EP08-2 あの小さな集まりの夜
ラボのフロアには、コンピューターのファンの音と、キーボードの打鍵音が静かに響いていた。
モニターには、無数のグラフとログ。
数値の波が、細かく上下している。
リクは椅子の背にもたれかかり、伸びをしながら、ひとつ大きなあくびを噛み殺した。
「ふあぁ……。」
机の端に置いたマグカップは、すでに空っぽだ。
新しいコーヒーを入れに行こうか迷っているとき、ポケットの中でスマホが震えた。
取り出して画面を見る。
『そろそろ、3人でご飯どう?』
サラからのメッセージ。
その下に続く。
『来月の20日なんてどう?時間と場所は私が決めるね!』
リクの口元が、自然と緩んだ。
「……きた。」
小さく呟きながら、すぐに親指を動かす。
『了解!任せてください幹事長!』
送信。
少し考えて、すぐに続ける。
『……あ、お任せします幹事長!でした』
『大人しく指示に従います!』
自分で打っておきながら、ちょっと笑ってしまう。
そのまま、ジンとのトーク画面へ切り替える。
『ジンさん、来月20日、ご都合いかがですか?』
カレンダーアプリのスクリーンショットを添付する。
サラのシフトと、自分の勤務スケジュールが書いてあり、都合の良い日。
数秒後、即レスで短い返信が返ってきた。
『空いてる。』
それだけ。
でもリクには、それで十分だった。
『ありがとうございます。予定入れておきます!』
敬語を崩さないまま、少しだけテンションを乗せて返す。
月1の食事会。
たったそれだけの習慣でも、リクにとっては、このラボでの“居場所”の証拠だった。
──
夕方、勤務が終わって真っ先にサラとのトーク画面を開く。
『ジンさん、OKです!』
『あとは、お店をサラ幹事長に全力で丸投げします!』
冗談めかした文面を送ると、少し間をおいてから返信が来た。
『お任せください!』
『駅から近くて、リクのお財布にやさしいところにしておくね』
『そこ大事です!!』
スタンプを追加で送る。
画面の向こうで、サラが笑っている顔が自然と浮かんだ。
しばらくして、サラからもう1通。
『駅前のあのダイナー、覚えてる?』
『こないだ3人で行ったところの、少し先にあるお店で』
以前、夜道を歩いたときに、サラがちらりと視線を向けていた店だ。
そのときは通り過ぎただけだった気がする。
『いいね、楽しみ!』
すぐにそう返すと、サラからは「決まりで!」のメッセージと一緒に、店のURLが送られてきた。
カジュアルな洋食と、子ども用メニュー。
席も広く、テーブル席が多い。
休日でも家族連れが入りやすそうな明るい雰囲気。
(……あ。)
リクは、ふと胸の奥が温かくなる感覚を覚えた。
月1の食事会の話をしているだけなのに、どこか「これから何かが始まる」ような気配が、ほんの少しだけ混ざっている。
根拠なんて、どこにもない。
「よし。」
小さく気合を入れて、リクはスマホへ視線を戻した。
ジンへチャットする。
スケジュールをカレンダーに入れる。
サラから、細かい時間の調整を聞いてジンに送る。
月に1回の、ささやかな楽しみ。
その準備が、いつものログの波に、静かに紛れ込んでいった。




