第七話 脳筋と天才の化学反応
アベナルは旅の最中でフィーアの魔法鍛錬に付き合っていた際、フィーアに魔法を教えた。
「フィーア、大きくしているだけだとまた怒られるわよ」
「分かってるわよ、でも私は魔力が多いから必然的に巨大になるの」
バツの悪そうにするフィーアに、アベナルは軽く笑いながら人差し指を振る。
「良いことを教えてあげるわ。魔法はね、圧縮できるの」
アベナルが放った小さな火球が地面に着弾する。小石くらいだった火球が、地面に当たった瞬間に弾けるように膨張していき、フィーアが放つものよりも大きくなる。
その光景にフィーアは目を見開き、驚きで固まっている。
「これならケイルにバレないで魔法を使えるわよ?」
フィーアは黙って魔法が着弾した場所を見ていた。自分よりも高い威力で、放つ魔法の大きさを小さくしている。
食い入るように見ていたフィーアは、アベナルが話しかけてきているの気付いて笑顔で顔を向けた。
「それ、すごいわね!どうやるの?」
「結構簡単なのよ?まず魔力をこうして、こうするの」
過程の全てを飛ばした説明は、人に教えるものとは思えない程の内容だった。
本気で教える気があるようには思えない。
ただ、身振り手振りを交えて教える姿は、彼女なりに教えるつもりはあるようだった。
ただこの場において好都合だったのは、フィーアもアベナルよりの感性の持ち主だったことだ。アベナルの説明になっていない言葉を正確に受け取ると、見事に魔法の圧縮をしてみせた。
本来なら扱う魔法の魔力に薄い膜を魔力で張って、膜を内側に向けて押し込めるという過程がある。それをフィーアはアベナルのとんでもない教えから、イメージだけで小さくしていた。
まさに天才と言うべき魔法使いである。
「こんな感じかしら?」
フィーアが小石程の大きさの火球を嬉々として見せれば、アベナルも頷く。
頷いているアベナルだが、内心ではフィーアの才能に舌を巻いていた。
(私の教えで出来るようになるなんて、思ってたより天才なのね)
新しくできるようになった魔法を何度も何度も放つフィーアに、冴えない顔でアベナルは苦笑する。
威力は変わっていないのだから、気軽に何度も放って良いものでは無いのだ。
周辺が焼けていき、フィーアが魔法を放てばさらに状況は悪化する。
しかも圧縮した分爆発的に拡散し、魔法の威力が高まっていた。そのせいか、周囲の惨状は前よりも酷くなっている。
アベナルが止めようとした時には手遅れで、フィーアが圧縮火球を円上に展開し、その全てを放ったのが決め手だった。
爆発した音が鳴り響き、一帯は炎を帯びて燃え盛る。
流石のフィーアもやらかしたと顔を青くしていれば、頭上に黒い雲が現れ一帯を覆っていく。
大雨が下で燃え盛る炎に降りかかり、勢いを失った火は消えていく。
彼とホリーがゾッとするような笑みを浮かべて、アベナルとフィーアの傍に降り立った。
言葉を出せずに、怯えた顔でアベナルとフィーアは抱き合う。
「昨日言ったことをもう忘れた?フィーア」
「お、覚えてたわよ。けれど、そのぉ」
フィーアが言い淀めば、彼の視線はアベナルへと向けられる。刺すような視線に身を震わせて、アベナルは背筋を伸ばす。
「私は、その。あれよ、こうならないように魔法を教えたんだけど」
「それはどんな?」
「圧縮の魔法よ!威力はそのままで、大きさを小さくするの」
訝しんだ様子で彼は小首をかしげた。その目は何を言っているんだと、冷ややかにアベナルへと向けられている。
「威力がそのままだと変わらないのでは?」
「「あっ」」
今更とばかりに気づいた二人が同じく理解する。
前に問題になったのは、湖を蒸発させたり森を焼いたその火力だった。それを大きさだけを変えても、威力は変わっていない。
しかも範囲が狭まる事も無く、ただ大きさを小さくしただけ。惨状が変わらない筈だった。
アベナルが教えるべきだったのは、効果範囲を狭めるか魔力を少なく込める方法である。
何かを言おうとして口ごもる二人に、彼とホリーはその場に座らせて長い説教を始めた。
■ ■ ■
二人に説教されたフィーアは、むくれた顔をしてふてくされていた。
足をばたつかせながら寝転がって、体を不規則に転がしている。
「魔法なんて殲滅できれば何でも良いのに」
自分はこんな魔法使いに正体を見抜かれたのか。そう思うとアベナルは途端に自分が情けなくなってくる。
私の正体を暴いた時のこの人の頭の冴えようはどこにいったのか、半眼で小さな笑いをこぼしながら彼女を見る。
長く伸びた赤い髪に理知的な青い目、赤い宝石が炎のように輝く杖は彼女によく似合っている。
魔法使いを象徴するローブには杖同様に髪と同じ赤の刺繍が組み込まれ、帽子を被る姿は魔法使いさながらだ。
見た目だけなら魔法使いなのだが、ここ最近のせいでフィーアの事を魔法使いとして見れなくなってきている。
「あ、貴女本当に私の事を宵闇って良く見破ったわね」
「別に大したことじゃないわよ。魔法以外の分野なら知的だからね」
そこは魔法で知的であってくれ。
どう考えても戦闘で扱う魔法の方が重要だろうが。そう思わず口から出てしまうのを抑える。
アベナルがフィーアを見る顔がどんどん変わっていく。
フィーアはそんな事にも気づかずに、ひたすら魔法のイメージをして目を瞑って自分の世界に入り込むのだった。
「待て待て待て、ちょっと待ちなさい?」
アベナルが必死にフィーアを止めれば、彼女もアベナルを不思議そうに見る。
「どうしたのよ」
「今の状態で魔法のイメージなんてしても変わらないわよ?」
このまま魔法のイメージをさせてしまうと、フィーアの成長がまた威力重視になってしまう。
二人に叱られてなお殲滅できればいい、なんて言い出すのだから彼女の魔法へのイメージを変えねばならない。
アベナルはどうにかして彼女を威力特化型の魔法使いから変えられるか、眉間にしわをよせ唸りながら考えた。
(といっても、フィーアは威力特化の方が性に合いそうなのよね。勿論バランス型や速度に適応タイプも出来そうだけれど、固有魔法と魔力量的には絶対的に威力を出したほうが良い)
ただ勇者は守るものを背負っている戦いを強いられる事が多い。
ただ魔族を倒せばいいのではなく、人々に被害を出さないことを求められる戦場では火力や範囲は絞らなければいけない。
そういう意味で、フィーアはこれから先に手加減を覚えなくてはいけない。
「威力を出したいのは分かるわ、私も周囲を気にしない方が楽でいいもの。けどね?勇者の仲間がそれじゃまずいでしょ」
「確かに、でも私は魔力調整が苦手だから」
「成る程ね、それならコップをイメージするといいわよ。自分の使う魔法を出したい威力によってコップの大きさを変えるの」
大きいコップならたくさん水が入る、小さいコップなら水が少しだけという事を、魔力と水を同じものとして例えていすのだが、いかんせん分かりにくい。
とはいえそこは似た者同士である二人、分かった風に頷くフィーアに自分は教える天才と、自信満々な顔で胸をはるアベナルであった。
■ ■ ■
アベナルと手加減について教わっていたフィーアは、魔物を相手にしていた。
相手にしているのは狼型のモンスター。小柄な二匹に、大柄な一匹が唸りながらフィーアを睨んでいる。
前にいた小柄な二匹が突っ込んでくると、フィーアは炎の槍を放つ。
炎の槍を二匹の狼は身軽に避けると、フィーアへと一直線に突っ込んでくる。
フィーアの炎の槍は急旋回し、二匹の狼を背中から貫いた。小さな悲鳴と共に、二匹の狼はその場で倒れる。
それを見ていた大柄な狼は、形成が不利だと冷静に判断したのか背中を向けて、森へと逃げ出した。
フィーアはそれを逃さず、炎の槍を再度放つ。炎の槍は放たれれた矢のように早く、木々をうねりながら避ける。
逃げる狼の背中を炎の槍が貫き、小さな遠吠えと共に倒れた。
その様子を離れて見ていたアベナルは、フィーアのやった高等技術に舌を巻いていた。
「追尾魔法に魔法圧縮、魔力調整と範囲指定の合わせ技。一を聞いて十を学ぶか」
ついさっきまで魔力の調整も魔法の圧縮も、範囲指定も出来なかったフィーアが、その全てをやってのけた。
フィーアの魔法に満足したアベナルは、彼女のもとに行くと、満足そうに親指を立てる。
「ナイス、フィーア。それにしても凄いわね!追尾魔法も合わせて使うなんて」
「でしょ?あの図体のでかい狼を一発で倒す為に、威力をそのままに範囲だけ狭めたのよ!」
アベナルが目をパチパチさせて固まる。ゆっくりと首をかしげ、魚みたいに口を動かしている。
(威力をそのまま?魔力調整してないの?範囲指定だけ、どういう事)
まさかフィーアが威力をそのままに範囲だけ絞っていた事に、アベナルは混乱して首をかしげたまま動かなかった。
フィーアが固まるアベナルを他所に、何やら熱心に話している。どうやらコップと言われた時に、コップの水に入る量を大きさに例え、範囲指定の感覚を掴んだとか。
少し何を言っているのか、アベナルは全く理解出来ずに頭を回し、「へへ」なんて意味不明な言葉を発していた。
無論、フィーアはそんなアベナルが自分の話しを集中して聞いていると思ったのか、腕を組みながら長話を始めるのだった。
■ ■ ■
アベナルとフィーアは魔法の鍛錬を終えると、野営の準備をしているケイルのところへ行った。
なぜかおぼつかない足取りに、頭を回しているアベナルと鼻歌まじりにスキップしているフィーア。
ホリーはフィーアに対して瞳を上に頭に、手を添えてフィーアを見る。
ケイルは体調の悪そうなアベナルに心配そうに近づき、彼女の手に自分の手を差し伸べる。
アベナルはケイルの手を取らずに、千鳥足のように揺れながら、ケイルの胸に思いっきり全身で寄りかかった。
突然の出来事に、ケイルの動きが止まり、目を額にシワができる程目を見開く。動かない手を無理やり動かして、閉じたままの唇を開こうとしながら、アベナルの背中に手を回した。
「だ、だだ、大丈夫かい?」
「フィーアの話、長い。あの馬鹿、小一時間も、あうん」
情けない言葉と共に、完全にケイルに身を委ねて気絶したアベナルに、ケイルは視線を逸らす。それでもしっかりと、彼女の背中を抱きしめ、アベナルの体を決して離そうとはしないのだった。
投稿遅れてすいません!投稿頻度をこれからもっと戻していけるようにします…




