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7話 発覚


「う、うそだろう!?」



 何と、投げ放った網に対して一角兎(と便宜上呼ぶ)はぐるりと体を縦回転させ、鋭い角で以って切り裂いた。


 その反応速度、身のこなしは明らかに元の世界の兎を超えていた。あれは逃げる事に特化した草食獣ではない。獲物を追い詰めて喰らう為に特化した肉食獣のモノだ――


 あっけに取られる俺に対し、一角兎は網を投げた俺を見定めると突進してくる。


 よくよく見れば普通の兎と比べて二回りほど体は大きいし、何と牙も生えている。更にはその黄色い瞳は殺意に強く濁っており……どうやらこの世界の兎は、元の世界の兎とは完全に別物らしい。


 これじゃあどっちが捕食者か分かったもんじゃないなと思いつつ、俺は間一髪で一角兎の突進を躱した。


 その迫力は昔、親父殿に投げられた棒手裏剣に近しく、ぞわりと背筋が凍る感覚を味わう。


 あんなのをまともに受けたら大怪我どころじゃない。藪を突いたら大蛇が出て来たとはまさにこの事か……。


 未知の出来事と遭遇したなら、出来るだけ情報を収集して撤退し、次に備えると言うのがシノビの鉄則なのだが、いかんせん俺の腹の減り具合も限界にきている。ここはリスクを取っても目の前の一角兎を仕留めねば。


 じりじりと角を揺らして近寄って来る一角兎に対し、俺は収納式のシャベルを展開して構えた。


 勝負は一瞬、反応速度が速い方が勝つ。


 果たして、鋭い角を頼りに突貫してきた一角兎に対し、俺はギリギリで身を躱しつつ、その首にシャベルの先端を差し込んで斬り撥ねた。


 ぽーんと、景気よく一角兎の首が飛び、首を失った胴体からは勢いよく血が噴出する。


 ……どうやら勝利の女神は俺に微笑んでくれたようだ。


 それにしても、この世界に来てからずっと命の危険を感じているのだが……この先もそうなのだろうか? であれば、何て所に来てしまったのか……。



 しかし、そんな言葉とは裏腹に、俺の心は明らかに元の世界に居る時よりも生きる実感を得ていた。




---




 さて、全て予定通りとはいかなかったものの、兎の肉を手に入れる事が出来た。これで数日ぶりに腹を満たせると思うと涎が止まらない。


 しかしこのまま生で齧るということは数々の修練をしてきた俺にも出来ない。恐らくは寄生虫が潜んでいるだろうし、未知の細菌も怖い。解体して洗浄、火を通すことは必須だ。


 まず俺は近くに流れている小川に胴体を漬けて、血抜きと同時に肉を冷やす事を行った。これをやらないと肉が血生臭くてしょうがないのだ。ついでに毛皮に潜んでいるだろうダニも流れていってくれるだろうから一石三鳥の処置である。


 そして肉を冷やしている時間を利用して火を熾さないと。


 俺は近くの杉林で適当に落ちている乾いた枝を拾ってくると、その辺に転がっている石と合わせて竈を作った。問題はこれにどうやって火を熾すかであるが……。


 俺はタバコを吸わないので、残念ながらライターと言う文明の利器を持っていない。天候も快晴とは言えない状態だから遠眼鏡を利用した日光による点火もできないし……ここは弓を使っての摩擦点火方式で火を熾すしかないか?


 それをやると更に腹が減る事になるからできだけ避けたくはあるが……ああ、そういえば半吸血鬼となった事で魔法的な何かを使えないだろうか。



「燃えろ! ……なーんてな、流石にそんな便利なチカラ、吸血鬼が持ってるなんて聞いたことが……ってホントに燃えたよ!」



 驚くべきことに、俺が手をかざした先の竈には、集めた枝を焼き尽くさんばかりに大きな炎が発生していた。


 これではその火を利用して肉を焼くなんて事はできない。全てが黒焦げになってしまう。


 慌てて『消えろ』と念じると、燃え盛っていた炎は瞬く間に消え去った。後には灰となった木の枝が残るのみである。


 これは……完全に予想外だ。


 できればめっけもんだと思ってやった事が本当にできるとは……どうやら半吸血鬼としての力、かなりの時間を使って検証しなくてはならないようだな!


 いや、おちつけー、おちつけー……ふぅ。


 なんだか全てをほっぽり出して凄く色々と試したくなる気分になってしまったが、とりあえずは腹を満たす事を優先しないと、行き倒れになってしまう。


 俺は疼く童心を空腹と理性を以って抑えつけた。


 そして、再び杉林から乾いた枝を拾って来て竈に入れると、『火よ灯れ』と念じてみる。すると今度はパチパチと音を立てていい感じで火を熾すことができた。


 どうやらイメージによって魔法? いや、俺の場合は忍術か? の威力は変わるらしい。


 ――ヤバいな。どうやら俺は漫画かゲームに出て来るような忍術使いになってしまったらしいぞ! まさか幼い頃に憧れた漫画忍術をこの歳になって使えるようになるとはな……四十三歳のおっさんだというのに、ときめきと動悸が止まらないじゃないか!


 再び上がって来た心拍数と顔の火照りを抑えるため、俺は肉を冷やしている小川で顔を洗う事にした。


 そういえば……土遁の術でさっきまで土の中に埋まっていたし、この際、水浴びをするのもありだな。森から流れ出ている水とは云え、流石に飲むことはしないが、体を洗う分には大丈夫だろう。


 そう思い、着ていた作業服と下着を全て脱いで全裸になる。


 ありゃ? なんか中年になって以降、どうやっても引っ込まなかった腹が引っ込んだような……栄養不足でカサカサだった肌も十代だった頃のようにツルツルだ。これはもしや……。


 先ほどは肉を水の中に漬ける事に集中していて気にしなかったが、改めて水面に映った自分の顔を見てみる。すると――



「なるほど……すごいな、半吸血鬼ってヤツは」



 そこには十代後半、これから大人になるだろうという道半ばの少年の顔が映っていた。


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