EP02-1 音のない日々
世界から音が消えた――。
そう思ったのは、葬儀の帰り道だった。
泣いている人の声も、車の騒音も、誰かの励ましの言葉も、全部、ガラス越しみたいに遠い。
耳には届いているはずなのに、意味だけが、するりと指の間からこぼれ落ちていく。
黒い靴。
黒い服。
白い花。
視界に入るもの全部が、誰かの用意した「正解の風景」のように見えた。
「リクくん……。」
誰かが肩に手を置いた。
親戚か、サラの同僚か。そこまで意識が向かない。
「時間がきっと、癒してくれるから。」
よくある言葉。
よくある音。
リクは、ゆっくりまぶたを瞬かせた。
「……そうですね。」
口が、自動的にそう返事をする。
でも――心のどこかで、別の声が囁いていた。
時間には、癒す機能なんて搭載されていない、と。
——
数日が、曖昧な塊になって過ぎていった。
朝、目が覚める。
スマホのアラームを止める。
天井を見つめる。
そこで、世界が止まる。
起き上がる理由が見つからない。
仕事。
生活。
明日。
全部、遠くの他人の話みたいに感じる。
それでも、体は勝手に動いた。
起きて、顔を洗って、最低限の身支度を整える。
洗面台の鏡に映る自分は、妙によそよそしい。
「……おはよ。」
口に出してみても、何も戻ってこない。
隣から、「おはよ」と返ってくるはずだった。
スマホを向けられて、「今日の寝起きショット」と笑われるはずだった。
何も起こらない。
何も返ってこない。
蛇口をひねる。
水は確かに流れているのに――
落ちる音だけが、聞こえなかった。
鏡の中の色彩も、どこか薄く漂白されたみたいで。
自分の声だけが、この部屋に馴染んでいないように思えた。
音が、足りない。




