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君を救うために時間を越えた。〜REWIND〜  作者: 安剛
1期:崩れゆく世界と、残された心
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EP05-1 再会ではない出会い

 さっきまでの会話が、頭の中でリプレイされていた。

 胸の奥が、まだうまく呼吸に馴染んでいない。


『……久しぶり。』

『……え、どこかでお会いしてましたっけ?』


 (あれは完全にミスだったな。)

 こめかみに軽い痛みが残る。


 この世界では初対面。

 それだけは確かだった。


 ジンは、廊下の壁にもたれたまま、息を吐いた。

 白い壁。白い天井。行き交う白衣。


 視界の中で、リクが少し離れた場所で同僚と話をしている。

 笑いながら、身振り手振りを交えて、何かを説明していた。


 声は、ざわめきに混ざって聞こえない。

 それでも、口の動きや、肩の揺れで「たぶんしょうもない雑談だな」というのはわかる。


 未来で見てきた姿と、そんなに変わらない。

 違うのは、背負っているものの量だけだ。


 まだ、何も失っていない。

 まだ、自分の死に方も、妻の死に方も知らない。


 そう思うと、少しだけ胸がざわつく。


(こっちの時間のリクから見たら、こっちが完全に不審者なんだよな。)


 自分で自分にツッコミを入れる。


 この世界での自分は、元の世界と同じく「ちょっと名の知れた研究職」だ。

 社内のメールに名前が出るくらいには、目立つポジション。


 ただ、部署もフロアも違っていたから、リクとはほとんど接点がなかった。

 全社ミーティングで遠くから見かけたかどうか、その程度だろう。


 さっきの「久しぶり」は、完全に2035年側の感覚だった。

 この時間軸では、そんな記録はどこにも存在しない。


(やらかした、の一言だな。)


 そう結論づけたところで、視界の中のリクがふとこちらを見た。


 目が合う。


 いつか見た笑い方の前兆――口元がほんの少しだけ、左右非対称に動く。

 2035年で、何度も見た癖だった。


「あの。」


 リクが、軽く会釈しながら近づいてくる。

 ジンは、姿勢を起こした。


「さっきは、すみません。」


 先に頭を下げてきたのは、リクの方だった。


「突然声かけられて、ちょっと混乱して。知り合いだったら失礼だなって思って。」


「いや。」


 ジンは短く答える。


「こっちこそ悪かった。」


「え。」


「廊下で、変なタイミングで声かけたのはこっちだ。」


 言いながら、自分の中で苦笑する。


「……ちょっと、夢見が悪くてな。頭の中の時間と、現実の時間が、ずれた。」


 かなり苦しい言い訳だが、まったくの嘘でもない。

 今まで、自分は2035年にいたのだ。


 リクは一瞬ぽかんとして、それから「なるほど」と笑った。


「朝、寝ぼけてエレベーター乗り間違えた日と同じですね。」


「そんな日があるのか。」


「あります。けっこうあります。」


 自分で言いながら、なぜか胸を張っている。

 その様子に、ジンの口元がわずかに緩んだ。


「そういう意味なら、たぶんさっきのは“寝ぼけ声かけ”なので。」


「そういうことにしておく。」


「助かります。」


 リクは、あらためて姿勢を正した。


「俺、リクっていいます。メンタル系のデータ見てる解析チームで、下のフロアにいます。」


 差し出されたのは手ではなく、小さな会釈だった。

 この距離感が、この世界の“初対面”としては自然だ。


「ジンだ。」


 短く名乗る。


「上のフロアで、ラインの基礎研究を見てる。」


「あ、やっぱり。」


 リクの顔がぱっと明るくなる。


「全体ミーティングの資料で名前見たことあります。なんか、すごそうな人だなって噂だけ。」


「噂はだいたい盛られてる。」


「ですよね。安心しました。」


「安心するポイントがおかしい。」


 そんなやり取りをしていると、廊下の向こうから誰かが声をかけてきた。


「リクー、さっきの資料どこいった?」


「やば。すぐ戻ります!」


 リクは小さく頭を下げる。


「じゃあ、またどこかで。」


「ああ。」


 短い返事を返す。


 リクは小走りで去っていった。

 白衣の裾が揺れて、ざわめきの中に紛れていく。


 その背中を、ジンはしばらく黙って見送った。


(これは“再会”じゃない。

 ただ――どうしてだろう。初対面よりずっと、懐かしい。)


 胸の奥に、まだ名前の付いていない痛みが、静かに残っていた。



 その日の夕方。


 フロアに残る人影が、少しずつ減っていく時間帯。

 ジンは、簡単なログチェックを終えると、モニターを落とした。


「お先に失礼します。」


 同僚に声をかけ、ラボを出る。

 自動ドアが閉まる音とともに、機械の駆動音が遠ざかっていった。


 エレベーターに乗る。

 扉が開くたび、違うフロアの空気が流れ込んでくる。


 会議室フロア。管理フロア。

 最後に、ビルのロビー。


 セキュリティゲートを抜けると、外の空気が胸の奥まで入り込んできた。


 まだ夜にはなりきれない、夕方と夜の境目。

 街灯が順番に点き始め、歩道には帰宅する人たちの列ができている。


 空は、濃い群青に近づきつつある。

 ビルのガラス面が、残光を拾ってかすかに光っていた。


 ジンは、ビルの前で立ち止まった。


 まっすぐ家に帰るつもりでいたはずが、足がなぜか動かない。


(……どうする。)


 自分に問いかける。


 このまま帰って、汚れた部屋に戻る。

 あの世界の記憶だけを抱えて、布団に潜り込む。


 それは、楽だ。


 ただ、楽だからといって、正しいとも限らない。


(“全部、救ってきてください。”)


 病室で、リクはそう言った。


 世界を救うとか、フェーズを止めるとか、そこまで立派なことをやる覚悟は、まだできていない。

 そもそも、何ができるのかもよくわからない。


 わかっているのは、たった1つだけだ。


 この世界には、まだリクがいる。

 あの墓の前で見た、小さなプレートを思い出す。


 『Sara 2030/11/07』


 あと半年。

 そのはずの名前が、今はまだ、ただの“生きている誰か”としてこの街のどこかで呼ばれている。


 それだけは、確かだ。


(とりあえず、ここから逃げないくらいは、しておくか。)


 そう心の中でつぶやき、ビルの出入口近くの柱にもたれて、空を見上げた。


 淡い色から濃い色へ変わっていく途中の空。

 遠くで、搬送ドローンの小さな機体が点のように動いている。

 2035年の空とは、少し違う。


 あの頃より騒音を感じる。

 警告音も、アラートも、今はない。


 こんな空が、この先どこまで続くのか。

 その答えは、まだどこにも書かれていない。


 ジンがゆっくり視線を戻したとき、ビルの自動ドアが開く音がした。


「おつかれさまでーす。」


 軽い声とともに、白衣姿の若い男が出てくる。


 リクだった。

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