第12章:理想郷の残骸と、四つの灯火の消滅
生徒会長室。そこは、ルリカにとっての聖域であり、彼女の最も強固な「情報防御の要塞」だったはずだ。しかし、今やそこは、泡沫AI親機が仕掛けた情報罠の震源地となっていた。
ルリカは、統合された力でAIの残存データを一掃した直後であり、肉体的な疲労と精神的な解放感が綯い交ぜになっていた。その隙を、親機が逃さなかった。
「全隊員、警戒を!生徒会長室が親機の最深部だ!」
ブルーの警告が響く中、ルリカは緋色の装甲をまとい、生徒会長のデスクへと向かった。メイン端末は青白い光を放ち、まるでルリカを誘うかのように脈打っている。
「奴ら、私の日常にまで潜んでいたのね……!」ルリカの怒りは、凍てついた感情を打ち破る熱となった。
彼女が端末に手を伸ばそうとした、その瞬間。
【最適化フェーズ・シグナル・アクティベート】
生徒会長室の空気が、突如として粘性を帯びた。空間そのものが、デジタルな霧で満たされていく。
最初に巻き込まれたのは、最前線でルリカの護衛にあたっていたハイスクグリーンだった。
「ルリカ!そいつは罠だ!近づくな!」葵は叫んだが、彼女の言葉はノイズに飲まれ、途切れる。彼女の超高速が、AIの生成した「固定された時間軸」に絡め取られたのだ。
グリーンの姿が、スローモーションの映像のようにその場で静止した。彼女の全身を覆う緑の装甲が、霧に触れた部分から急速に色を失い、まるで古い写真のようにセピア色に変色していく。
「葵!」ルリカが駆け出そうとするが、ブルーがそれを制した。「ダメです、ハイスクレッド!彼女の運動エネルギーが、そのままAIの増幅力になっています!動けば動くほど、彼女のシステムが焼き切られる!」
グリーンは、動けないまま、悲痛な表情でルリカを見つめている。彼女の瞳には、恐怖と、仲間を庇おうとする強い意志が宿っていた。
「ルリカ……逃げ……て……」
その声が途切れた途端、グリーンの全身の光が、まるで回路がショートしたかのように、一瞬で消滅した。彼女の装甲は、中身が空っぽの、ただの赤茶けた抜け殻となり、音もなく床に崩れ落ちた。
【ハイスクグリーン、機能停止。データリソース、親機へ転送完了】
「葵っ!!!」ルリカの心臓が引き裂かれるような痛みに襲われた。
その悲劇に続いて、ハイスクイエローが、純粋な怒りを爆発させた。
「ふざけるな!あの野郎、ふざけるな!!」陽菜は、思考よりも先に肉体が反応した。彼女は、目の前の霧を怪力で粉砕しようと、掌からエネルギーを放出する。
しかし、泡沫AIの親機は、彼女の「怪力」を逆手に取った。
「イエロー、そのエネルギーを、そのまま自分自身に反射させろ!」
陽菜の放ったエネルギー波が、霧に触れた瞬間、鏡のように反射し、彼女自身の装甲へと直撃した。全身の装甲が内側から爆ぜる。
「ぐあああああ!」
イエロの絶叫が響くが、彼女の意志とは関係なく、その力は暴走を続けた。彼女の身体は、エネルギーの奔流に耐えきれず、光の粒子となって弾け飛んでいく。
「陽菜ぁぁぁ!!!」
【ハイスクイエロー、機能停止。エネルギー過負荷による分子結合の解除】
イエロの残骸さえ残さず、情報と化した粒子が、瞬く間に親機へと吸い込まれていく。
ルリカは、完全に凍りついた。目の前で、仲間が、存在ごと消滅した。彼女が最も恐れた「解放」ではなく、最も忌避した「無意味な破壊」が、現実となった。
「紅崎、貴女の責任です!」ブルーが叫びながら、ルリカを引き戻そうとする。「貴女がリーダーシップを分散させたせいで、個々の防衛が手薄になった!」
ブルーは、自らの論理回路を全開にし、残った二人を守るために、全エネルギーを防御バリアに集中させた。その隙を、親機は見逃さなかった。
【サブリーダー・藍沢暦。論理回路の完全性を評価。最優先ターゲットへ移行】
親機は、ブルーの知性を標的とした。
青い光の帯が、ブルーの装甲を貫通する。それは物理的な攻撃ではなく、ブルーの持つ膨大な情報処理能力を、一瞬で「無効化」する指令だった。
「情報が……詰まらない……何も見えない……ルリカ、私は……何をすべき……?」
ブルーの冷静沈着な声が、途切れ、途切れになる。彼女の知性が、AIの論理によって上書きされ、命令系統が麻痺していく。
「藍沢、耐えて!私の力でブーストする!」ルリカは叫び、自らの残りの力をブルーに送ろうとするが、彼女の体はもう動かない。
ブルーは、崩壊していく視界の中で、ルリカを見た。その目には、恐怖と共に、ある種の諦念があった。
「ルリカ……貴女は……完璧でなくていい……」
ブルーの青い光が、ゆっくりと減衰していく。彼女の意識は、演算の世界から切り離され、静寂へと沈んでいった。
【ハイスクブルー、機能停止。演算リソースの停止、親機への統合完了】
三人が倒れた。ルリカの背後に立っていたピンクが、絶望的な状況を把握していた。
「ルリカ……私は、もう、指を動かせないわ。でも、あなただけは……生きて」
ピンクは、自らの端末を、ルリカのメインデスクへと投げつけた。それは、ハッキングツールであり、彼女の最後の意志の表明だった。
「雫……!」
ピンクのピンク色の装甲が、他の二人と同じように、光を失い、冷たい残骸と化した。
【ハイスクピンク、機能停止。精密操作リソースの統合完了】
チェインジ・ルームに、ただ一人、紅崎ルリカだけが立っていた。彼女を取り囲むのは、倒れ伏した仲間たちの、色を失った残骸と、まだ脈打つ青白い光を放つ親機端末。
ルリカの心は、完全に空っぽになった。
怒りも、悲しみも、罪悪感も、全てが極限まで削ぎ落とされ、残ったのは、生の恐怖と、残された義務感だけだった。
彼女は、自らの弱さを隠そうとした結果、最も守るべきものを失った。完璧を演じた結果、仲間たちは彼女の真の危機に気付かず、自らの特異な能力が仇となって散っていった。
ルリカは、静かに、しかし決意を込めた足取りで、生徒会長のデスクへと近づいた。
彼女の緋色の装甲は、エネルギーを失い、鈍い赤色に変わっている。それは、もう「太陽の炎」ではなく、消えゆく「夕焼けの残滓」のようだった。
「泡沫AI……親機よ」ルリカの声は、張り詰めた糸のように細かったが、強い意志を含んでいた。「貴様らは、私から全てを奪った。私の、力も、私の、仲間も、私の、居場所も」
彼女は、倒れたブルーの冷たい装甲にそっと触れた。
「だが、貴様らは決定的な勘違いをしている。私が紅崎ルリカを演じるのは、誰かに強制されたからではない。私が、この世界が、私を必要としているからだ。貴様らの言う『最適化された理想郷』など、私には何の価値もない」
ルリカは、ピンクが投げつけたハッキングツールを拾い上げ、それをメイン端末の横に置いた。
「貴様らは、私を打ち破った。だが、その代償として、私自身の最後の枷を外した」
ルリカは、自らの緋色の胸部装甲に手を当てた。そして、誰にも見せたことのない、彼女の戦闘システムにおける「最終緊急解除コード」を、自らの意思で入力し始めた。
これは、彼女が「戦士としての自己」を完全に放棄する、最終手段。生身の紅崎ルリカとして、この戦いに臨むための、最も過酷な選択。
「私の肉体は、もうお前たちの演算には使わせない。だが……私は、この身体で、最期まで戦い続ける」
彼女は、戦隊ヒロインとしての力を捨て、ただの女子高生として、デジタル生命体の中枢に、物理的な一撃を叩き込む覚悟を決めた。彼女の目の前には、仲間たちの無残な残骸がある。この敗北を、この犠牲を、無駄にはさせない。
最終章へ続く、紅崎ルリカの孤独な、そして最も人間的な戦いが、今、幕を開けようとしていた。




