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君を救うために時間を越えた。〜REWIND〜  作者: 安剛
1期:崩れゆく世界と、残された心
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EP12-3 それでも、今日という日の続きへ

 昼を少し過ぎた時間帯、休憩スペースからリクは自分のデスクに戻ってきた。


 デスクには、写真立てがひとつ。

 リクは、紙コップのコーヒーを片手に写真を見つめる。


 写真の中には、リクとサラの満面の笑みが写っている。

 プロポーズをした時、2人の秘密基地で撮った写真。


 サラの撮った写真はたくさんあるが、

 リクの中で、この時のサラの笑顔は1番のお気に入りだった。


 写真の中では、冬の透き通った空気の中、空には薄く雲が浮かんでいた。


 サラの髪が少しだけ乱れている。

 そんな風を感じるサラの笑顔の写真。


 写真の位置が、わずかに斜めになっていた。


 リクはコーヒーをテーブルに置き、写真立てに手を伸ばす。

 ほんの少しだけ向きを直し、指先で枠の埃を払った。


「……愛してるよ」


 声に出したわけではない。

 喉の奥で、言葉になりかけた何かが溶けていった。


 痛みは、あの日の形では残っていない。


 最初の数ヶ月は、何をしていても急に息ができなくなるような瞬間があった。

 仕事中にふと手が止まり、名前を呼びそうになることもあった。


 時間が経てば、何かがすべてきれいに消えてくれるわけではない。

 それでも、痛みの輪郭は少しずつ変わっていく。


 尖っていた部分が丸くなり、刺さっていたところから少しだけ位置をずらし、体のどこかに静かに沈んでいく。


 サラを思い出しても、もう、立ち上がれないほどの波にはならない。


 代わりに、小さな呼吸の乱れと、胸の奥のかすかな熱だけが残る。


 それでも、今日はいつもより少しだけ、その温度が強かった。


「リク」


 背後から名前を呼ばれる。


 振り向くと、ジンが立っていた。

 手にはタブレットと、何枚かの資料。


「さっきのフォローアップのデータだ。追加で出てきた分」


「あ、ありがとうございます」


 受け取った資料をデスクに置き、リクは紙コップを手に取った。


「午後の会議、資料の確認、もう済ませました?」


「必要なところは見た」


「さすがですね」


「さすがかどうかは知らない」


 短いやり取りのあとで、ジンの視線が写真立てに向いた。


 何かを言うわけではない。

 ただ、数秒だけそこに留まり、すぐに戻る。


「……今日は、定時で出る」


「はい」


「そのつもりで、会議の時間も調整した」


 それは、言い訳にも、善意のアピールにも聞こえなかった。


 ただの事実として、そこに置かれた。


「助かります」


 リクはそれだけ答えた。


 それ以上言葉を重ねると、何かが崩れてしまいそうだった。


 約4年半。


 リクはサラの死を、“何かのせい”にはしなかった。

 何かの“せい”にしてしまえば、きっと楽だった。


 でも一度そうしてしまえば、その後に続く選択を、全部誰かのせいにしてしまいそうで。


 だから代わりに、目の前の仕事にしがみついた。


 データを整理し、患者の言葉を読み、ジンの無茶な要求に食らいつく。


 何度も心が折れかけた。

 それでも、完全には折れずに済んだのは――


(ジンさんが、いたからだな)


 口に出すことはない。

 この感覚をうまく説明できる自信もない。


 ただ、あの日、自分の世界が音を立てて落ちていく中で、淡々と「やるべきこと」を示し続ける人物が隣にいた。


 そのことだけは、忘れようとしても忘れられなかった。


「行きますか」


 リクが言うと、ジンは軽く頷いた。


「仕事を片付けてからだ」


「ですね」


 紙コップのコーヒーを飲み干し、ゴミ箱に捨てる。

 写真立てにもう一度だけ視線を送り、リクは会議室へと足を運んだ。

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