表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を救うために時間を越えた。〜REWIND〜  作者: 安剛
1期:崩れゆく世界と、残された心
10/33

EP04-1 まだ何も壊れていない世界へ

 「……は?」


 思わず声が出た。


 最初に戻ってきたのは、音だった。


 車の走る音。信号の電子音。

 子どもの笑い声。誰かの舌打ち。

 すべて聞き覚えがある。

 だが、密度だけが違う。やけに“生きて”いた。


 ジンはビルの壁にもたれながら、ゆっくり息を吐いた。


 喉が乾き、胸の奥がざわつく。

 頭の中だけが不自然に静かだ。


 手には、古い型のスマホが握られている。

 角が少し削れ、画面には薄い傷がある。


 ロック画面をスワイプすると、日付が目に飛び込んだ。


 「2030年4月7日」


 読み上げた瞬間、数秒遅れて思考が追いつく。


 ――2030年。


 さっきまでいたのは、2035年の医療フロア。

 スタッフ用フェーズ経過観察室。

 白い天井を嫌がっていたリクの隣。


 そこで、リクは…笑っていた。

 弱々しく、振り絞った笑い方だった。


 『……今度こそ、サラも、世界も、ジンさんも。全部、救ってきてください。』


 『ちゃんと、生きてください。』


 その声と共に、心拍音が途切れた。


 世界から音が消えた――はずだった。


 今、ここには音がある。


 車の音。人の声。風で揺れる木々のざわめき。


 ジンはスマホから目を離し、周囲を見渡す。


 ガラス張りのビル。古い街路樹。横断歩道の白線。

 自動運転車と、人の運転する車が混在している。


 壁面モニターはあるが、まだフェーズの数字は映っていない。

 ニュースのテロップも、“フェーズ”の字すら口にしていない。


 人々は、うるさいくらい自由に歩いていた。


 怒鳴る人。笑いながら肩を叩く人。

 誰も、感情を抑えようとしていない。


 風が吹き、遠くでカラスが鳴く。


 ジンは、もう一度スマホを見つめた。


 「……2030年。」


 声にすると、喉の奥で空気がざらついた。


 「5年前、か。」


 2035年の冬から、2030年の春へ。

 時間だけ巻き戻り、感覚だけが置いていかれている。


 “戻った”という言葉がよぎる。

 すぐに否定した。


 「……戻された、だな。」


 リクが投げた「残り」。

 そして――あの声の余韻。


 言葉にならない“何か”が、

 世界の膜を押し返すように、ジンの意識を揺らした。


 正体はわからない。

 名前もつけられない。


 ただ、

 あの瞬間に働いた“作用”だけが、

 ジンをこの場所へ送り出した。


 理由はない。

 説明もない。


 結果だけが、ここにある。


 2030年4月7日。

 もう一度スマホを見ると、

 確かに日付は2030年になっていた。


 2035年。

 あの世界は止められなかった。

 フェーズ管理体制は人類の感情を平滑化し、

 世界は“静かに壊れていった”。


 それでもリクは言った。


 “全部、救ってきてください”。


 そしてジンは、ここにいる。


 「……ほんとにあるのか、こういうの。」


 小さく自嘲する。


 時間を巻き戻すだとか、世界線だとか。

 2020年代のSFでよく見た話。


 まさか自分がやる側になるとは思わなかった。


 ビルのガラスに映った顔だけは、見慣れたものだ。

 だが、中身だけが5年ずれている。


 35歳の記憶を持ったまま、2030年に立っている。


 「……リク。」


 名前を呼んでも返事はない。

 この時間軸では、まだ「出会っていない」。


 胸がきゅっと縮む。

 さっきまで握っていた手の温度だけが、体の奥に残っていた。


 『ちゃんと、生きてください。』


 最後の命令。

 その言葉だけが、妙にクリアだった。


 「……聞こえてるよ。」


 誰にも届かない声でそう呟く。


 これから何をすればいいのか、まだわからない。


 ただひとつだけ、確かなことがある。


 2030年11月――

 世界が崩れ始める“分岐点”。


 この世界線では、あそこで止めなければいけない。


 義務とも、罪悪感とも呼べない何かが、

 胸の底で静かに沈んでいく。


 まだ定義できないまま、ジンは背を離した。


 足が自然と動き出す。


 まずは、自分がどこにいるのか。

 そして、この世界が本当に2030年なのか。


 確かめる必要があった。


 ここが、“まだ何も壊れていない世界”なのかを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ