表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を救うために時間を越えた。〜REWIND〜  作者: 安剛
1期:崩れゆく世界と、残された心
45/57

EP12-4 それでも、今日という日の続きへ

 夕方の空は、昼間よりわずかに色を失っていた。


 研究施設の駐車場には、社員たちがぽつりぽつりと散っていく姿があった。

 ジンの車の助手席に、リクが静かに乗り込む。


「すみません、運転お願いして」


「問題ない」


 短い会話。

 シートベルトの音が、車内に小さく響く。


 走り出した車は、まだ明るさの残る幹線道路へ滑り込んだ。

 窓の外では、日常の色がいつもどおり流れていく。


 コンビニの看板。

 歩道を行き交う人々。

 夕飯を買いに寄ったのだろう、袋を提げて駐車場へ戻る家族。


 その全部が、変わらない世界の風景だった。


 リクは膝の上の紙袋にそっと手を添える。

 中には、ひとつのガラス瓶。


 特別な銘柄でもない。

 ただ、ラベルの色と香りの説明が、ふとサラを思い出させただけだった。


 目的地が近づくにつれ、街灯の数が減る。

 車は坂道を上り、静かな空気へと入っていった。


 車を停めると、外の空気がひんやりと頬を撫でた。


 舗装の途切れた細い道を、2人はゆっくり歩く。

 もう、迷うことのない道だった。


 サラの墓は、木漏れ日の落ちる丘の頂上近く。

 小さなスペースにある。


 リクは足を止め、刻まれた文字を見つめた。


『Sara 2030/11/07』


 あの日から、約4年半。


 ジンは静かに一礼する。

 その仕草には、説明できない重さがあった。


 リクも同じように頭を下げる。


 風がひとつ、草をゆらして通り過ぎた。


 リクは紙袋を開け、ボトルを取り出す。


 キャップを外し、カップに少しだけ注ぐ。

 ひとつは石の前へ。

 ひとつは自分の手へ。


「今日は、これにしました」


 ぽつりと落としたその声は、誰に向けた言葉か分からない。


 サラへか。

 隣のジンへか。

 あるいは、あの日の自分へか。


 ジンは自分のカップに手を伸ばさない。

 ただ、リクが注いだ酒の香りを、ほんの短く確かめる。

 それだけだった。


 飲まない。

 それを言葉にする必要もなかった。


 リクは静かにカップを掲げる。


「……サラ、ありがとうな」


 声は震えていない。

 強くも弱くもない。


 ただ、胸の奥底から滲み出た“事実の言葉”だった。


 ジンは黙ってうなずいた。

 沈黙は拒絶ではなく、共有だった。


 リクだけが口に含む。

 ジンはそれをただ見守る。


 夕方の光が、ゆっくりと夜に溶け始めていた。


 ジンの視界には、墓の石が淡く照らされていた。

 そこに宿る5年分の重さ──

 それは、言葉にしないほうが届く種類の重さだった。


 サラと過ごした日々。

 失ったあとの空白。

 研究に費やした時間。

 世界をつなぎとめた努力。


 どれも、ここへ戻ってくる理由になった。


「ジンさん」


 静かな呼びかけに、ジンは視線をずらす。


「なんだ」


「……ここまで来れたの、ジンさんのおかげですよ」


「そうか」


「そうですよ。あのとき、“仕事に戻れ”って言ってくれなかったら……俺、止まってたかもしれない」


「止まる自由もあった」


「でも、俺には……選べなかったと思います」


 風がまた吹き、草を揺らす。


 ジンは墓石から空へ視線を移した。


 夕焼けと夜の境界が、静かに溶け合っている。


「止まらなかったのは、お前だ」


「え?」


「選んだのは、お前だ。

俺が何を言ったとしても、歩いたのはお前だ」


 その言葉は、不器用な励ましではなく、ただの事実だった。

 けれど、その事実が、リクの胸の奥をそっと支えた。


 しばらく、風だけの時間が流れる。


 リクが深く息を吐いた。


「……帰りますか」


 ここから帰る場所は、もう“サラの待つ家”ではない。

 けれど、空っぽではなかった。


 仕事があり、仲間がいて──

 そして、ジンがいた。


「ああ」


 短い返事で、2人は立ち上がる。


 石にもう一度だけ頭を下げ、空になったカップを片付ける。


 帰り道の空は、ほとんど夜だった。


 街灯が増え、遠くに赤いテールランプの帯が見える。


 世界は完全には救われていない。

 ノイズは今もどこかに残っている。



 それでも──

 “手前で救える人”は、5年前より確かに増えた。


 失ったものは戻らない。


 それでも、人は前に進む。


 静かな夜の中を、2つの影が並んで歩いていく。


 今日という日の続きへ。

 そして、その先に続いていく、まだ見えない日々へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ