室をぐるりと見回すが、やはり澪の姿はなかった。
いつもはホームルームのチャイムが鳴る2,3分前に担任も教室に入ってくるのに、今日はチャイムが鳴っても姿を見せなかった。教室の中はざわめいている。
1分くらい遅れて担任が静かに入ってきた。
「先生、遅刻ー」
教室のどこからか声が飛ぶ。担任は無視して続けた。
「えー、みなさん。昨日の事故のニュースはご存知ですか?」
教室中がざわめきだした。夕方からテレビをつけたらそのことしか放送してなかった。知らないという方が無理がある。
「昨日の事故で、澪さんが巻き込まれました。」
「え?」
「今、意識不明の重体だそうです。」
教室中が騒然となる。私は頭から、胸から血がどんどん引いていくのを感じる。冷たい。代わりに変な汗をかいているのを感じた。時間が止まったかのように瞬きもできず、呼吸も止まって、小さく早く脈打っているのだけ感じた。
その後担任が何かを言っていたがまったく耳にも頭にも入らなかった。ホームルームが終わっても私はまったく動けずにいた。
「灯、お前大丈夫か?」
ホームルーム後に朔が声をかけてくれていたらしいが記憶にない。生返事だけをして微動だにしていなかったそうだ。
後で蓮から聞いたけど、「目から光が消えて瞬きもしてないのに涙は流して、体はまったく動いてなかった。朔が何か言っても『んー』『あー』しか返してなかった」らしい。
「お見舞いに行くぞ」
透の提案で体が動くようになった。
登校日が終わった後、みんなで自転車で県立病院へ直行した。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
病院に着いた。駐輪場に自分の自転車を置いたらすぐに受付へ向かった。
「澪はどこですか?」
相手は明らかに困惑していた。そんなの関係ない。さらに前のめりに追求しようとした時に急に後ろから襟元を掴まれた。朔だった。
「失礼しました。自分たちは昨日の脱線事故に友人が巻き込まれたと聞いたので飛んできたんです。」
透が事情を説明する。
「申し訳ございません。ただ今事故後の医療が大変ひっ迫しておりまして、ご家族様でも面会謝絶とさせていただいております。病状が落ち着き次第でご連絡差し上げますので代表者のお名前と、巻き込まれたご友人のお名前をちょうだいできますか?」
受付でそう言われ、今日は引き返す他なかった。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
『明日、県立病院行くぞ』
透からメッセージが届いた。
2週間ほど経って病院から連絡があったらしい。
長かった。
みんなで集合して自転車で病院へ向かう。蓮が自転車置く場所見つけて合流してから4人で受付へ向かった。
「だいぶ落ち着いたな」
朔が言う。
「へ?」
「2週間前、私だけ置いてったよね」
「そんなことあったっけ?」
「あ・り・ま・し・た」
「ごめん」
「いや、あの日の灯、明らかに異常だったし」
そんなに?と透を見るが、大きく頷かれた。
受付で澪の入院している部屋をきいて向かった。エレベーターを降りたら目の前にスタッフの詰所があって面会の受付をする。
消毒液の匂いやピッピッと規則的な機械音が聞こえてくる。普段入ることはないけど、病院に来たんだということを感じる。
透が看護師さんから部屋番号を聞いてそこを目指す。さっきから聴こえていた規則的な機械音の音が大きくなってきた。透が足を止める。機械音はこの部屋から出てきていた。2人部屋。
「澪、おばさんと同室なんだ」
「あ、家族さんとだったらまだ気は楽か」
「病室では静かにね」
「誰が!」
「シッ!あんたよ」
蓮が朔を指差して釘を刺している。
透が扉を開けて入っていく。
「失礼します」
「はい?」
「あ!おばさん!こんにちは。灯です」
「あぁ!灯ちゃん、久しぶり。こんな格好でごめんなさいね」
おばさんはベッドに横になっている。体を動かそうとしているが、痛むのか呻き声を上げている。
「いえ、無理しないでください。えっと、澪は?」
「奥よ」
おばさんのベッドと澪のベッドを薄いカーテンが仕切っている。私はそれを引いた。
顔にはガーゼを巻いて酸素マスクをつけた澪がいた。ベッドの奥に見たことない大きな機械が置いてあって、ピッピッて廊下まで聞こえてきた規則的な機械音はこれのようだ。心電図っていうのかな?規則的に波打ってて110/56とか114/58とか数字が切り替わっている。
「まだ意識は戻ってないの」
「………!そう……ですか……」
姿を見るまでは、2週間も経ったから意識は戻っていると思ってた。心配してたんだよ!って抱きつきたかった。
「大丈夫よ!すぐに目を覚ますわ!みんなも来てくれたんだもの。」
おばさんはできるだけ元気に言ってくれた。
「…そう、ですよね!」
私もおばさんに応えるようにできるだけ元気にそう返した。
みんな澪の様子を確認した。できることは何もなさそうだった。
「今日は帰りますけど、また来ていいですか?」
私がそう言うと
「澪も喜ぶわ」
と返ってきた。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
同じ病室で毎日澪の顔を見ている。
顔につけていたガーゼは無くなり、傷の跡も残らなかった。よかった。
私も事故から1ヶ月が過ぎ、痛みに顔を歪めながらもリハビリが始まった。その場で関節が固まらないように動かすが、骨盤が折れているのでまだ座れない。手術で固定しているから大丈夫ではあるが痛みが強くそれどころではなかった。澪と私のベッドを薄いカーテンが隔てていたのをスタッフにお願いして取っ払ってもらって澪の顔を毎日見ていた。穏やかな顔。オープンキャンパス帰りの電車の中と何も変わらない寝顔なのに不安だった。このまま意識が戻ってこないんじゃないか?そうよぎると不安で仕方なかった。
どうして私じゃなくて澪なの!?
17:00過ぎ
この時間になると決まってお客さんが来る。
「こんにちは。」
黒髪ストレートの制服を着た女子高生。小学生の頃からの澪の1番の友人で、我が家にもよく遊びに来ていたからお互いよく知っている。
「こんにちは、灯ちゃん。今日も来てくれたのね。」
「はい」
灯ちゃんは新学期が始まってから授業のノートを持ってきてくれて、今日あった出来事を澪に楽しそうに話している。
朔という男の子が罰ゲーム付きでゲームを提案して全部の罰ゲームを自分がやっていたこと。透という男の子が朔にメッセージ送っていたのに朔の方が受け取れてなくて他のみんなに利用されていたこと。蓮って女の子が嬉々として朔に罰ゲームを行っていたこと。
「澪の周りは賑やかね。」
思わず笑みが溢れる。腹筋に力が入るとまだ骨盤が痛い。
そしてあっという間に時間が過ぎていく。19時の暗くなり始めたタイミングで席を立って
「また来ますね。澪、またねー」
と澪に手を振って、私にはお辞儀をしてから帰っていった。
そして大体同じくらいの時間に
「今日も灯ちゃん来てくれていたんだね。エレベーターで会ったよ」
お父さんが来る。
「もうすぐ暗くなるし、送っていこうか?って言ったら丁寧にお断りされたよ」
と笑いながら穏やかな口調で言う。
「ええ、面会が解禁されてから毎日。あなたが来るちょっと前まで毎日来てくれて」
澪の方を見て
「今日のノートとか、今日あった学校での出来事を楽しそうに話してくれていますよ。」
「ありがたいね。澪も素晴らしい友人を持った。本当にありがたいね。」
お父さんは小さく誇らしく笑う。
「さっき会った時にね、『本当はもう少し居たい』みたいなこと言っていたよ。何か話し足りないことがあったのかな?」
「ふふ、あの子の周り、今日も賑やかみたいでしたよ。」
「そうなんだ」
お父さんは小さく相槌を打って続ける。
「暗くなって私に帰りの心配させないようにしてくれているのかな?」
「どうでしょうね。」
私が言った後ちょっと沈黙の時間が流れる。さっきまで灯ちゃんが学校の様子を話してくれていた反動からかちょっと寂しい。
「灯ちゃん、すごく良くしてくれて、本当にありがたいわ。澪も幸せ者ね。」
表情ひとつ変わらない澪。私は灯ちゃんの話し聴きながら笑いが出て、痛みを堪えてと一人でうるさくしてたのに。ここまで表情が変わらないと不安になってくる。
「なんで、澪なのかしら……」
「ん?」
「私はすぐ隣にいたのに、なんで私じゃなくて澪なのかしら。」
お父さんは微笑んで私の頭に手を優しく置いた。手の温もりが私の不安を溶かすように、言わないでおこうと止めていた言葉が出てくる。
「不安なの。このまま、意識が戻って来ないんじゃないかって。胸が、押しつぶされそうで、どうしようもなくなる時があって」
言っている途中で涙も出てきた。
「そうか、そうだよね。不安で胸が押しつぶされそうなんだね。」
涙が頬を伝う。お父さんは優しく拭ってくれて続けた。
「母さん、澪は大丈夫。今はただ、帰り道が分からないで迷子になっているだけだよ。きっと帰ってくるよ、きっと……」
私は何度も頷いて呼吸を整えた。
「『迷子になっているだけ』、そうね、将来看護師さんになってみんなを支えるんですもの」
「帰ってくるのを待とう」
「うん……」
読んでいただきありがとうございます。
この後どう進むのか?
次回、『カスタム』もよろしくお願いいたします。豹変回です。




