ベルゼリアの手紙
「ひどい有様じゃな」
「クレルモントリオか。何の用だ。ベルゼリアをたぶらかした次は俺にでもたかる気か?」
クレルモントリオは首を振る。
「そんなに警戒せずともよい。儂はただ頼まれ物を渡しに来ただけじゃ」
クレルモントリオは懐から手紙を取り出すと、アッシュフォードに差し出す。
「これは?」
「ベルゼリアからじゃ」
アッシュフォードは訝しげにクレルモントリオを見つめ、その手紙を受け取らなかった。
そんな様子にクレルモントリオはため息を漏らす。
そして、手紙を地面に置き、飛ばぬように上に石を置いた。
「仕方がない。これで渡したと言う事にしておいてもらうとするか。読む読まぬそなたの自由じゃ。それでは儂は行くぞ」
とぼとぼと立ち去る老婆の背に、殺意はわかなかった。
欠落した心は、渇き、飢えている。
血を全身に浴び、悲鳴を奏で、歓喜に酔いしれる。
そうすることがきっと魔族らしい。
そうアッシュフォードは思っていた。
そして、その殺戮のパレードが今からまた始まろうとしていた。
だが、アッシュフォードはその場に立ち止まったまま動けないでいた。
アッシュフォードの視線は手紙を捉らえて離さない。
じっと見つめていた。
アッシュ、貴方がこの手紙を読んでくれているという事はまだこの手紙が存在しているということね。
少し安心したわ。
貴方なら読まずに破り捨ててしまうんじゃないかって心配していたから。
だから伝言にしようかと思ったんだけど、それだと伝言相手を疑って信じないだろうから、やっぱり手紙にしたわ。
もしこれを読んでいるのがアッシュではないないなら、お願いがあります。
紫の瞳を持つ半堕ちのアッシュフォードという魔族に私の手紙の内容を伝えてください。
普段なら他人の手紙の内容を盗み見るなんてと怒る所だけど、もしかしたら千切れてバラバラになった手紙の内容を頑張って読んでくれているかもしれないのだから、今回は許してあげるわ。
だからお願い。
じゃあ、アッシュ、聞いてね。
貴方に伝えないといけない事があるわ。
一つは謝罪、もう一つは感謝。
どちらから先に言うべきかしら。
じゃあ、まずは謝罪から。
貴方にはたくさんの嘘をついたわ。
そして、その嘘によって貴方の心を傷つけた。
ごめんなさい。
貴方に教えた人間になる方法。
あれは嘘なの。
あのクレセントストーンをいくら覗き見ても人間になんてなれはしなかった。
本当の人間になる方法。
それは穢れた魂を一度滅する事。
私の魂はひどく汚れていて、幾度輪廻しようと黒い淀みの中に囚われてしまう。
だから魂を一度消すの。
そのために貴方を利用したわ。
ごめんなさい。
そして、これはすごく大きな嘘。
貴方に嫌いだと言った事。
私は貴方を愛しているわ。
これは本当よ。
今更かもしれないけれど、本当なものは本当なのだから仕様がないのよ。
それから感謝ね。
さっきも言った通り、私が人間になるには貴方が必要だった。
私には自分で魂を消すどころか、肉体の滅びであっても怖くて仕方無くてどうしようもなかった。
それなのに貴方に触れあっている時はそのまま死んでしまっても構わないとさえ思えてくるの。
不思議なものよね。
愛するアッシュフォード、もし今度会えたなら私はきっと貴方と同じ半堕ちの魔族。
今度は何の気負いも無く愛してくれても良いのよ。
でも、きっとその時私は何も覚えていない。
もしかしたら一度魂を消してしまうのだから私と呼べるものではないのかもしれない。
けれど大丈夫よね、アッシュ。
貴方なら私がどんな風になっても私を必ず見つけ出してくれる。
信じているわ。
じゃあ、もしもう一度会えるようなら待っているから。
アッシュ、愛していたわ。
「信じない・・・信じないぞ、こんなもの・・・信じてたまるものか!」
アッシュフォードは怒りにまかせ、手紙を破り捨てる。
紙切れがひらひらと宙を舞う。
そして、アッシュフォードは顔を覆い、慟哭した。
「あの女は俺を騙し、最後の最後までこの俺を苦しめて楽しんでいやがる!悪趣味な女だ!どれだけ俺をもてあそべば気が済むんだ!でたらめだらけだ。きっとそうだ。この手紙もでたらめだらけで・・・くっ・・・そう・・・あってくれ・・・」
膝をつき、崩れ落ちる。
「・・・ベル・・・ゼ・・・リア・・・」
アッシュフォードは散り散りになった紙片をかき集め、握りつぶした。
お疲れ様でした。
これでこのお話はお終いです。
ここまで読んでくださった皆様に感謝と謝罪を。
ありがとうございました。
すみませんでした。