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君を救うために時間を越えた。〜REWIND〜  作者: 安剛
1期:崩れゆく世界と、残された心
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EP10-2 どこかで途切れた、静かな

 数日後。


 仕事をこなすリクの心は、どこか遠いところに置いてきたようだった。


「……このAIログ、感情指数が急に下がってるな」


 目の前に並ぶデータを追っていると、

 サラから聞いた“ユアの症状”と似たキーワードが複数出てきた。


《最近、気持ちが遠い》

《イライラする》

《自分が自分じゃない》


 胸の奥がざわりとした。

 だが次の瞬間には、それを“仕事のデータ”として処理しようとする自分がいた。


「……違う違う、仕事だ。これは、ただのログだ」


(気にする必要はない。俺が感じてることじゃない。)


 そう言い聞かせるように、深く息をついた。


 そのとき、隣の席の椅子が引かれる音がして、ジンが現れた。

 最近は、ジンがリクの仕事に関わるようになった。

 なんでも、新しい薬の開発に向けて、リクの部署のデータが必要らしい。


「おはようございます」


 ジンの瞳は、いつもと変わらない強さを感じる。


「リク、大丈夫か」


「あ……はい。大丈夫です」


 大丈夫じゃないのに、そう返してしまう自分が嫌だった。


 ジンは淡々と机に資料を置いた。


「仕事に支障が出るなら言え。調整する」


 それは気遣いにも聞こえたし、

 同時に“支障をきたすなよ”という合理の響きにも感じた。


 ジンはモニターに映るAIログに目を走らせた。


「……また増えてるな。この手の認知異常」


「増えてる、んですか?」


「ああ。基準値とは誤差範囲だが、グラフの波形がざらついている」


 ざらつき。

 それが何を意味するのか、リクには分からなかった。


 次の瞬間――

 ジンがモニター上の計算演算を一気に走らせた。


 画面のグラフが高速で補正され、たった一瞬だけ、赤いノイズが“砂粒のように”走った。


「……今、なんか」


「ノイズだ。世界ログの粗れだろう」


 ジンは表情を変えない。


(世界……ログ?)


 言葉の意味は分からなかったが、ジンはもう次の計算に入っていた。


「リク。昼、行くぞ」


「あ、はい!」


 返事がワンテンポ遅れた。

 声が上ずった自覚がある。


 仕事に戻ったはずなのに、心だけが取り残されたままだった。


(俺、なんか……おかしいのかな)


 そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ冷たくなった。


 だがその“冷たさ”もまた、数秒後には薄れていった。


 自分が何を感じているのか。

 どこがどう狂い始めているのか。


 リク自身は、まだ気づけないままだった。


——


 ラボのフロアに、終業間際の空気がゆっくりと沈んでいく。


 コンピューターのファンの音と、キーボードの打鍵音。

 ホワイトボードに残された数式。

 窓の外では、夕焼けがビルのガラスに反射していた。


 ユアの事故の件は、正式な報告として共有されたわけではない。

 でも、ラボの誰もが、なんとなく「何かあった」ことだけは知っているような雰囲気があった。


「……さて、と」


 リクは、最後のログの整理を終えて、軽く伸びをした。

 画面には、今日処理したデータの一覧が並んでいる。


(他人、なんだよな)


 椅子にもたれかかりながら、心の中でそう繰り返す。


 そこまで親しかったわけじゃない。

 たまたま飲み物がこぼれて、たまたま公園で会って、たまたま一緒に笑って。

 その程度の距離感だったはずだ。


(それにしては、胸やけみたいに残るな)


 自分で自分にツッコミを入れたくなる。

 仕事中は、なんとか波の中に紛れ込ませていたそのざわつきが、定時を知らせるチャイムと一緒に、ふわりと浮かび上がってきた。


「お疲れさまでしたー」


 何人かが先に帰っていく。

 書類をまとめる音、椅子を引く音が、少しずつフロアから減っていく。


 ふと、斜め前の席を見る。

 ジンは相変わらずモニターに視線を固定したまま、何かのグラフを眺めていた。


 いつも通り。

 そう見える。


 だけど、画面に映る波形は、リクの目にはただの線にしか見えないのに、ジンの目には“何か”の形として入っているのだろうと分かる。


「ジンさん」


 気づいたら、声をかけていた。


「ん?」


 ジンが、マウスから手を離してこちらを見る。


「今日って、もう終わりですよね。残り、あります?」


「ひと段落はついている」


 いつもの淡々とした口調。

 その「ひと段落」が、どれくらいの山を越えた状態なのか、リクには分からない。


「……こういう日こそ、飲みに行きません?」


 冗談半分、本気半分。

 口が先に動いた。


「仕事終わりのビールは、統計上メンタルにいいらしいですよ」


「統計を持ち出して酒に誘うやつは、初めて見た」


 ジンの口元が、ほんのわずかだけ緩んだ。


「それ、OKってことでいいですか?」


「……店は」


「近くの、あの安いとこでどうです?

前に行った、唐揚げが無駄にでかい店」


「構わない」


「よっしゃ」


 リクは、デスクの電源を落としながら小さくガッツポーズをした。

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