EP12-2 それでも、今日という日の続きへ
建物に入ると、ひんやりとした空気が肌に触れた。
受付を抜け、セキュリティゲートを通る。
ジンがカードをかざすと、軽い電子音とともにゲートが開いた。
「おはようございます」
白衣姿の職員が、次々と挨拶を投げてくる。
ジンは、そのひとつひとつに短く頷きながら通り過ぎた。
階段を上り、いつものフロアへ向かう。
ガラス窓の向こうには、いくつかの部屋が区切られ、モニターの光がぼんやりと浮かんでいた。
机の上には、データの束と、最新の解析結果。
壁際には、フェーズ抑制薬の試験経過を示すグラフが並んでいる。
ここ数年で、ジンの肩書は少し変わった。
責任の範囲が広がり、会議の数も増えた。
だが、彼自身の生活は、驚くほど単調なままだった。
朝来て、データを見て、仮説を立てて、AIに投げて、結果を確認する。
それを繰り返すうちに、いつの間にか、4年分の時間が積み重なっていた。
席に着き、PCを立ち上げる。
ローディングのマークが回る間、無意識に視線が窓の外へ向かった。
空は、相変わらずきれいだった。
「ジンさん」
背後から声がした。
振り返ると、リクが立っていた。
白衣のポケットにはボールペンが数本突っ込まれ、首からはIDカードが下がっている。
その顔には、以前より少しだけ、余裕のようなものが刻まれていた。
「おはようございます」
「ああ」
「今日、会議の前に時間、大丈夫ですか」
「どの話だ」
「あの……抑制薬のフォローアップ調査のやつです。昨日、先生たちが“もう少し現場の声が欲しい”って言ってたので」
「それなら、午前のうちに片付ける」
ジンがそう答えると、リクの表情が少しだけ和らいだ。
「助かります。俺だけだと、どうしても“なんとなく”って感覚でしか説明できないんで」
「その“なんとなく”を数値にするのが俺の仕事だ」
「便利ですね、ジンさん」
「便利なだけの存在なら、もっとマシな使い方があるだろう」
淡々と返す言葉に、リクは小さく笑った。
会話の温度は、以前とあまり変わらない。
だが、その奥に流れているものは、4年前とはまるで違っていた。
4年の間に、何度もぶつかり、何度も助けられた。
フェーズ抑制薬の開発がうまく進まない時期もあった。
患者の数値が思うように改善しない夜もあった。
そんなとき、リクは折れそうになり、ジンは淡々と現実だけを見ていた。
それでも、2人とも、途中でどこかへ投げ出して消えてしまうことはなかった。
「今日は、定時で終われそうですか」
リクが、さりげない調子で尋ねる。
「終わらせる」
即答だった。
「じゃあ、スケジュール、合わせておきます」
「ああ」
どちらも、それ以上は言わなかった。
それでも、2人の間にはすでに共有されているものがあった。
年に2回一緒に向かう場所。
今日も、そこへ行くのだということを、互いに言葉にしなくても分かっていた。




