第三話 アイスクリームは人を殺せるか
「何を調べているのですか?」
僕は先輩に訊いた。
「いや、浮気も『されるほうが悪い』という意見を聞いたことがあるなと思ってな」
「浮気ですか。するほうが悪いんじゃないですか」
「ああ、だがな。あっ、これがそうか……やっぱり男女とも90%近くが『するほうが悪い』というデータがでているな」
「そうですね」
「子供と大人で大分違うな。いや、”いじめ”と”浮気”か」
「まあ、当たり前と言えば当たり前ですが」
「うーん」
さらに考え込む先輩。悩みながら立ち上がると部屋をうろうろしだした。
僕はそれを目で追っていく。
「アイスクリームが売れると溺死者が増える」
「ん? なんですか、それは?」
「海外でこんな調査結果がでたことがあってな。結局は両方とも”気温が高い”から増えたのであって、何の因果関係もなかったんだけどな」
「なるほど」
そこまで話した後、松芽先輩は大きく背伸びをすると再び席に戻った。
「だから、アイスクリームを売る人は溺死した人に対する責任はないわけだ」
「そ、それも当たり前ですよね」
「ああ、当たり前だ」
得意げに僕を指差して言う先輩。突然、指差すのはびっくりするのでやめて欲しい。
「つまり、夫婦仲が冷え切っていても浮気された人に対する責任はない」
「なるほど。つまり、生意気な生徒が問題でいじめが起きたとしても、いじめられた生徒に責任はない」
「ああ、そうだ。もしその理屈が成り立つなら、道路が凸凹だったら、そのせいで事故がおきたとすべて道路のせいにできてしまう」
「そうですね」
「アイスクリームを売ってる人も全員が殺人罪だ」
そこで彼女は得意げに画面をこちらに向けるとさらに話を続けた。
「いじめの原因はストレスだ。これは国の機関も認めている」
「そうなんですね」
「学校はいわば、地域ごとに強制的に集められた集団だ。自主的に入った訳ではないから、不満が生じるのは当たり前だ」
「はい」
「一方、結婚は夫婦二人でした契約だ。生活の中で不具合が生じればルールを変えればいいし、そもそもそれらが分かった上で契約するものだ。どっちがストレスが溜まりやすいかは、一目瞭然だ」
「そうですね」
学校の不特定多数の生活よりも、お互いをよく知った結婚相手のほうがストレスは少ないのは当たり前だ。
「その中で、浮気をされたほうが悪いとなるとそもそも結婚という契約がなりたたない」
「そうですね。結婚は難しいですね。僕も考えちゃいますよね」
何気ない一言だったが、松芽先輩はその目をさらに丸くして動揺し出した。
「む、難しくはないぞ。簡単だ、簡単」
「先輩も結婚してないじゃないですか」
「ぐっ……そ、そうじゃない! 簡単だと言うのはな……その……」
そこまで言うと、彼女は目線を泳がせる。そして、「そんなんじゃなくてだな……」と指先を絡ませ始めた。
何やらチラチラとこちらを見ているが、何か気に障ったのだろうか。
「で、先輩。結局いじめは……」
「ああ、そうだった」
そういうと自信満々に立ち上がる先輩。胸を張って偉そうに語りだす。
「つまり、他責と自責だ。子供は他責にしやすい。○○くんがやったとか、○○さんがこう言うからとか」
「そうですね。僕も子供のころにそんな事を言ってた気がします」
「だろ。いじめられたほうに原因がある=いじめられるほうに責任があるとなってしまう」
「本来は=《イコール》じゃないですよね」
「そうだ」
そこまで言うと、彼女はいつの間にかまとめていた資料をプリントアウトする。
実に仕事が速いと、僕は心の底から感心した。
「よし、行くぞ!」
「えっ!? ま、待ってください」
それを手に取ると急ぎ扉から出ていく松芽先輩。
いつも僕が置いてけぼりである。