表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第五話 レストランと先輩

 次の日、いつも通りに仕事をしていると、先輩が僕の机の前を行ったり来たりしていた。

 先輩らしくないが、僕に言いにくいことがあるのだろうか。無茶な仕事だけは振らないで欲しい。


「……依頼完了を祝ってだな、食事とかどうだ?」


 いつもより緊張した声色ででた言葉は、意外にも普通の会社ならよくある先輩と後輩の会話だった。


「えっ、いいんですか!?」

「ああ、いいぞ」


 僕の質問に小さくガッツポーズをして答える先輩。その姿勢のまま「よし、未来の言ったとおりだ」と呟くと、そのまま部屋の外へとスキップをして出ていった。

 スキップをしているとますます子供のようである。


「ところで何時いつ何処どこなんだろう。まさか、今日ってことはないよな」


 そんなことを考えながら業務を進めた僕。

 数時間後、僕が訊くまで結局教えてもらうことはなかったのだった。


 ☆


「ずいぶん早く来ちゃったな」


 まだ約束の時間までは一時間以上ある。早めに集合しようと言っていたのに、それよりも前に来てしまった。

 とりあえず、ネットで見た店の雰囲気に合わせて、ジャケットにグレーのパンツを選んだ。これで間違いないだろう。 しかし、先輩も洒落た店を知っているものだ。値段は高いのだろうか……そんな思いが頭をよぎる。


「おーい」


 もう一度時間を確認しようとスマホを取り出した時だった。遠くから先輩の声が聞こえる。

 先輩も待ちきれなくて早く来たのか―――――そう思い、僕は顔を上げた。

 そこにはなぜか白衣を着た先輩がいた。それもかなりのダボダボである。


「な、なんで白衣なんですか」

「未来がな、『いつものジャージはダメよ』と言っていたからな。他にこれしかもってなくてな、まずいか?」

「まずいですよ。目立ち過ぎですって」


 道行く人も松芽先輩のことをチラと見ては、視線を逸らす。まるで見てはいけない人を見てしまった行動である。

 子供が医者のコスプレをしている、そんな光景を見せられてる気持ちだろう。もちろん、隣にいる僕は変質者と間違えられているに違いない。


「とりあえず、着替えはないんですか?」

「ああ、無いな。あっ、ジャージが」

「ジャージはダメですって」

「うーん、どうしようか」

「買いに行きます? お金はあるんですか?」

「あるぞ……百万とかしないよな?」

「しません」


 どこの世界に、レストランに行く服を買うのに百万使う人がいるんだ。そんなことを思いつつも、「でも、高級スーツとかならありえるか」との思いが頭をよぎる。

 まあ、二人ともそんな金持ちではない。

 僕はスマホを取り出すと、知り合いに電話した。


「あっ、菊池さんですか? 今からそっちに行ってもいいですか?」

「田中くんじゃない。どうしたの?」

「あの……先輩を連れて行くんで服を選んでもらいたいんですけど」

「先輩? いいわよ」


 よし、これで大丈夫だ。大学時代の友達に先輩の服を選んでもらえる。

 彼女の店は幅広い品揃えの洋服店だ。子供服からビジネススーツまで取り揃えている。そこなら先輩の服も大丈夫なはずだ。


「な、なんとかなりそうか?」


 上目遣いに不安げな顔をする先輩。少し可愛いと思うがこの状況でそんな顔をしたら、周りに本気の変態だと思われてしまう。それだけは避けなくてはいけない。


「大丈夫ですよ。僕の友達の店で選んでもらえることになりましたから」

「おっ、いい友達がいるな」

「はい。じゃ、行きますよ」


 僕は先輩を連れて、彼女が勤める店へと向かったのだった。


 ☆


 先輩と一緒に店に入ると、菊池さんが出迎えてくれた。

 彼女は大学で同じサークルの仲間だったこともあり、連絡先も知っていた。よくこの店にも買い物に来るので顔馴染みだ。

 細身で長い黒髪の清潔感のある店員、彼女の印象はそんな感じである。


「こちらが先輩?」

「はい」

「松芽といいます」

「菊池と申します。今日は当店にお越しいただきありがとうございます」


 二人がそんなやり取りをした後、菊池さんが僕のほうへと話しかける。


「ねえ、本当に先輩なの?」

「うん」

「見た目がどう見ても十代よ」

「僕もそう思うけど、本当に先輩なんだ」

「あの……このカードは使えますか?」


 先輩はそう言ってバッグから財布を取り出した。その財布もなんか中高生が使うようなものだったが、あまり気にしないようにする。


「使えますよ。ゴールドなんですね」

「はい」


 先輩も店員さんには丁寧な言葉使いになるらしい。

 自分名義のゴールドカードを持っていることに納得したのか、菊池さんはもう一度僕のところに戻ってくる。


「ごめん、大事な仕事があるの。他の人を呼んでくるわね」

「うん。忙しいのにごめん」


 そう言うとレジの奥に入っていく彼女。


「おい、あの女はその……お、お前の彼女なのか?」


 そんな質問をしてくる先輩に、僕は軽く苦笑いをしながら答えた。


「違いますよ。大学時代の友達で、それに彼女は結婚してます」

「そ、そうなのか。結婚してるのか」

「はい」


 しかし、なんでそんなことを訊いてくるのだろう。まあ、親し気に話していれば誤解されるのも無理ないかも。

 そんな事を思っていると、代わりの店員さんが駆け足でやってきた。


「はい、こちらの……あー、白衣のお客様ですね」

「そうです。ちょっと洒落たレストランに行くので服を選んでほしいんですけど」

「このカードは使えますか?」


 よっぽど心配なのか、代わりに来たぽっちゃり気味の店員さんにもカードのことを確認する先輩。


「使えますよ。どんなお洋服がお好みですか?」

「うーん、よくわからないのでお任せします」

「お、お任せですか?」

「はい」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 そう言うと店員は店の奥へと入っていった。


「どうしたんだ?」


 店員の態度に僕に質問する先輩。僕もよくわからないが、女性客に対してはこういうものなのだろう。


「なんか、準備とかあるんじゃないんですか」

「ああ、そうか」


 僕と先輩は店員さんが戻ってくるのをじっと待っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ