第四話 夕日と小学生と先輩
僕たちは川原に座っていた。
話し込む二人を夕日が優しく包み込む。
「……というわけだ。いじめられるほうが悪いというのは、人の責任にしているだけで本当はいじめるほうが悪い」
ランドセルを背負った、厚い資料を手にしている子供――これが飯田さんの娘の美紀ちゃんである。
彼女は先輩の話を興味深そうに聞いた後、資料に目を通す。
「他人のせいにすることはよくないぞ」
そう言っている先輩の向こう側に回り、僕は美紀ちゃんにそっと耳打ちした。
「ああ言って、あの人はすぐ僕のせいにして怒り出すんだ」
「なっ、そんなことないぞ!」
「もう、先輩殴らないでくださいよ」
「ふふふ」
僕たちのやり取りに笑い出す美紀ちゃん。いくらか気持ちが和らいだようだ。
さっきまでの張りつめた雰囲気よりも、今のほうがずっといい。
「つまり、友達は悪くないんですね」
美紀ちゃんの言葉に先輩は答えた。
「いじめられているのは、お前の友達なのか」
「はい」
そう返事をすると美紀ちゃんは寂しそうな目をして俯く。
「どんな子なんだ」
「まじめなんです……この資料にあるような、生意気でわがままとかじゃなくて。優しくて」
「ああ、まじめもいじめられる対象になる場合もある」
「そうですか?」
「ほら、ここだ」
そう言って体を寄せると、資料をめくり該当部分を指差す先輩。後ろから見てると、二人はまるで姉妹のようである。
実年齢では、親子ぐらい離れているはずなのだが。
「難しい漢字はわからないけど、なんとなく理解はしました」
「ああ、すごいな賢いぞ。小学校四年生とは思えん」
美紀ちゃんの頭を撫でてやる先輩。
それが一通り終わった後、美紀ちゃんは少し嫌そうな顔をして髪の毛を直した。女の子の気持ちが分からない大人の女、それが先輩である。
そして二人はもう一度、夕日のほうを見ながら話し出した。
「なあ、身近な大人にちゃんと相談したほうがいいぞ」
「で、でも」
「いじめが酷くなるのが心配か。でもな、放っておいたらもっと酷くなる可能性があるぞ」
先輩の言葉に黙ってしまう美紀ちゃん。
その反応に先輩は立ち上がり、胸ポケットに手を突っ込んで名刺を取り出した。
「ほら、これが私の連絡先だ。何かあったらメールじゃなくて、ここに連絡しろ。なんとかしてやる」
「うん……わかった」
彼女はそう返事をすると名刺を受け取る。
「私か、頼りないけどこいつが必ず行ってやるからな。なあ田中」
「頼りないけどは酷いですよ」
「そうだな。頼りになるお兄さんが来てくれるからな」
先輩のその言葉に、視線を上げた美紀ちゃんの顔は笑顔だった。
「はい。わかりました」
彼女はそう返事をすると、松芽先輩に向かって深々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
「がんばれよ」
その先輩の言葉とともに、僕にも小さく頭を下げると手を振りながら去っていった。
「ああ、じゃあな」
大きく手を振り返す先輩。その後ろから僕は話しかけた。
「さすが飯田さんの娘さんですね。ちゃんとしていますね」
「そうだな。まあ、旦那の連れ子だけどな」
「えっ、そうなんですか!?」
驚いた僕の声に、先輩は振り返る。
「だって、私に十歳の子供がいるように見えるか」
「見えませんけど、先輩って特殊ですし」
「何が特殊だ!」
そういうと殴りかかろうとする先輩。だがその腕を途中で止めると、腕を組んで話し出した。
「未来と私は同い年だからな」
「そうなんですね。同期で同い年なんですね」
「ああ」
飯田さんは飯田さんで、大人びた美人で年齢不詳なところがある。そういう点では似たもの同士だ。
「じゃ、依頼完了だな。帰るぞ」
「はい!」
僕がそう返事をすると、先輩は満足したように大きく頷く。そして、夕日とは反対側へと歩いて行ったのだった。