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偽りの陰キャ生活と本物の絶望〜嘘告してきた陽キャども、弁護士と警察を本気にさせたお前らの未来に救いはない〜  作者: ledled


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第四話 偽りの仮面を脱ぎ捨てて、君と歩む未来

俺とその家族による徹底的な反撃がもたらした結末は、火野隼人たちが想像しうる限りで最も苛烈なものだった。彼らが俺に与えようとした一時の屈辱と絶望は、利子どころではない、複利計算の果てに膨れ上がった本物の絶望となって、彼ら自身の人生に容赦なく襲いかかった。


まず、刑事事件として立件された火野隼人は、傷害未遂、強要未遂、そして名誉毀損の容疑で家庭裁判所に送致された。保護観察処分という、未成年としては極めて重い処分が下される。この事実は即座に学校側に伝わり、サッカー強豪大学への内定が決まっていた彼のスポーツ推薦は、当然のごとく白紙撤回された。エースを失ったサッカー部は混乱し、彼を信奉していた部員たちも手のひらを返したように距離を置いた。彼が築き上げてきた教室での王様という地位も、輝かしい未来も、全てが一夜にして崩れ去った。


だが、地獄はそれだけでは終わらない。


神楽坂法律事務所が起こした民事訴訟は、隼人たちに更なる追い打ちをかけた。裁判所は、組織的ないじめとSNSによる名誉毀損の悪質性を認定。隼人を主犯格とし、天海莉央や他の取り巻きたちを共犯として、彼らの保護者に対し、慰謝料として到底一括では支払えないほどの高額な賠償金の支払いを命じた。火野家は、その支払いのために長年住み慣れた家を手放すことを余儀なくされた。プライドの高かった彼の両親は近所からの視線に耐えきれず、一家はひっそりと街を去っていった。


嘘告白を実行した天海莉央もまた、同様の運命を辿った。派手な友人たちは蜘蛛の子を散らすように彼女から離れていき、教室での居場所を完全に失った。賠償金の支払いを巡って両親は毎晩のようにいがみ合い、温かかったはずの家庭は修復不可能なほどに崩壊した。


他の取り巻きたちも同様だ。それぞれの家庭に重い経済的負担と、決して消えることのない汚点を残した。彼らはやがて学校に顔を出さなくなり、その名前がクラスで話題に上ることもなくなった。まるで最初から存在しなかったかのように、彼らは俺たちの日常から消えていった。


因果応報。彼らが軽い気持ちで放った悪意の礫は、巨大な岩となって彼ら自身を押し潰したのだ。俺は、彼らが堕ちていく様を、ただ静かに見届けていた。同情もなければ、喜びもない。それはただ、そうなるべくしてなった、当然の帰結だった。


全てが終わり、教室に以前の、いや、以前よりも健全な日常が戻ってきたある日の放課後。俺は、いつもの屋上にいた。しかし、一人ではなかった。隣には、月詠栞が静かに寄り添っている。


夕日が校舎を茜色に染め、俺たちの影を長く伸ばしていた。俺はもう、度の強い眼鏡も、わざと野暮ったくしていた髪型もやめていた。コンタクトレンズに変え、本来の、すっきりと整った素顔を晒している。それが、俺なりの一つの区切りだった。


「ごめん、色々巻き込んだ」


長い沈黙を破り、俺は静かに口を開いた。一連の事件の引き金になったのは、俺と彼女の関係性だった。俺が彼女を守ろうとした結果、彼女にも多くの心労をかけたことは事実だ。


しかし、栞はゆっくりと首を横に振った。その黒髪が、夕暮れの風に優しく揺れる。


「ううん。巻き込まれたなんて思ってないよ。むしろ、私は嬉しかった。律が、私のために本気になってくれて。私の知らないところで、一人で傷ついてほしくなかったから」


彼女はそう言うと、俺の顔を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、一点の曇りもない、澄み切った信頼が宿っている。


「それに、私、最初からずっと、律のこと信じてたから。律は絶対に負けないって、分かってたから」


その言葉が、俺の心の最後の壁を、静かに溶かしていった。


そうだ。俺は今まで、「平穏」を履き違えていた。誰とも関わらず、波風を立てずに生きることだけが平穏だと思い込んでいた。だが、それはただの孤独な逃避でしかなかった。本当に守るべき平穏とは、違う。


俺は、栞の目を真っ直ぐに見つめ返し、覚悟を決めた。もう、偽りの仮面も、遠回しな言葉もいらない。俺の素直な、本当の気持ちを伝える時が来たのだ。


「栞」


俺が彼女の名前を呼ぶと、栞の肩がわずかに震えた。


「俺は今まで、誰にも迷惑をかけず、目立たず静かに生きるのが一番だと思ってた。でも、間違ってた。本当に守りたいもののために、自分の全てを懸けて戦うことの方が、ずっと大事なんだって、今回のことで気づかされた」


俺は一度言葉を切り、深く息を吸う。そして、心の底からの言葉を紡いだ。


「俺が守りたいのは、いつだって栞、君だ。物心ついた時から、ずっと。……好きだ。俺と、付き合ってほしい」


言い終わると同時に、栞の大きな瞳から、一筋の涙がはらりとこぼれ落ちた。それは悲しみの涙ではなく、夕日を反射して宝石のようにきらめく、喜びの涙だった。


「……遅いよ、律のばか」


彼女は涙声でそう言うと、はにかむように笑った。


「私も、ずっと、ずっと律のことが好きだったよ。やっと言ってくれた……」


次の瞬間、どちらからともなく、俺たちの距離はゼロになっていた。夕日に染まる空の下、二人の影が、ようやく一つに重なった。


翌日から、俺は素顔で登校するようになった。分厚い眼鏡を外した俺の姿に、クラスメイトたちは一様に驚きの声を上げた。そして、俺の隣には、世界で一番幸せそうな笑顔を浮かべた栞が、当たり前のように寄り添っていた。


「え、神楽坂くんって、あんな顔してたの!?」

「ていうか、月詠さんと付き合って……る?」

「あの火野たちの一件、もしかして……」


周囲の生徒たちが、何かを察したように囁き合う。だが、もう誰も、俺たちに無遠慮な言葉を投げかけてくる者はいなかった。彼らは本能的に理解したのだ。俺たちが、ただの陰キャと美少女のカップルではないことを。


俺たちは、そんな視線を気にも留めず、しっかりと手を取り合って廊下を歩く。指先から伝わる彼女の温もりが、俺に新しい「平穏」の意味を教えてくれていた。


俺にとっての平穏とは、もはや波風の立たない無菌室のような日常ではない。愛する人と共に手を取り合い、たとえどんな荒波が来ようとも、二人で乗り越えていくこと。その強さこそが、俺が手に入れた本物の平穏なのだ。


偽りの仮面を脱ぎ捨てた俺の隣で、栞が幸せそうに微笑む。その笑顔を守るためなら、俺はこれからも何度だって戦おう。弁護士の両親の知識も、格闘技で鍛えた力も、そして月詠警視正の権力さえも、全てを武器に変えて。


俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。光の差す方へ、二人で歩む新しい未来へと、確かな一歩を踏み出した。

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