6話 狩猟
意識が戻ってみると何故だか体が動こうとしなかった。そして口には何かを咥えているような違和感がある。これはアレか、親父殿だな……また人が寝ている間に埋めやがって。
確かに土をおっ被されても起きない俺の神経はそうとう図太く出来ているんだろうさ。しかし、下手すれば窒息しかねないのに、こう何度もやられると腹が立つ。
ここで起き上がったら、また修行不足だとなじってくるだろう。また日々のノルマが増えるに違いない。ただ、いつまでも土の中にいる訳にはいかない。何故か凄く心地よくていつまでも眠っていたい気分ではあるが、いい加減に腹が減った。
最後に食事を摂ったのは3日前か……よくもまぁ生きているもんだと自分でも感心する。まずは狩りから始めないと。
俺は腕に力を込めると、体に載っているだろう土を払い除けた。
なんだが凄い勢いで土が飛んで行った気がするが、まあどうでもいい。今は何時だろうか……この時期の陽の上がり具合からして朝の9時~10時といったとこだろうか?
木々の間から差し込んでくる陽の光になんだかやたらと圧力を感じるが、今は夏だったっけか? 地球温暖化もいい加減厳しくなって……あーーーッ!!!
お、思い出した、何を寝ぼけていたんだ俺は!
覚醒した途端、昨日あったことが怒涛のように頭の中へ流れ込んでくる。
行方不明者の探索に禁足地に入った事。
探索中に変な世界に紛れ込んでしまった事。
女吸血鬼と出会って血を吸われた事。
九死に一生を得て半吸血鬼になりつつも遁走した事を。
そして、寝ている間に陽の光を浴びて灰になったら堪らないということで土遁の術を使って眠りに就いたんだった。
俺は今、全身で陽の光を浴びてしまっている。
下手をすれば土を払いのけた瞬間、灰になっていたかもしれず、全身の血が逆流するかのような感覚を覚えた。いまだ心臓がどくどくと激しい鼓動を刻んでいるが……吸血鬼最大の弱点である日光は俺には利かないと知れて動悸が収まって行く。
自分の間抜けさに眩暈がするが……いつかは試さなければいけなかった事だ。それが早まっただけの事だと前向きに考える事にした(現実逃避とも言う)。
さて……もう一つの案件である女吸血鬼はどうなったのだろう。
近くに居たら脱兎の如く遁走しなければならないと思い、気配を探ってみるが……フム、どうやら俺の探知能力で探知できる範囲には居ないようだった。
差し迫った命の危機はないようで、俺は安堵の溜息を吐く……と同時に腹の虫が凄い音を立てて鳴った。
そうだった。俺は何日もメシを喰っておらず、腹が減っていたんだった。
それにしてもどうしたものか……ここが異世界というのなら、人里に出た所で言葉が通じるか分からないし、通じた所でカネという概念があるかも分からない(そもそもカネがない)。
それに半吸血鬼となった俺を受け入れてくれるかどうかも……あっ、ヒトという種族自体がいないという可能性もあるか! いやしかし、昨日会った吸血鬼が何も驚きもせずに俺の血を吸ったということは、逆説的にヒト自体は珍しい種族ではないという事だろう。
とにかくこの世界についての情報が圧倒的に足りていない。いずれ人里を見つけて情報収集しなければいけないとは思うが、まずは己の腹の虫をどうにかすることを優先しよう。
幸いここが異世界と言うのなら、あの過剰な動物愛を掲げる団体やら、狩猟免許を取れと煩い団体も居ないだろう……居ないよな?
まぁ居たとしてもこの広い草原で起こった事をイチイチ見に来る事はないだろうし、此方から報告する義務もない。
そう思うとなんだかこの世界が天国のように思えて来たぞ……。
当然ではあるが俺の学んだ忍術の中には狩猟技術も含まれるし、半吸血鬼となってこの方、何となく獲物となる動物の位置が分かるのだ。この技と力を使えば腹を満たすのは難しくないだろう。
この場所に住む動物たちには悪いが、俺の命の糧となってもらおうか。
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さて、そんなわけで狩りである。
道具としては、俺が眠っていた近くの杉の木、それに沿って生えていた蔦を編んで網を作った。
持っていた収納式シャベルをジャベリンのように投げて使っても良かったが、今の力加減の分からない状態でそれを使ったら獲物を木っ端みじんに打ち砕いてしまって破片も残らない可能性がある。それなら網で以って獲物の足を止めた後、首をコキャッと砕くのが確実だ。
俺は半吸血鬼となった事で得た探知能力を頼りに、己の気配を消してじりじりと獲物に近寄っていった。
すると居た。
大草原ではそう珍しくないだろう兎が一匹、呑気に草を食んでいる。いや、あれは土を掘ってミミズを喰っているのか!?
肉食の兎とかアリか? なんだか頭からは一角獣に似た鋭い角も生えているし……流石は異世界の兎だ、一味違う。
ま、まぁ、肉の味は普通の兎とそう変わらないだろうし、もし、毒を持っていたとしても、皮と内臓さえ食わなければ何とかなるだろう、多分……よし、やるか!
異形の兎に少し気遅れしていた俺であったが、一息入れて心を落ち着かせると、右手に持っていた網を獲物に向けて投げ放った。
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