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君を救うために時間を越えた。〜REWIND〜  作者: 安剛
1期:崩れゆく世界と、残された心
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EP06-1 名前を持たない違和感

 昼下がりの屋上は、少しだけ湿った風が吹いていた。


 手すりに背中を預けて、リクは紙パックのカフェオレを吸っていた。

 その姿は、まるで“休憩を擬態している犬”のようだった。


「……おっ?」


 扉が開く音に気づき、リクが顔を上げた。


 出てきたのはジンだった。

 白衣は着ていない。ラフなシャツでシンプルな服装。


「ジンさん」


 ジンは軽く頷き、隣の手すりへ無言で立った。


 少し間を置いて、リクが口を開く。


「また会いましたね、ジンさん。」


「ああ。」


 それだけ。

 会話を続けようとする色は薄い。でも、帰る気配はない。


 リクは嬉しそうに笑って、紙パックをひょいと掲げた。


「ここ、サボりポイントに最高なんですよね。」


「サボり……?」


「あ、いや、“休憩です”。“合法的休憩”。」


 慌てて言い換える。

 ジンはそれに反応しない。別に怒ってるわけでもない。ただ風だけが二人の間を抜けていく。


(この距離感……なんか好きだな、俺。)


 リクは自分で驚いた。


 まだほとんど話していない。

 なのに“この人にはちゃんと向き合わなきゃ”と思ってしまう。


 自分でも説明できない“スイッチ”みたいな感覚。


 沈黙が落ち着いてきた頃、リクがふと呟いた。


「ジンさん、休みの日って……何してるんですか?」


 ジンがゆっくり視線を向ける。


「……何も。」


「え、マジで?」


「……ああ。」


「いや、なんか……それ絶対もったいないですよ。」


 リクは笑いながら、腕を組んでみせる。


「俺、休みの日に何もしないと、逆に不安になるタイプなんで。」


「……わかる。」


「え、本当ですか?」


「不安……というより、落ち着かない。」


「え、それ……」


 リクはニヤリと笑った。


「似てますよ、俺ら。」


 ジンは答えない。でも、否定もしていない。


(……この温度、悪くない。)


 ジンは胸の奥でひっそりと思った。


 “人と話す”という行為が、2035年ではほとんど消滅していた。

 感情を均す世界で、人との距離は全て規定値になっていたから。


 ここは違う。

 雑で、うるさくて、面倒くさくて――生きている。


 リクが、話題を変える。


「そういえばジンさん、今日うちの部署の朝礼で、主任が“今季からは部署間交流を積極的に”とか言ってたんですが…」


 リクはカフェオレを振りながら顔をしかめた。


「俺、ああいうの苦手なんですよ。無駄に緊張するし。」


「……わかる。」


「え、ジンさんも?」


 ジンはわずかに視線を逸らした。


「無駄な交流は……あまり得意ではない。」


「ですよね!」


 リクの顔がぱっと明るくなる。


「むしろ俺、こうやって少人数で話してる方が楽です。」


 ジンがわずかに息を整える。


(……2035年と違う。)


 リクはまだ感情が豊かだ。

 ただの昼休みなのに、言葉が自然に流れる。

 この軽さも、笑いも、世界にまだ残っている。


 ジンは胸に溜まっていたものを噛みしめた。


(……これが、失われていく。)


 風が少し冷たく吹いた。


 リクはその変化に気づかないまま、もう一口カフェオレを吸った。


「ジンさん、また昼ここ来ます?」


「……来る。」


「じゃあ、また会ったら……かまってくださいね。」


 リクは照れたように頭をかいた。


 ジンはほんのわずかに、頷いた。


(ここから、始める。)


 この何でもない昼休みのやり取りが、

未来の“全部届かなかった悲鳴”に向かう第一歩になる。

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