表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を救うために時間を越えた。〜REWIND〜  作者: 安剛
1期:崩れゆく世界と、残された心
15/33

EP05-2 再会ではない出会い

「あ。」


 リクが、ジンに気づいて立ち止まった。


「さっきの。」


 ほんの少しだけ、嬉しそうな声だった。


「仕事、もう終わりですか?」


「区切りがついたから、今日はここまでだ。」


「いいですね。その言い方、なんかかっこいい。」


「意味はただの“定時で帰る”だ。」


「それをかっこよく言えるのが、デキる人の特権ですよ。」


 軽口を叩きながら、リクはジンの立っている柱のあたりまで歩いてくる。


 夕方のビル前は、人の流れが絶えない。

 それぞれが自分の帰り道へ散っていく。


 その中で、2人だけが、なんとなくそこに留まっていた。


「リクは、もう帰るところか。」


「はい。今日はちょっと早めです。」


 そう言って、リクは腕時計をちらっと見る。


「この時間に上がれるの、けっこうレアで。」


「そういう日くらい、真っ直ぐ帰るのが健康だ。」


「ですね。」


 言いながら、リクは少しだけ迷ったように視線を泳がせた。


「えっと、さっきちゃんと言えなかったので、改めて。」


「ん。」


「同じ会社の、メンタル系データチームのリクです。」


 さっきよりも、少しだけ砕けた口調。

 でも、礼儀は外していない。


「上のフロアで研究されてる方と話す機会、あまりないので。よろしくお願いします。」


「こちらこそ。」


 ジンも短く返す。


 本当は、もっと言うべきことがあるのかもしれない。

 未来のこととか、この世界の行く末とか、リクの死に方とか。


 でも、そのどれも、このタイミングで口にする話ではない。


 ここで必要なのは、ただの名乗りと、ただの挨拶だ。


「ジンさんって、呼んでいいですか。」


「それ以外の呼び方が思いつかない。」


「たしかに。」


 リクは笑う。


「ジン様?」

「やめろ」


 被り気味で否定するジンを見て、

 リクは更に笑う。


 その笑い方が、やっぱり未来と変わらない。

 ただ、今はまだ何も壊れていない分だけ、軽い。


「そういえば。」


 リクが、ふと思い出したように言う。


「さっきの“久しぶり”って、結局なんだったんですか。」


 ジンは、少しだけ目を伏せた。


「悪い。忘れてくれ。」


「そんな必殺技みたいな言葉あります?」


「寝ぼけた頭のバグだ。」


「バグか。」


 リクは納得したような、していないような顔をする。


「……なんか、不思議な感じだったんですよね。」


「不思議。」


「はい。初めて話したはずなのに、“前にもどこかで話したことがあるような”変な感覚で。」


 その言葉に、胸の奥が小さく動いた。


(そっち側が、そう思うのか。)


 ジンは、自分の内側の揺れを、外には出さないように押し込む。


「そう感じたなら、きっとそうなんだろう。」


「なんですか、その適当なまとめ方。」


「解析担当の感覚は、軽視しないようにしている。」


「お、それはうれしい。」


 リクが笑った、そのときだった。


「リクー!」


 少し高めの、よく通る声が、ビルの前の広場に響いた。


 2人がいっせいに振り向く。


 会社の入り口とは反対側から、1人の女性が駆けてくるところだった。


 肩までの髪が揺れている。

 落ち着いた色の私服。

 片手には紙袋、もう片方には小さな花束。


 走る速度はそんなに速くないのに、あっという間に距離を詰めてくる。まるで夕暮れの中に差し込んだ光みたいに。

 周りにいる人が、自然と道を空けていた。


「ごめん、待った?」


「いや、今出てきたところ。」


 リクの表情が、一気に柔らかくなる。

 さっきまでの職場モードとは、少し違う顔。


「今日、早く終わりそうだったから、こっち寄ってみた。」


「マジで?レア。」


「レアとか言うな。」


 2人のやり取りを見て、ジンはすぐに察する。


 この女性が、サラだ。


 2035年の墓に刻まれていた名前。

 白い石に結ばれていた、小さなプレート。


 そこに書かれていた文字が、今は、生きた声を持って目の前にいる。


「お。」


 サラが、ジンの存在に気づく。

ぱっと表情を明るくして、迷いなく距離を詰めてきた。


「リク、紹介してくれないの?」


「あ、ごめん。」


 リクが少しむせる。


「えっと、同じ会社の人で……さっき廊下で話したばっかりで……。」


「ほぼ初対面だ。」


 ジンが補足すると、サラは「なるほど」と笑顔を向けた。


「はじめまして。」


 真っ直ぐに目を見て、軽く会釈する。


「リクの妻のサラです。いつもリクがお世話になってます。」


 その言い方が、あまりにも自然で、あまりにも礼儀正しかった。

 そして、まだ“ほとんど世話になっていない”現実とのギャップが、少しだけおかしい。


「いや、まだ何も。」


 リクが慌てて否定する。


「きっとこれからお世話になるから、先に言っといた。」


「未来形で感謝するな。」


 そんな夫婦の軽い掛け合いに挟まれる形で、ジンは小さく頭を下げた。


「ジンだ。同じビルの上のフロアで働いている。」


「ジンさん。」


 サラは、その名前を口の中でやさしく転がすように、もう1度だけ呼んだ。


 ほんの短い沈黙が生まれる。


 街のざわめきと、信号の電子音の間。

 その狭い隙間に、「何か」が滑り込んだ気がした。


 けれど、それが何かを言葉にするには、まだ早すぎる。


「リクの同僚さんってことですね。」


「部署は少し違うが、まあそうだ。」


「そっか。リク、いいな。」


「なにが。」


「頼れそうな人、近くにいるじゃん。」


「いやいや、まだ名前覚えたばっかりだから。」


 リクは照れ隠しのように笑う。


「ね、ジンさん。」


 サラが、今度はジンに向き直る。


「よかったら、これからリクと仲良くしてあげてください。」


 それは、あまりにもストレートなお願いだった。


 断りづらいような、でも妙にあたたかい響きを持った頼み方。


 ジンは少しだけ考えてから、短く返事をする。


「……努力はしてみる。」


「わー、ありがとうございます。」


 サラが、ぱっと花が咲いたみたいに笑った。


 その笑顔に、リクがつられて笑う。

 2人の姿が、この世界での“日常”としてそこにある。


 ジンは、胸の奥に生じた痛みに気づきながらも、表には出さなかった。


 その痛みがどこから来ているのか、説明できる言葉がまだ無い。ただ、その痛みは“懐かしさ”とも“後悔”とも違う、名前のない何かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ