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君を救うために時間を越えた。〜REWIND〜  作者: 安剛
1期:崩れゆく世界と、残された心
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EP05-4 再会ではない出会い

 翌日。


 ジンは、いつもより少し早くラボを出た。


 昼休憩のチャイムが鳴ってから、数分後。

 廊下には、同じタイミングで休憩に出る研究者たちがちらほらいる。


「ジンさん、今日は食堂行かないんですか。」


 同僚に声をかけられたが、

「外の空気を吸ってくる」とだけ返して、階段の方へ向かう。


 自分の中身にとっては5年前の光景だが、

 すんなり順応していることにあまり違和感がない。


 エレベーターではなく、階段。

 上へ向かうルート。


 足が、自然とそちらを選んでいた。


(ここに来るようになったのは、もっと後のはずなんだが。)


 心の中で、小さく苦笑する。


 元の世界では、フェーズが広がって、

 世界が少しずつ音を失い始めてからだった。


 仕事の合間に、逃げ場を探して、

 なんとなく辿り着いた場所。


 今はまだ、そこまで追い込まれてはいない。

 なのに、足だけが当時のルートをなぞっている。


 階段を上がるたび、空気が少しずつ変わっていく。

 実験室の匂いが薄れ、かわりに外気の匂いが混ざる。


 最後の踊り場を曲がって、ドアを押した。


 屋上。


 高いフェンス。

 コンクリートの床。

 端の方には、空調設備の大きな機械。


 そして、その手前に。


「……あれ。」


 フェンスに寄りかかって、

 下の街を見下ろしている背中があった。


 白衣の下に、私服用のパーカーを着ている。

 片手には、コンビニの缶コーヒー。


 ジンは、その後ろ姿を見た瞬間、胸の奥が少しだけ騒いだ。


「屋上にはよく来るんですか?」


 振り向かないまま、リクが言った。


「なぜそう思う。」


「足音。」


 リクは、軽く肩をすくめる。


「ここ、たまにしか人こないから。歩き方で“この人はよく来る人”“たまたま迷い込んだ人”ってなんとなくわかるんです。」


「便利な特技だな。」


「役には立たないです。」


 そこで、ようやく振り向く。


「やっぱり、ジンさん。」


「声聞いたらすぐわかりました。」


 リクは基本鈍いくせに、変に鋭いところがある。


「今まで見かけたことなかったのですが、ジンさん、屋上にはよく来るんですか?」


 リクが笑った。


「まあな。」


 まだ先の未来で屋上はよく来ていた。

 それは間違いない。


「よくここにいるのか。」


「ほぼ毎日。」


 リクは胸を張る。


「うちの部門、昼休みも仕事の話されがちなんで。たまには頭のスイッチ切らないと。」


「ここで切っているのか。」


「はい。」


 リクは少し状態を起こし、

 フェンスの隣を手で軽く示した。


「よかったら、どうぞ。」


 ジンは、しばらく迷った。


 この場所は、世界が変わってからは、

 何度も“どうしようもなさ”と向き合った場所。

 そして、元の世界でリクと出会った場所。


 それでも、今は少し違う。


 まだ何も起きていない世界でなら、この場所も、別の意味を持てるのかもしれない。


 ジンは、リクの隣に立った。


 フェンス越しに、街が見える。

 ビルの間を車が流れ、人が歩き、信号が変わる。


 昨日見上げた空より、少しだけ高い位置からの景色。


「ここ、好きなんですよね。」


 リクがぽつりと言う。


「下でぐちゃぐちゃ考えてたことが、ここに来ると“まあいいか”ってなる。」


「危ない考え方だな。」


「大丈夫です。“まあいいか”って言えるくらいのことしか、抱え込まないようにしてるので。」


「それは、ちょっと安心した。」


 ほんの短い沈黙が落ちる。


 風が吹いて、白衣の裾が揺れる。

 遠くで、救急車のサイレンが小さく聞こえた。


「昨日、家で話したんですよ。」


 リクが、不意に口を開いた。


「誰と。」


「サラと。」


 その名前を聞くだけで、胸の奥で何かが反応する。


「ジンさんのこと。」


「話すほどの情報はなかっただろ。」


「ですよね。」


 リクは笑う。


「でも、“同じ会社の人で・ちょっと怖そうで・でもなんか安心する感じがあって”って言ったら。」


「怖そうは余計だ。」


「目の奥の雰囲気です。」


 さらっと言われて、少しだけ傷つく。


「で、サラになんて言われた。」


「“リクの好きそうなタイプだね”って。」


「どういう意味だ。」


「自分でもよくわかんないですけど。」


 リクは缶コーヒーをぐいっと飲んだ。


「でも、なんか当たってる気もするんですよね。」


「そうか。」


「今のところ、外れてないです。」


 そう言って、リクはジンを見る。


 まっすぐな目だった。

 無邪気というよりは、ちゃんと相手を見ようとしている目。


「ジンさん。」


「なんだ。」


「よかったら、またここで話しませんか。」


 今度は柔らかい表情。

 コロコロと表情が変わる、あのリクだ。


「ここで。」


「はい。」


 リクは、フェンスを指先でとん、と叩く。


「この場所、好きなんです。誰かと共有できたら、もっとおもしろくなるかなって。」


 その誘い方は、特別な意味を含めているわけではない。

 ただ、自分の好きな場所に、誰かを招きたいという素朴な気持ち。


 ジンは、空を見上げた。


 雲の少ない、薄い青。

 まだフェーズ値の表示パネルも、感情のグラフも存在しない空。


 ここから先の時間で、この空がどう変わっていくのか。

 それを知っているのは、自分だけだ。


 だからこそ、答え方を間違えられない気がした。


「……そうだな。」


 ジンは、ゆっくりと息を吐いた。


「ここでなら、少しくらいはマシな話ができるかもしれない。」


「じゃあ、決まりです。」


 リクが、うれしそうに笑う。


「俺、だいたいこの時間か、夕方に来るんで。」


「仕事は大丈夫なのか。」


「ちゃんとやってます。」


「その“ちゃんと”が気になる。」


「今度、実績見せます。」


 そんな他愛ない会話が、屋上の風に流れていく。


 まだ、この時点では、

 数年後の世界の形がどうなるかなんて誰も知らない。


 ジンも。

 リクも。


 そして、病院でカルテと向き合っているサラも。


 それぞれの持ち場で、ただ今日をこなしているだけだった。


 それでも。


 屋上の空は、どこか静かに見守るような色をしていた。

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