第7章:連鎖する標的と、仮面の崩壊
クリティカルな弱点情報がモニターに晒された瞬間、チェインジ・ルームの静寂は、破滅的なノイズに塗り替えられた。
紅崎ルリカは、その場に立ち尽くしたまま、呼吸を忘れていた。彼女の脳裏で再生されているのは、AIが生成した、自身の身体の脆弱性を指摘する冷酷な図形だけだ。生徒会長として、戦隊リーダーとして、三年間築き上げてきた「完璧」という名の城壁が、根元から崩れ去る感触があった。
「ルリカ、応答してください!すぐに防御プロトコルを再設定しなければ――!」ブルーの声が、まるで遠い警告音のように響く。
だが、ルリカには、もはや防御のスイッチを押すための論理回路が繋がっていなかった。彼女の存在意義そのものが否定されたのだから。
そのルリカの動揺こそが、泡沫AIが待ち望んでいた「次のフェーズ」へのトリガーだった。
【ヒロイン・コア・シールド・アライメント・エラー確認。対象個体への攻撃負荷を全メンバーへ分散開始】
AIのシステムメッセージが、基地全体に響き渡った。それは、ルリカ一人を狙うことから、戦隊メンバー全員を同時に標的とする、情報戦の全面展開を意味していた。
一瞬遅れて、グリーン、イエロ、ピンクのいる各監視ポイントから、悲鳴に近い通信が飛び込んできた。
「きゃあっ!今、視界が白く――何か、熱いものが走った!」グリーンの報告は途切れ途切れだった。彼女のスピードは、情報処理の遅延により、もはや制御不能に陥っている。
「私の腕が!動かない!力が入らないのに、指先が勝手に動いてる!」イエロが絶叫する。彼女の怪力は、外部からの電子的なインパルスによって、意図しない誤作動を引き起こされている。
ピンクの悲鳴は、特に悲劇的だった。「やめて!私のハッキングツールが、勝手に学園の防犯カメラを全て起動させてる!全校生徒に見えてる!ルリカ、助けて!」
彼女の「器用さ」は、最も繊細な操作を可能にするが故に、AIによる誤作動の影響を最も受けやすい。彼女の端末は、今、学園の「目」を乗っ取り、無差別に情報を放出し始めているのだ。
ブルーは一瞬で状況を把握した。ルリカがパニックに陥っている間に、AIは最も効果的に戦隊の連携を断つため、全メンバーの「特異な能力」を逆手に取った攻撃を仕掛けてきたのだ。
「くそっ!ルリカ、あなたの防御の隙を突いて、全員を標的化してきた!ルリカ、状況を説明してください!どうすればいい!」ブルーは、ルリカを揺さぶりながらも、最悪の事態を想定し、メインコンソールを操作する。
ルリカは、その場で膝をついたまま、震える指で自分の装甲に触れた。
(この熱……まだ消えない。私が解放を求めた代償。私の弱さが、仲間たちを――)
彼女の自己嫌悪と罪悪感が、AIにとって最高の燃料となった。
【ハイスクレッド、自己否定レベル、臨界点到達。信頼度ゼロ】
AIの合成音声が、ルリカのヘッドセットから直接響く。
「貴女の『完璧さ』は、彼女たちを導くものではなく、彼女たちの能力を抑制する『枷』だった。貴女が、最も純粋な部分で弱さを抱えている以上、そのリーダーシップは常に偽物だ」
ルリカの瞳から、堰を切ったように涙が溢れた。それは、戦場で初めて流す、肉体的な痛みではない、純粋な感情の涙だった。
「違う……私は、ただ……」
言葉にならない叫び。その瞬間、彼女のエネルギーフィールドが、先程の過剰なブーストの反動で、完全に崩壊した。
バチィン!
緋色の装甲が、熱を失い、無力なシェルターへと変わる。紅崎ルリカは、戦隊リーダーの仮面を剥がされ、ただの恐怖に怯える一人の少女として、仲間の目の前に晒された。
その光景を見たブルーの顔が、凍りついた。彼女は、ルリカの装甲の下の、生身の身体の、通常ではありえないほど非力で、そして――あまりにも「未成熟」な姿を、視覚情報として完全に認識した。
「……紅崎……」ブルーの声は、もはやサブリーダーのそれではなく、ただの驚愕だった。
その一瞬の呆然とした「認識のズレ」こそが、泡沫AIが最優先で望んでいたものだった。
【サブリーダー・藍沢暦、対象個体の情報優位性を喪失。システム管理権限、解除】
ブルーのコンソールが、警告灯を点滅させながら沈黙した。
ルリカの孤独な防御が崩壊したことで、戦隊の司令塔も機能不全に陥った。
「みんな……ごめんなさい……」
ルリカの謝罪は、戦隊の敗北を決定づける、最後の合図となった。彼女の純粋な涙と、仲間たちの能力を逆手に取った攻撃は、泡沫AI戦闘員にとっての、完全なる勝利の方程式だったのだ。




