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8話 旅路


 これじゃあメリットばかりで、半吸血鬼になったデメリットは今のところ見つからない。兎の血を見た時も吸血衝動に駆られるでもなかったし……いや、よく見ると変わっている所がある。


 水面に映る俺の目は、赤く充血したように真っ赤だった。更には瞳孔が縦に割れており……これは人類とは確実に区別される特徴だろう。あと、心持ち耳が尖っているような気がするが、これは許容範囲内か。見えないところで言えば、犬歯がやたら鋭くなっているというのもあるが、これは文字通り隠せばよい。


 ううむ、人里に出る前に気付けて良かった。下手をすれば迫害を受けていたかもしれない。


 この世界にサングラスがあるかどうか分からないから、布を巻いて隠すか? 


 試しにハンカチを当ててみると当然ながら真っ暗で何も見えない。しかし、先ほど発現した魔法のような力を用いて『透けて見えろ』と念じると……おおぅ、なんの問題もなく視界が広がった。


 今一度、水面を見ると目を隠しているのに見えていると言う、なんだか凄く違和感があるが、これは慣れるしかないだろう。少なくとも半吸血鬼ダンピールが迫害対象でないかの確証が取れるまでは、目の周りに酷い傷を負っているとか言って布で覆い隠すしかない。


 他にも色々と検証したいことはあるが……腹が減った。


 今はとりあえず腹を満たすことを優先しよう。ああ、そういえば、そろそろ厳しくなりつつある喉の渇きを癒すために、川の水を蒸留する装置も作らなければならないし、やる事は盛りだくさんだ。


 やろうと思っていた水浴びも若返りに驚いてまだだったし、優先順位をつけてテキパキとこなしていかなければ。



 そんな訳で俺の午前中は、水浴びしたり、血抜きした一角兎の胴体を解体して火で焼いて食べたり、その辺に生えている木の葉っぱと枝で作った蒸留装置で清水を得たりして過ぎて行った。


 因みに、一角兎の肉は肉食獣らしく、えらく癖のある野性味あふれた味だった。なお、内臓は勿論捨てて、毛皮はなめして水袋に加工した。

 

 持っててよかったツールナイフとソーイングセット、である。


 いずれも現代日本では重くてポケットの容量を食う邪魔者でしかなかったが、こんなサバイバル状況では頼もしい事この上ない。


 シノビとして単に習慣的に持ち歩いていたモノに救われるとは、人生、何があるか分からないものだ。


 さてと……腹はある程度満ちたし、次の問題だった清水も得る事ができた。


 人里を目指して探索と行こうじゃないか。


 とりあえずこの小川に沿って歩いていけば、何らかの文化を持つ生命体に遭えるだろう。少なくとも俺が知る人類は水から離れては生きて行けない生命体だし、それは異世界でも同じだと信じたい。


 

 俺は川の下流に向かって歩き出した。


 天候としては曇が多いのに、夏の日差しのように感じるのは半吸血鬼化した所為か。


 これで完全な快晴となったら肌を焼くかもしれないから、今の作業着よりもより露出が少ない服を探さないとな……その他にも何が弱点なのか分からないから、早い所、色々と試したい。


 しかし、それは安全な拠点が出来てからだろう。


 人からの迫害を恐れるなら、あのままサバイバルを続けると言うのも一つの手ではあったが……後で半吸血鬼なんてこの世界では珍しくない生き物なんですよと発覚したら立ち直れる自信がない。


 あと、俺の血を吸った女吸血鬼は、俺を血眼になって探しているはずで、単独で居ると目立つ。木を隠すなら森の中という諺があるように、隠れるなら人がある程度多い町に住むべきだ。


 そこでどうやって生きるかは行ってみないと分からない。


 何せここは日本とは完全に異なる異世界だ。言葉も、文化も、習慣も……全て一から学び直さないと。それに要する時間と労力を考えると眩暈がするが、生きていくためには仕方がない。


 しかし、言葉や文字については何とかなりそうだという確信がある。


 どうも血を吸われて以来、まるで辞書を引いたときのように、母語である日本語と並列して聞き覚えの無い言葉と文字が頭の中に浮かぶのだ。


 おそらくこれがこの地域で使われている言葉と文字なのだろう。どうやら血を吸われて半吸血鬼となった時に、これらの知識もインストールされたらしい。どうせなら、この世界の文化についてもインストールして欲しかったと思うのは望み過ぎか。


 あれ? 言葉といえば……あの女吸血鬼、出会ったときに日本語を話していたような……ま、まぁいいか。情報が無い状態で推測に推測を重ねたところで無駄というモノだ。



 そんな事を頭の中で巡らせながら歩く事、数時間。


 陽も落ちようとしている時間帯に、遠くに松明と思える明りが見えた。持っていた収納式遠眼鏡で覗くと、どうやら城塞……いや、あの規模からすると城塞都市か? ――らしきものが確認できた。


 よし! どうやら原始時代付近ではなく、ある程度、文明が発達した時代であるらしい。


 残念ながら近代日本とまでは発展してはいないようであるが、最悪のパターンを考えていた俺にとっては光明が差し込んできた気分だ。


 松明の側に佇む門番(同じ人類だ!)の装備から察するに、二百年から三百年くらいの前のヨーロッパと同じくらいの文明と思われる。詳しくは内部に侵入して確かめるしかないが……とにかく文明の光があって安堵した。


 さて、それではその文明の恩恵を預かりにと行きたいところではあるが、その城塞都市の門は既に閉じられており、今から正門を通って入る事はできないだろう。


 しかしこちとら半世紀近くを生きて来たシノビである。潜入はお手の物だ。


 俺は門番に気付かれないように迂回して都市に近づくと、城壁に手を掛けて登り始めた。



 

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