第六話(最終話) そして先輩は二度怒る
店の奥に入った私は菊池さんを探していた。
「菊池さんいない?」
「菊池さんは打ち合わせ中です」
うーん、困った。対応を頼まれたのだが、あの白衣のお客さんがどう見ても中高生にしか見えないのにゴールドカードを持っている。
やたら落ちついているが、その割にファッションには特にこだわりもなく……。
「どうしよう。いくつなのかしら?」
裏で作業していた同僚に訊いてみる。するとこんな答えが返ってきた。
「年齢を訊く訳にはいかないですしね……そうだ。隣の人が彼氏かどうか聞けば、ある程度わかるんじゃないですか? 菊池さんと彼は大学で一緒だったって言ってましたし年齢も近いはず」
「そ、そうね。それで聞いてみるわ」
よし、それで探りをいれてみよう。
私は再び、あの白衣のお客さんの元へと戻ることにした。
☆
「お客様、お待たせしてすみません」
「だ、大丈夫です」
「……ところで、お隣は彼氏さんですか?」
彼氏と言われて僕のほうを見る先輩。すると目を伏せて、顔を赤くするとこう答えた。
「ち、違います。(彼の)保護者みたいな」
「あー、そうなんですね。(彼が)保護者なんですね」
先輩の言葉に大きく頷いた店員さんは、すぐ近くのカジュアルな服が並んでるエリアに向かって行った。
「これなんかどうでしょうか?」
「み、短くないか?」
「お似合いですよ」
短いスカートを選んだ店員さんは、「こういうのが流行ってますよ」と言って、他にもいろいろと服を選んでいく。
店員が選んだ数着の服を、先輩はいくつか試着すると僕の前へと戻ってきた。
「わからん。お前が選んでくれ」
ミニスカートと大人しめの長袖トップスを着ている先輩は、他にも何着か服を手にしている。それらをこれ見よがしに僕の前に突き出す先輩。
「その洋服、似合ってますよ。それでいいんじゃないですか?」
僕はよく服のことはわからないながらも、店員さんが選んだ服だし間違いないだろうとそう答えた。正直、もう白衣とかジャージじゃなければいい、とは思っている。
「似合ってる……そうか」
その場で左足を軸に一回転すると、ポーズを取ってみせる先輩。
本当にやることが子供みたいだが、それを言うと怒られるので黙っておく。
「可愛いですよ。行きましょうか?」
「か、可愛いか! そうか!」
可愛いという言葉に食い気味に寄ってくる先輩。本当に嬉しそうだ。
少し圧が強いが。
「は、はい。本当に可愛いです」
「そ、そうか……よし、全部買うぞ。いくらだ」
先輩の言葉に店員は笑顔で言った。
「あ、ありがとうございます」
「時間がないから、この服はこのまま着て行ってもいいですか?」
僕はもうあまり時間がなかったので、とりあえず先輩の今着ている服だけでも持って帰ろうと判断した。
残りは菊池さんに預かってもらう。
「は、はい。大丈夫ですよ」
「じゃ、残りは菊池さんに預けておいてください。後日、二人で取りに来ます」
「わかりました。お会計は……これだけになります」
その言葉にゴールドカードを恐る恐る出す先輩。それを店員さんの指示通りにリーダーに入れ、暗証番号を入力した。数万円の金額が出たが、それも気にしないで「一括で」と言って決済する。
「すみません。急いでいるんでこれも菊池さんに」
「わかりました。お預かりしますね」
こうして僕たちは白衣も預け、無事、レストランへと向かったのだった。
☆
無事に接客を終えた私は、仲間の店員の元へと駆け寄った。
「やっぱり、中学生か高校生だったみたい。あなたが言った方法で上手くいったわ」
「よかったじゃないですか」
私は胸をなで下ろすとさらにこう続ける。
「今流行りのミニスカートと長袖を組み合わせたんだけど」
「それなら間違いないんじゃないですか?」
「そうよね。大丈夫よね」
そうだ。あれなら洒落たレストランに行っても大丈夫。一つ難関を突破した私は、そう自分を安心させたのだった。
☆
大通りに面したガラス張りの店、いかにも高級レストランである。そこの入り口に僕と先輩は立っていた。
先輩を見るなり、少し申し訳なさそうに店員はこう言った。
「あのー、申し訳ないのですが当店では、ディナーは保護者同伴でもお子様はご遠慮いただいてるのですが」
「わ、私は二十歳を超えた大人だ!」
店員の言葉に激怒し、財布の中から免許証を取り出す先輩。
「田中も確認しろ!」
「えっ、あー、確かに大人ですね」
「そうだろ!」
そして、もう一度店員に突き付けると、彼はその表記を見てかしこまったように頭を下げた。
「も、申し訳ありません」
「ふん。分かればいいんだ。いくぞ」
「は、はい」
そう言うと、堂々と店に入っていく先輩。もう入り口から周りの目を集めすぎである。
「しかし、先輩って僕よりも三つ年上なんですね」
「な、な、なんで知ってるんだ」
「さっき見せたじゃないですか」
年齢を知られたことに、急に恥ずかしくなったのか黙り込んだ先輩。少し間を空けてから、ぽそっと言った。
「忘れろ」
「えっ!?」
「忘れろと言ってんだ。わかったな」
「は、はい」
少し低い声で言った先輩は、その僕の返事を聞くと機嫌が良くなる。
「さあ、食べるぞ」
「そうですね」
その後、二人で楽しくディナーをいただいたのだった。
もっとも先輩は仕事の話ばかりだったが。不器用な人である。
☆
後日、僕たちは結果の報告をしに、飯田さんのところにやってきた。
「勇ちゃん、可愛い格好で出勤してるのね」
「ああ、買ったんだ。いいだろ?」
「うん、よく中学生とかがしているような服装よね」
「……中学生なのか?」
「そうねえ、若い子はよく着てるわよ。知らなかったの?」
その言葉に黙る先輩。中学生が着ているような服……店員が先輩の見た目で間違えたのか。
そのことに気がついた僕。そして先輩は振り向くと、僕のほうを思い切り指差して言った。
「だ、だましたな!」
「いえ、ぼ、僕は」
殴る先輩に僕は悲鳴を上げ、飯田さんが慎ましくも腹を抱えて笑っている――今日も研究所は賑やかだ。