EP07-4 手のぬくもりの記憶
家に戻ると、窓から差し込む夕方の光が、やさしく部屋を照らしていた。
水族館の帰り道とは違う、ゆっくりと沈むような静けさが家全体を包んでいる。
「ママー!おなかすいたー!」
リオの声に、ユアは「はいはい」と笑ってキッチンへ向かった。
今日は特別な日。水族館であんなに楽しそうにしていたから、夕ごはんもリオの“特別”にしたかった。
「今日はね、リオの好きなオムライスだよ」
「やったー!!」
リオはサメのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、ダイニングの椅子によじ登った。
ぬいぐるみの名前を決めるのに必死で、足はぶらんぶらん揺れている。
ユアはフライパンをあおりながら、その様子を見て自然と笑みがこぼれた。
――こういう時のリオ、本当にかわいい。
胸の奥があたたかい光で満たされる。
できあがったオムライスにケチャップでハートを描いてテーブルへ置くと、リオは目を輝かせた。
「ママ!かわいい!!」
「今日は特別だからね。いっぱい食べてね」
スプーンを握る小さな手。ほおばった瞬間の“おいしい”の顔。
そのすべてが愛しくて、ユアは知らず知らず目を細めていた。
「ママもいっしょにたべよ?」
「もちろん。リオと食べるのがいちばんおいしいんだもん」
ふたりで笑い合う。その時間が、世界のどこよりも穏やかで美しく思えた。
食後、リビングのソファに座ると、
リオが"ととと"っと駆け寄ってきた。
「ママ、みて!」
サメのぬいぐるみを胸に当て、嬉しそうに頬をすり寄せている。その姿を見た瞬間、ユアの胸がじんわり熱くなった。
「かわいいねぇ……リオ、今日は楽しかった?」
「うん!!ママといっしょがいちばんたのしい!」
その言葉にユアは息を飲んだ。
次の瞬間、リオの小さな手がユアの頬に触れる。
あたたかい。
ただそれだけなのに、涙が出そうになる。
「ママ?」
「……ううん。なんでもないよ。今日はね、ほんとにいい日だったなって思っただけ」
ユアは、そっとリオの手を握り返した。
そのとき、部屋の照明がふわりと揺れたように見えた。
気のせいかもしれない。
けれど、一瞬だけ光が柔らかく歪んだ気がした。
「ママー!しゃしんとろー!」
リオがスマホを指さす。
ユアは笑って頷き、サメのぬいぐるみを抱いたリオを腕に抱き寄せた。
「はい、チーズ!」
ぱしゃ。
画面には、笑顔の親子と小さなサメ。
ただそれだけの写真なのに、宝物のように見えた。
――守りたいな。
この時間、この瞬間、この笑顔。
世界がどうであれ、リオが笑っていてくれる未来がほしい。
胸の奥で、静かな願いが灯る。
寝る時間になると、リオはサメのぬいぐるみを抱えたまま布団へ潜り込んだ。
「ママ……きょうね……すっごくたのしかった……」
まぶたが落ちかけた声。小さな息づかい。
ユアは髪をそっと撫でて囁いた。
「ママもだよ。リオがいてくれるだけで、毎日がね……とっても幸せだよ」
リオは返事をする前に、もう眠りについていた。
サメのぬいぐるみを胸に抱えながら、安らかな寝顔。
ユアはしばらくその姿を見つめ、ゆっくりと目を細めた。




