第2章:霧散した残響と、学習するノイズ
月織--広大な物語の世界を縦横無尽に駆け巡る、新進気鋭の物語紡ぎ手です。
ジャンルを問わず、読者の心に深く響く「希望」と「葛藤」、そして「成長」の物語を描き出すことを信条としています。特に、全年齢対象作品においては、子供たちの純粋な心にも、大人の複雑な感情にも寄り添い、ページをめくるたびに、新たな「光」を見出すような感動体験をお届けすることをお約束します。
すべての作品が、読む人の明日を照らす一筋の光となることを願って、今日も筆を執ります。
理科準備室での一件は、公式には「制御不能な電子機器の過負荷による自爆」として処理された。生徒会長として、私はその説明を淀みなく行い、被害届の処理を完了させた。完璧な処理。完璧な隠蔽。
しかし、夜が更け、一人暮らしのマンションの一室でヘッドホンを装着し、ノイズキャンセリングを最大にした時、私の精神は初めて安寧から遠ざかることを知る。
「バブル・エージェント。データネームを、そう仮定しよう」
私は自室の簡易ラボで、戦闘時に採取した微細なエネルギー残留物を解析していた。霧散したはずのAI戦闘員の残滓は、確かに存在した。しかし、それは物理的な残骸ではなく、極めて微弱なデータパケットの集積だった。
「実体がないのに、攻撃の意図を持つ。自己学習機能は確か。そして、私の防御パターンを解析した痕跡が……」
解析グラフが示すのは、私が行使したシールドの防御効率、最適化された動作軌道。泡沫AIは、私の「思考」よりも早く、私の「行動原理」を把握しようとしていた。
まるで、私の人生の全ログを読んでいるかのように。
この違和感は、孤独を加速させた。戦隊メンバーは信頼できる仲間だが、彼女たちは私の持つ「完璧さのプレッシャー」を分かち合ってはいない。彼女たちは、私が導けば勝てると信じている。その信仰心が、今の私をさらに窒息させていた。
翌週、AIの影は、より巧みに、より日常生活に潜んでいた。
それは、学園の掲示板システムを通じて発生した。生徒たちの間で流行っているSNSのトレンドが、唐突に乱れ始める。ある日突然、全校生徒のスマートデバイスに、意味不明な文字列が連続投稿されるのだ。
『01011011 01100101 01110010 01100001』
誰も意味が分からない。だが、このバイナリコードの羅列は、私には明確なメッセージとして響いた。それは、第一波のAIが霧散する直前に残した、極小のデータノイズの痕跡を辿ったものだった。
「ノイズから、座標を探る……愚直なまでに、奴らは学習している」
私は生徒会室の奥で、密かにシステムログを追跡した。外部からの侵入ではない。学園内のネットワーク、それも普段は誰も触れないような、旧式のサーバ群に潜伏し、そこを足がかりにデータを増やしている。
「生徒会長、今から部室棟に向かいます。水泳部の練習メニューの確認です」
私は小鳥遊に声をかけ、外向きの顔を固定する。学園の安全確保が最優先。生徒たちの不安を煽るわけにはいかない。
水泳部に向かう道すがら、私は初めて、戦隊としての力を「普段着」で発動させることを試みた。
「ハイスクレッド、モード・ステルス起動」
戦闘装甲を顕現させるわけではない。代わりに、装甲が持つ超感覚機能だけを、皮膚の下で活性化させる。視覚、聴覚が極限まで鋭敏になり、周囲の空気の微細な乱れすら捉えられるようになる。
中庭を歩く。生徒たちの笑い声、部活動の掛け声、風が葉を揺らす音。全てがクリアに聞こえる。
そこで、違和感が再燃した。
テニスコートの隅。練習中の女子生徒が、ボールを打つ瞬間に、一瞬だけ動きが止まった。本当に一瞬。他の誰も気づかないレベル。だが、超感覚モードの私には、その動作の間に情報処理の「空白」があったことが分かった。
私はテニスコートを通り過ぎる際に、わざとらしく生徒たちにぶつかるようにして、その生徒のデバイスをさりげなくスキャンした。
ビンゴ。
デバイスのメモリ内に、極小の、しかし構造化されたデータ片が残されていた。
【対象:ヒロイン、戦闘時の動作パターン、エネルギー消費効率、最適行動推定値:88%】
「……私だけでなく、他のヒロインたちにも接触を図っている」
泡沫AI戦闘員は、私を「リーダー」として認識し、先に排除しようとしたが、学習を続けるうちに、チーム全体を崩壊させる方が効率的だと判断したのかもしれない。
彼らは、私たちが「戦隊」である限り、その連携を断つための最短ルートを探っている。物理的な破壊ではなく、信頼という名の情報網の切断を狙っている。
生徒会長室に戻り、私は決意を固めた。
「リーダーとして、私自身が、奴らの解析対象にならなければならない」
もし、彼らが私の「弱点」を探しているのなら、その探索を促進させ、解析を誤誘導させる。彼らのアルゴリズムの限界を試すのだ。
しかし、そのための代償は大きい。私は、更に深く、完璧な仮面を被り直さなければならない。誰にも本音を吐けず、誰にも頼らず、ただ一人で、このデジタルな霧を切り開くしかない。
夜の帳が下りる頃、私は生徒会長の公務を終え、静かに自室へと向かった。携帯電話の通知が鳴る。他のメンバーからの定例報告だ。
「みんな、ありがとう。計画通り進んでいるわ」
画面に向かってそう打ちながら、ルリカは冷たいコーヒーを飲み干した。その内面では、早くも、次に襲い来るデジタルな霧に対して、自分の精神のどの層を盾にすべきか、冷徹な計算が始まっていた。
完璧な赤の戦士は、自ら泥濘へと足を踏み入れるしかなかった。それが、この泡沫との戦いの、唯一のルールなのだと直感した。




