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半堕ち

アッシュフォードは自分がこんなにも脆かったとは痛感していた。

たった一言でこんなにも心が揺れ動く。

魔族なら騙して当然。

騙される方が悪い。

そんな建前などアッシュフォードにはどうでもよくなっていた。

ベルゼリアは何を思って自分の傍にいたのだろう。

そんな事を考えるが、ベルゼリアの気持ちなどアッシュフォードには理解できなかった。

やはりこれは生まれながらの魔族と元人間の差なのだろうか。

そんな風にアッシュフォードは思えてならなかった。

ふらふらとさまようアッシュフォード。

そんな彼に光が訪れる。

光は彼の太ももを貫き、痛みを作り出す。

アッシュフォードはぼんやりとした眼でよく見るとそれは矢であった。

アッシュフォードが無造作に矢を抜くと血が噴き出した。

心の痛みがこのような塞がる痛みであったならばどんなに良いだろうか。

アッシュフォードはそう思わずにはいられない。

程なく騎獣に乗った男が現れる。

「何だ、半堕ちか」

吐き捨てるように男は言う。

そして、続いて同じように騎獣に乗った男が二人現れる。

「いかがでしたか?クリストフ様」

「いかがも何も、紛らわしい半堕ちがいただけ。全く忌々しい。クズはクズらしく隅の方で縮こまっていれば良いものを。ほれ、目障りだ。早く失せろ」

「貴族・・・」

アッシュフォードには見下す男達の姿の隣に同じように見下すベルゼリアの幻影が見えた。

まるで心臓を鷲掴みされたような感覚。

「いや、待てよ。今日はどうにも獲物の姿も見えない。ここは趣向を変えるか」

男は矢をつがえ、アッシュフォードに向けて弦を切りきりと張り詰める。

アッシュフォードの右肩口を青白い光の矢が貫く。

鮮血が飛び、崩れ落ちるアッシュフォード。

「半堕ち。喜べ。この気高い貴族がお前の命を絶ってやろう。クズも最後には役に立てるのだ。光栄に思うがいい。さあ、逃げるがいい」

「クズの半堕ち。気高い貴族・・・か。ふははは」

「何が可笑しい。早く逃げんか。つまらんぞ。ちゃんと楽しませろ」

「貴様らにどれほどの価値がある!この俺をいいように扱うほどの力があるのか!さげすむだけの力が!」

ようやくその瞳に生気が宿る。

にたりとアッシュフォードは笑い、牙をむく。

「は、半堕ちが貴族様に逆らうのか?逆らったらどうなるのか分かっているのか?」

他の貴族達も弓を構える。

「さあ?どうなるのかな?教えてもらおうか。その身を以って」

しかし、矢が放たれる暇も与えず、禍々しく歪んだアッシュフォードの左手は貴族の頭を捕らえていた。

その瞳には驚愕と怯えが混ざる。

「さあ!教えてくれ!俺は一体どうなる!答えろ!俺はどうなるのだ!」

どうしたら。

どうすればいいのだ。

そんな問いに答える者は無く、アッシュフォードはただ破壊の衝動に身を任せていた。


私は人間が嫌いだった。

さっさと地球上から絶滅すればいいと思っていた。

あんな他の命をむさぼるしか能の無い、傲慢で嫉妬深く、そのくせに大事な問題からは目をそらして、何も解決出来やしない。

平和だ、愛だとのたまったところで、そんな上っ面な綺麗事では何も変わりやしない。

人間って奴は奥底がもっと真っ黒なんだと皆が知るべきだ。

そして、自分達の愚かさを嘆いて消えていけばいいのだ。

そう思っていた。

だが、私は知る。

その思考こそが嫌うべき人間そのものなのだと言う事に。

当然だ。

私は人間だ。

だから、人間の思考しかできないのだ。

いっそ私が人間でなければいいのに。

そんな出来もしない事まで考える。

ならば、この命を絶ち、人間やめるか。

いや、それもまた人間らしい思考。

他の動物にはそんな思考は持ち合わせてはいない。

嫌な人間そのものだ。

では、どうする?

何もせず怠惰をむさぼるか。

私は思考する。

そして、たどり着いた結論は吐き気のするような人間らしい思考だ。

気に入らなければ人間そのものを変えれば良い。

人間という存在をもっといいものに。

傲慢だ。

一人の人間に一体何ができようか。

何の力も持たない甘っちょろいガキだ。

それでも歩むしかなかった。

それ以外の道を自分で閉ざしたのだ。

しかしながら、良い人間とはどういったものなのだろう。

私は人間というものがどういうものか知る必要があった。

今まで人間など興味など無く、まして他人などどうでもよかった。

こんなことなら人並みに人付き合いしておくべきだったと少し後悔する。

そして、私はとりあえず手始めに私という人間を研究するようになったのだ。


「今回の分はこれで全部じゃ」

「ええ、頂くわ」

ベルゼリアはテーブルに散らばっていたクレセントストーンを袋の中にしまう。

「それにしても」

クレルモントリオはため息交じりにベルゼリアの顔を見つめる。

「何故そんなにも美しいものを望んで捨てようとするんじゃ。儂には分からん。儂などはこのようなよぼよぼで。時が戻るものならといつも思うものじゃが」

張りのあるベルゼリアの肌を羨ましそうに自分の老いた体を見比べるクレルモントリオ。

「何を今更。クレセントストーンも、人間になる方法も教えてくれたのは貴方じゃない。何が不満なのかしら。私はクズ石を金に変える上客だったでしょ?」

「じゃが、上客も消えてしまっては意味の無い事じゃ」

「確かにそうだけど・・・」

窓がガタガタと震える。

外では強い風が吹いている様だった。

「何やら外が騒がしいようじゃが・・・」

「ああ、もう始まったようね。思ったよりも早かったけど、その方が私には良かったのかしら」

怪訝そうにするクレルモントリオ。

「何をした?お主」

ベルゼリアはただ微笑む。

「ねえ、クレルモントリオ。本当にこの石を見ているだけで人間になれたなら、どんなにいいでしょうね」


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