欲しいのは貴方
馬鹿馬鹿しい。
そうは思いながらも、アッシュフォードはベルゼリアに『人間の中に好きな者ができたのか?』とは聞けないでいた。
魔族が愛を語るのは間違っている。
魔族らしくない。
少なくともアッシュフォードはそう思っていた。
しかしながら、ガイナスのように魔族の中にも恋愛ごとに興じる者も少なくない。
中途半端な半堕ちのアッシュフォードであるが故により魔族らしくありたいという気持ちが強いのである。
「ねえ、アッシュ。こっちに来て」
ベルゼリアの催促にそっぽを向くアッシュフォード。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
「何でもない」
ベルゼリアはアッシュフォードに歩み寄り、彼の頭を胸に抱く。
「だったらどうしてそんなに不機嫌なの?」
柔らかな彼の髪をかき上げ、ベルゼリアは問う。
「無愛想なのは元からだ」
アッシュフォードはベルゼリアの手を振りほどき、またベルゼリアに背を向けた。
そんな子供じみた態度にベルゼリアは忍び笑う。
そして、ベルゼリアは回り込んで、アッシュフォードの前にしゃがみこんだ。
彼女が上目使いに見るは、彼の浮かない表情。
彼女の手が彼の頬に触れる。
「愛しているわ、アッシュ」
「魔族が愛などと・・・」
アッシュフォードが反論しようとするが、その言葉は黒真珠の瞳の奥にある深淵に落ちて消えていく。
そして彼女は彼を押し倒し、その唇を奪った。
彼女は僕の事を「愛しているのか分からない」と言った。
彼女は「この気持ちが本当に『愛している』というものなのか分からない」と言った。
僕は「愛している」と彼女に言った。
彼女は僕に「どうしてその気持ちが『愛している』と言えるの?」と言った。
何故だろう。
僕にはこの胸の中にある気持ちにその言葉しか当てはまるものが無かった。
ただそれだけだったのだ。
僕は彼女に言葉を求めた。
そして、彼女は僕に何を求めていたのだろうか。
彼女は愛しているかも分からない相手に体を許したのだろうか。
僕は快楽だけの存在だったのだろうか。
いや、きっと分からないなんて嘘だ。
嘘だと思いたかった。
彼女は僕を愛していた。
彼女がまた何かを言おうとしていた。
僕は彼女の嘘を吐く唇をふさぐ。
この温もりだけは真実だから。
アッシュフォードはテーブルに置かれていたクレセントストーンを握りしめていた。
この石を全て隠してしまえば少しでもベルゼリアが人間になるのが遅れるだろうか。
そんな考えが頭をよぎり、アッシュフォードはそんな矮小な自分を鼻で笑う。
「どうしたの?」
先程まで眠っていたベルゼリア。
そして、いつの間にか目覚めたベルゼリアは上体を起こし、胸までシーツをたくしあげ、眠い目をこすった。
「お前に聞きたい事がある」
「何?」
「お前は俺の事を愛していると言った。だったら何故人間になりたがる?俺の傍から消えたがる?俺の事が本当に愛していると言うのなら・・・」
ずんずんとベルゼリアの元に迫るアッシュフォード。
「俺の傍にずっといろ。永遠にだ。俺の・・・俺のものになれ」
呆けた様なベルゼリアの唇を無理やりに奪う。
むさぼるように舌を絡ませ、吸いつく。
そして、囁くように。
「アッシュ、いい事を教えてあげるわ」
彼女は微笑んだ。
「本当は私、貴方の事嫌いなの」