EP02-3 音のない日々
休憩スペースのテレビでは、ニュースが流れていた。
音量は小さい。
『――最近、睡眠障害や感情の起伏に関する相談件数が、世界的に微増しているというデータが……』
『専門家は「パンデミックではない」としつつも、「AIもまだ原因を特定しきれていない」とコメント――』
コーヒーを口に運びながら、同僚がぼそっと言う。
「なんかさ。最近、“原因不明”って言葉、多くない?」
「前から多かったでしょ。」
「いや、そうなんだけど……AIが一緒に“原因不明”って言うとさ、ちょっと不安じゃない?」
「万能じゃないですよ、あいつも。」
「“あいつ”って呼び方やめろ。」
軽口のはずなのに、どこかぎこちない。
みんな、画面から目をそらせていなかった。
世界のどこかで、ほんの少しだけ、何かが揺れている。
そんな空気。
リクはコーヒーを飲み干し、カップを置いた。
「……戻る。」
「無理すんなよ。」
「無理してるかどうか、AIに聞いといてください。」
「人間のメンタルまでAI任せにすんな。」
その言葉に、リクはわずかに口元をゆるめた。
笑えた。
まだ笑える。
――なら、大丈夫だ。
そう思い込むことでしか、進む方法が見つからなかった。
——
夜。
部屋の灯りだけが、静かに空間を照らしている。
テーブルには、片付けきれていない白い花。
葬儀場から持ち帰ったものだ。
落ち着いた香りが、部屋の隅に薄く残っている。
リクはソファに座り、スマホを手のひらで転がした。
画面をつける。
トークアプリを開く。
サラとのトークルーム。
最後のメッセージは、自分が送ったもの。
《今終わった!これから帰る!!ワンコ→お家》
その下には「既読」の文字。
そこから先は、空白が続くだけ。
「……。」
何度見ても、次の文字が現れることはない。
それは理解している。
理解できる。
でも、受け入れ方がわからない。
リクはスマホを顔に押し当て、目を閉じた。
「……なんで。」
小さな声が漏れる。
医師から聞いた説明。
検査結果。
病名。
理由らしい言葉はいくつもあった。
でも――
どれも、「なぜ今日なのか」には答えてくれなかった。
どうして、あの瞬間だったのか。
どうして、自分の名前を呼んで微笑んで、そこで終わったのか。
AIも、医者も、誰も教えてくれない。
「……せめて、理由くらい……。」
ぽつりとこぼれた言葉。
それは、昼間リクが読んだ患者のカルテと、とてもよく似ていた。
本人は、まだ気づいていない。




