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君を救うために時間を越えた。〜REWIND〜  作者: 安剛
1期:崩れゆく世界と、残された心
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EP04-4 まだ何も壊れていない世界へ

 ラボ前の廊下は、いつものように少し騒がしかった。


 誰かが資料を抱えて走っている。

 誰かがコーヒーを片手にログを読みながら歩いている。

 誰かが立ち話をしていて、誰かがそれを避けながら通り過ぎる。


 ジンは、その中をゆっくり進んでいた。


 足が、ある一点で止まる。


 視界の端に、見覚えのある後ろ姿が映った。


 白衣。

 ポケットからはペンとメモ帳がはみ出している。

 歩きながら誰かの話を聞き、軽く相槌を打っている。


 背中のライン。

 肩の使い方。

 首の角度。


 全部、知っている。


 リク。


 名前を心の中で呼んだ瞬間、胸の内側に冷たい波がひとつ走った。


 2035年の病室。白い天井。フェーズ値ギリギリのグラフ。


『全部、救ってきてください。』


 そう言った男が、何も知らない顔で、数メートル先を歩いている。


 フェーズも、2035年の世界も、自分の死に方すらも知らないまま。


 ジンは、息をひとつ吐いた。


 喉の奥が、少しだけきゅっと細くなる。


 涙が出る、というイメージは浮かばない。

 ただ、身体が状況を先に理解して、感情がまだそこに追いついていない。


 そんなズレだけが、はっきりわかる。


「……よく生きてたな、俺。」


 声に出さず、心の中でだけ呟く。


 2035年までの5年を思えば、あの性格でよく壊れずにあそこまで走ったと思う。

 ――この“だらしなかった頃の自分”が、よく未来で踏ん張れたな、と。


 そんな妙な感慨が、胸の奥でじわりと広がる。


 どう声をかけるべきか。


 何を、最初の一言に選ぶべきか。


 2035年の世界で、何百回も会話を重ねてきた相手なのに、

 「初対面」として話しかけるのは妙に難しい。


 頭の中で、いくつかの候補が浮かんでは消える。


 「すみません」。他人行儀すぎる。

 「ちょっといいですか」。勧誘かアンケートみたいだ。


 名前で呼ぶのは、もっとおかしい。


 それでも、口の中で名前がうずく。


 リク。


 ……リク。


 呼びたい。

 でも、呼べない。


 そのせめぎ合いの中で、結局、口からこぼれたのは、

 1番不器用な言葉だった。


「……久しぶり。」


 自分でも、「あ」と思う。


 初対面の相手にかける言葉ではない。

 5年後の自分の時間から見れば、たしかに「久しぶり」

 けれど、最近まで話していた。

 でも、この世界のリクからすれば、完全な知らない人間。


 自分でもわけがわからなくなる。

 しかし、その矛盾に気づいた瞬間には、もう遅い。


 声は、相手の耳に届いている。


 リクが、振り向く。


 目が合った。


 5年後と同じ、少し人懐こい目。

 ただ、まだ何も背負っていない分だけ、軽い。


 リクは、一瞬きょとんとしたあと、すぐに柔らかい笑みを作った。


「あれ……僕、どこかでお会いしました?」


 自然な礼儀。

 初対面の相手に向ける、控えめで丁寧なトーン。


 ジンは、そこで言葉が詰まった。


 「ある」と言えば、この世界線では嘘になる。

 「ない」と言えば、自分の中身を否定するような感覚がある。


 喉が、変な形に固まる。


「……あっ。」


 間抜けな声が漏れた。

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